ポケット穂積
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~翼vision~
不思議な事が起きていると気付いたのは、休日に、泪さんのお部屋を掃除していた時。
掃除機をかけていると、視界の端で、何かがちらりと動いたのだ。
ハッとして振り返った先にはソファーがあるだけで、何かが床を転がったわけではなさそう。
この部屋はいつも散らかってはいるけれど、普段、冷蔵庫に水と氷とお酒しか入っていないだけあって生ゴミは無いし、過去に変な虫や生き物がいた事も無い。
それでも、今は窓を開けてあったから、何かが外から入って来た可能性もゼロではない。
翼
「……ゴ●だったらやだなあ……」
黒光りする虫を思い浮かべて、私は身震いした。
けれど、このまま見失うのも気持ちが悪い。
私はスイッチを切った掃除機を構えたまま、ソファーの陰を覗き込んだ。
……何も、いない。
半分ホッとしながら、そっと回り込んでいく。
すると。
ソファーの陰からテレビの陰に向かって、何か、凄い速さで小さな青い物が動いた。
翼
「!」
虫じゃない。
だって、20cmくらいあったし。
それに、それに、今のは、間違いなく……!
翼
「……泪さん?」
姿は見えないけれど、私は、テレビの陰に向けて、小声で囁いてみた。
翼
「……泪さん、だよね?」
「……」
観念したのか、テレビの裏から、もそもそと「それ」が姿を現した。
翼
「……!」
それは、間違いなく、泪さん。
小さいけれど八頭身の身体に青いハンカチを被るように巻きつけ、怒ったような顔で私を見上げている。
私はしゃがみこんで、まじまじとその姿を見つめた。
きれいな金髪。碧の瞳。どうやら裸で、青いハンカチを被っているのは、服の代わりらしい。
どこから見ても、1/10にスケールダウンした泪さんだ。
翼
「……か」
泪
「?」
私が床にぺたんと座ると、泪さんは私を睨んだまま、首を傾げた。
翼
「可愛いっ!!」
私は両手で泪さんを捕まえて、頬擦りした。
翼
「なにこの可愛い生き物!」
泪
「放せ、バカっ」
翼
「声も可愛い!泪さん、声変わりの前はそんな声だったの?」
泪
「翼!苦しい!」
翼
「あ」
私は慌てて、手の力を緩めた。
泪さんは肩で息をしていて、高い体温とすごく速い鼓動が私の指先から伝わって来る。
翼
「ごめんなさい」
私は急いで、泪さんを床に戻した。
泪
「悪いが加減してくれ」
泪さんが息を整える。
泪
「とりあえず、パニック起こされないで良かった。お前、相変わらず順応性高いな」
翼
「……泪さん、今朝、ここから仕事に出掛けたわよね。いつの間に小さくなって帰って来たの?」
今度は私が首を傾げる番。
泪
「説明するから、肩に乗せてくれないか?この距離だと、常に声を張り上げていないとならない」
翼
「胸ポケットでもいい?それなら顔が見えるし」
泪
「いいよ」
今日は掃除をするつもりだったので、カジュアルなシャツを着ている。
私は泪さんを持ち上げて、シャツの胸ポケットに入れた。
そうしてみると泪さんは本当に小さくて、脇の下までポケットの中に入ってしまう。
泪さんはポケットの縁から両腕を出して、私を見上げた。
泪
「重くないか」
翼
「平気。すごく軽い」
小さくなっても、泪さんはやっぱり優しくて心配性だ。
泪
「……実は、もう、1週間になる」
泪さんは腕組みをした。
翼
「えっ!」
泪
「先週、お前が泊まった日があっただろ?あの翌日、お前と俺の本体が出勤した後、俺、ベッドの中で目が覚めた」</font>
翼
「……」
泪
「何を赤くなってる。避妊具の中から生まれたわけじゃねえから心配するな」
翼
「そ、そんな事思ってません!」
思ってたけど。
泪
「びっくりしたぞ。最初は、巨人の国に来た夢を見ているんだと思い込んでた」
