pure love&so sweet
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いつの間にか、ファミレスの店内はかなり混んできた。
ランチタイムに入ったせいか、周りの席が次々に埋まってゆく。
私は2人掛けの小さな席に座っていたのだけれど、向かい合う椅子が空席なのが申し訳なくて、入口に行列が出来る前に、席を立った。
レジの店員さんは、何時間もただ座っていただけの私を覚えていたらしく、気の毒そうな顔をして、カフェオレの代金を受け取ってくれた。
私はひとまず外へ出て、目についた近くの公園へ入り、ベンチに腰掛けた。
さや
「……」
持ってきたバスケットから、サンドイッチをひとつ取り出して頬張る。
お天気が良かったから、霜くんとピクニックしてもいいなと思って、早起きしてたくさん作ったものだ。
前に作った時、霜くんが喜んでくれた照り焼きチキンや、温野菜のサンド。定番のタマゴに、ローストビーフ。
手伝ってくれたお母さんが「美味しい」と言ってくれたから、自信を持ってバスケットに詰めたのだけど。
さや
「……美味しくない……」
隣に霜くんがいてくれたら、きっと「凄く美味いよ」って、たくさん食べてくれるのに。
霜くんがいてくれたら、自販機のコーラを半分ずつ飲むだけでも楽しいのに。
霜くんがいてくれたら、私はもう、それだけで何もいらないのに。
俯いていると涙が出そうで、私は顔を上げた。
目の前の道を、サイレンを鳴らさずにパトカーが通ってゆく。
1台。
もう1台……。
私はハッとした。
霜くんに、ファミレスを出た事をメールしておかないと。
携帯電話を取り出して、私は青くなった。
ファミレスの中でマナーモードにしたままだった携帯に、10分前と、2分前の録音メッセージが残っていたのだ。
霜の声
《待たせてごめん。容疑者が確保されたから、もうじき緊急配備が解ける。そしたらまた電話するよ》
霜の声
《ファミレスに来たけど、いないから安心した。今は電車に乗ってるのかな?気をつけて帰れよ。俺も一旦帰る。また連絡するから》
私のバカ!
私は心の中で自分を罵りながら、着信履歴に残っていた、霜くんの番号を呼び出す。
すると。
霜
「さや?」
霜くんの声と同時に、すぐ間近で着信音が鳴った。
振り返った先の、フェンスの向こうの坂道で、携帯電話を手にした霜くんが、私に向かって手を振っている。
さや
「……霜くん?!」
私は慌てて呼び出しを止め、ベンチから立ち上がった。
紺色のスーツ姿の霜くんが、ひらりとフェンスを乗り越えて、駆け寄って来てくれる。
霜
「待っててくれたんだな」
さや
「霜くん、ごめんなさい、マナーモードで……ファミレスが……公園へ……」
言い訳をしようと口を開いたけど、霜くんの顔を見たら、涙が出てきてしまった。
霜くんはハンカチを差し出して、私がそれを受け取ると、微笑んだ。
霜
「もういいよ。会えたんだし」
私の髪を、くしゃっと撫でる。
霜
「さや」
私の頭を包んだ大きな手に力が込もって、次の瞬間、霜くんは私を引き寄せて、抱き締めてくれた。
広くて温かい胸。力強い腕。
霜
「泣かせてごめんな」
優しい声と、大好きな笑顔。
私は、彼の腕の中で、ハンカチを顔に当てて首を横に振る。
これは悲しい涙じゃない。
嬉し涙だから。
霜くんはこんな時、決して急かさない。
私の涙がおさまり、顔を上げるまで、霜くんはずっと私を抱いて、背中を撫でてくれていた。
霜
「顔、よく見せて」
さや
「やだ。泣いたから、お化粧崩れちゃったもの」
霜
「俺は化粧なんて見ねえよ」
霜くんの両手が、私の頬を包んだ。
碧色の綺麗な目が、私を見つめる。
汗に濡れた髪と上気した頬は、彼が、私の元に駆けつけてきてくれた証し。
さや
「霜くん、大好き」
私が言うと、霜くんは顔を赤くした。
霜
「ありがと。でもな」
ちゅ、と額にキスされる。
霜
「いつだって俺の方が、何倍もお前の事を好きだぞ」
霜くんはそう言うと、もう一度、しっかりと私を抱き締めてくれた。
さや
「美味しい?」
霜
「うん、最高」
並んでベンチに腰掛けて、私の作ったサンドイッチを2人で頬張る。
霜くんは好き嫌いが無く、何でもよく食べる。
私はいつも、惚れ惚れしながらそれを見つめる。