翼
「いつ気付いたんですか?」
泪
「1stステージだ。何だかフカフカした場所で目覚めたから、端から端まで歩いてみた。最初にお前の髪を発見した。あれ髪の毛だよな?」
翼
「知りません!」
泪
「次に、大きな断崖があったから登ってみた。ひと抱えもあるダイヤを発見した。パパパパーン♪」
翼
「凄い!」
泪
「お前のイヤリングだった」
翼
「あっ、そうか」
泪
「続いて、巨大な壁画を発見した。崖を降りて、全貌が見える所まで離れて見た。……高校時代のお前の写真だった」
泪さんは真っ赤になって、両手で顔を覆った。
泪
「そこで気付いた。『ここ、俺のベッドだ』」
泪さんが赤面した理由に気付いて、私も何だか恥ずかしくなってきた。
泪
「俺のベッドの周りって、お前のものばかりなんだな」
泪さんはそれだけ言うと、顔を上げて、溜め息をついた。
泪
「……とにかくそんなわけで、俺はもう1週間、この室内で冒険を続けていたのだ」
翼
「泪さん……本体の室長は、小さい泪さんの存在を知ってるんですか?」
泪
「知ってるよ。その日、帰宅した所を見計らって姿を見せて、事情を話したからな」
翼
「びっくりしてたでしょ?」
泪
「そうでもない。見た物を信じるタイプだからな。笑って『そうか』って言って、ペットボトルの蓋にビール入れてくれた」
翼
「……」
彼らしいけど。
翼
「ご飯やトイレはどうしてるの?」
泪
「テーブルの上に、開封した●ロリーメイトとコップの水が置いてあっただろ?あと、テレビの裏に灰皿が置いてあって、それが」
翼
「……分かりました、もういいです」
泪
「まあでも、正直そんなに食欲も無いし、排泄も微々たるもんだ。多分、本体が元気なら俺も元気だ、うん」
翼
「……」
私は、この1週間の室長の様子を思い返してみた。
特に体調が悪い様子も無かったし、仕事もバリバリこなしていた。
普段からエネルギッシュな人なので、多少パフォーマンスが落ちていたとしても、端から見て分からないのかも知れないけど。
翼
「それにしても……何て言うか、おとぎ話みたいよね」
泪
「それなら、ちゅーしたら戻るかな?」
胸ポケットの中から、泪さんが悪戯っぽく笑った。
本人にあまり深刻な様子は無いけれど、私としては、本体から離れていて大丈夫なのか、ちょっと心配でもあり。
翼
「試してみる?」
私はポケットから泪さんを引き出し、掌の上に乗せて顔の傍まで近付けてみた。
泪
「エレベーターみてえ」
泪さんはニコニコしながら掌の上で立ち上がり、私の顔に手を伸ばした。
全身でも20cm弱の泪さんの顔は私の親指の頭ほどしかなく、唇なんて本当に小さい。
その唇が、私の唇に、ちゅ、と触れた。
泪
「何も起こらねえなあ」
翼
「うーん。泪さんの健康に影響が無いなら、私はこのままでもいいんだけど……」
泪
「そんなに心配なら、明日にでも小野瀬か小笠原に相談してみるよう、本体に言ってみるか?」
翼
「うん!あの二人なら博識だから、何か分かる事があるかも」
私がホッとしながら答えると、泪さんはにっこり笑った。
泪
「じゃ、とりあえず胸ポケットに戻してくれ」
翼
「うん」
元通りに胸ポケットに戻すと、泪さんはポケットの中で方向変換して両腕を広げ、私の胸にぴたりとくっついた。
泪
「ここ、気持ちいい。最高」
翼
「温かくって、私も気持ちいいよ」
人差し指の指先で泪さんの髪を撫でてあげると、泪さんは気持ちよさそうに目を閉じた。
泪
「あー、幸せだあ」
どうしよう、超可愛い。
ずっとこのままでもいいな。
ポケットの中の泪さんが、どんどん愛しくなる。
私はポケットに泪さんを入れたままお掃除を終わらせて、他愛ないお喋りをしながら、いつにも増して楽しい気持ちで、夕食の支度にとりかかるのだった。