小さなポットに入れてきたコーヒーは、たちまち空になってしまって。
霜くんがポケットを探り出したので、私は先に立ち上がった。
さや
「コーラ?」
霜
「お前の好きなのでいいよ」
霜くんが差し出す財布を押し返して、私は自分の財布を見せた。
さや
「おごってあげる」
霜
「悪いな」
なんでもないやり取りが、いちいち楽しい。
私は自販機で缶コーラを1本買ってきて、霜くんに手渡した。
霜
「ありがとう。あれ、お前は?」
さや
「半分こして」
霜くんは苦笑して、缶のプルトップを開けた。
ところが彼は、さっきコーヒーを飲むのに使った紙コップに、それを注ごうとする。
さや
「あっ」
思わず声を上げた私に、霜くんは手を止めて笑った。
霜
「嘘だよ。先に飲め」
うう。
間接キスの目論見がバレて、恥ずかしいことこの上無い。
私は食べかけのサンドイッチを口に入れてしまうと、霜くんの差し出してくれたコーラを3口ほど飲んだ。
冷たい炭酸が心地好い。
その間に、霜くんは、バスケットのサンドイッチの最後の1個をパクつく。
さや
「あっ、全部食べてくれた!嬉しい!」
霜
「すごく美味かったよ。早起きして作ってくれたんだろ?ありがとう」
霜くんは、どんな小さな事にもちゃんとお礼を言ってくれる。
その言葉と笑顔だけで、疲れや苦労なんて吹き飛んでしまうから、不思議。
さや
「霜くんになら、毎日でも作ってあげる」
霜
「おっ、プロポーズだな」
霜くんが、くすくす笑いながら、私の差し出したコーラを飲み干した。
本当のプロポーズは、2年前、霜くんからしてくれた。
私が大学を卒業して、警察官になれて、霜くんも一人前の警察官になれたら、結婚する約束をしている。
霜くんびいきの私の両親は大喜びだし、霜くんのお家にご挨拶に行った時には、小野瀬さんやお母さん、秋先輩まで一緒になっての大歓迎を受けた。
ちなみに、霜くんが一人前の警察官になれたかどうか判定するのは、父親代わりの小野瀬さんの役目だそうだ。
宣言した小野瀬さんはニコニコしていたけど、霜くんは頭を抱えていた。
本当に結婚させてもらえるのかしら。
ごちそうさまでした、と両手を合わせた後、霜くんが、空になって2人の間に置かれていたバスケットを、自分の身体の反対側に片付ける。
彼が空けてくれたその場所に、何も言葉を交わさなくても自然に座れるのが嬉しい。
大きな掌が、肩を抱いてくれるのが嬉しい。
目を閉じて、しばらくの間、私は霜くんの鼓動だけを聴いていた。
そのうち霜くんの掌が温かさを増し、さらさらの髪が私の頬をくすぐった。
うっすらと瞼を開いて横目で見てみると、霜くんは目を閉じて、うとうとしかけている。
さや
「膝枕してあげる」
霜
「お前が退屈だろ」
さや
「平気」
霜くんは頭上を見上げた。
きっと、このベンチがいつまで木陰でいるのかを確かめたのだろう。
霜
「……じゃ、お言葉に甘えて」
霜くんは長身をベンチに乗せると、私の膝に、頭をそっと置いた。
さや
「いつでも甘えて」
私は、さらさらの金髪を指で梳く。
霜くんは気持ち良さそうに目を細めるのと同時に、下から腕を伸ばして、私の頬を撫でた。
霜
「…お前、今夜、帰らなくても平気?」
その意味に気付いて、私の頬が、ぽっと熱くなる。
さや
「うん」
霜
「じゃあ、夜は、俺が腕枕してやるよ」
霜くんは腕を下ろすと、目を伏せた。
霜
「だから……10分だけ貸して、な……」
微睡み始めた霜くんの声が、徐々に遠くなる。
でも、私にかかる身体の重みが増した分だけ、彼との距離は近くなる気がする。
さや
「……10分でも、10年でもいいよ。……一生、貸してあげる」
静かな寝息をたてる霜くんの綺麗な寝顔を見つめながら、私はそっと、独り言を囁いてみた。
爽やかな微風が、私と霜くんの髪を撫でて通り過ぎてゆく。
霜くんと出会って、もう、何度も巡ってきた新緑の季節。
これから先も、こうして穏やかに2人でこの季節を迎えて、一緒に過ごして行けたらいいな。
特別な事なんて、何も起こらなくていい。
霜くんがいてくれたら、私は他に何もいらない。
10分経ったら、思い切って、キスして起こしてみようかな?
霜くんはきっと少しだけ頬を染めて、「やったな?」って言って、笑ってくれる。
私の大好きな、あの笑顔で。
~END~