pure love&so sweet
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夏休み前の全校集会で、休み中に大会が開催される運動部や文化部を中心に、壮行会が行われた。
教頭先生が、大会の日程順に、それぞれの部活への応援の言葉を贈る。
8月の半ばに、霜先輩の名前が呼ばれた。
教頭
「3年、穂積霜。全国中学生空手道選手権大会、個人組手、東東京地区指定選手として参加」
霜先輩が壇上で頭を下げると、大きな拍手が応えた。
……霜先輩……大会に出るんだ。やっぱり強いんだな。
これでまた、霜先輩のファンが増えちゃうんだろうな。
霜先輩には、明るい場所がよく似合う。
私はみんなと一緒に、手が痛くなるほど拍手を贈った。
予想外の事が起きたのは、それから数日後。
夏休みの前日、つまり、一学期の終業式の日。
帰宅した私は、夕飯を食べた後、両親に通知表を見せた。
「頑張ってるね」と頭を撫でられて、ほっとひと安心。
明日の部活の準備も済ませ、そろそろお風呂に入ろうかな、と思いながら、テレビのスイッチを切った時、玄関のチャイムが鳴った。
キッチンにいたお母さんが、玄関に向かう気配がする。
やがて、お母さんが私を呼ぶ声がした。
母親
「さや、穂積さんよ!」
穂積さん、と言われ、私は、反射的に秋先輩を思い浮かべた。
何だろう。部活の事で何かあったかな?
そう思いながらも急いで玄関まで行くと、そこでお父さんと話をしていたのは、秋先輩ではなく、なんと、霜先輩だった。
会いたかった人が向こうから来てくれて、私は咄嗟に声が出ない。
父親
「そうかあ、これから稽古か」
霜
「はい」
霜先輩は制服ではなくジャージ姿で、スポーツバッグを提げている。
それで、お父さんが興味を持って、先輩に質問したのだろう。
霜先輩は私に気付くと、お父さんの陰から顔を出して、「急に来てごめんな」と言った。
母親
「さや、上がって頂いたら?」
お母さんがスリッパを勧める。
霜先輩は、ありがとうございます、と言ったものの、首を横に振った。
霜
「ここでいいです。お父さんとお母さんも、聞いててくれていいです」
霜先輩はそう前置きしてから、いつもの笑顔ではなく、真面目な表情をして私を見た。
私は思わず姿勢を正す。
気を利かせて去りかけていた両親も、足を止めた。
霜
「前に、俺と一緒に下校した時の事で、噂になって、龍鬼に迷惑かけた。ごめん」
霜先輩がきちんと頭を下げたので、私はびっくりした。
霜
「すぐに会って話したかったけど、俺の周りも、龍鬼の周りも、いつも誰かがいて、なかなか近付けなかった」
お父さんはじっと霜先輩を見つめて話を聞き、お母さんは、先輩の話を確かめるように、時々私の顔を振り返る。
霜
「でも、俺、明日から泊まり込みで合宿なんだ。だから、どうしても、今日、話がしたくて」
先輩は、そこで一度、言葉を切った。
何か言わなくちゃ。そう思って、私は、以前、秋先輩に言ったのと同じ言葉を口にする。
龍鬼
「先輩のせいじゃないです。それに、もう、噂も治まってきたし。気にしないで下さい」
私が言うと、お母さんも微笑んで頷いた。
けれど、お父さんは笑わない。
父親
「二人とも、失礼だぞ。まだ、穂積くんが話してるじゃないか」
龍鬼
「え?」
お父さんの視線を辿って、私は、霜先輩に視線を戻す。
先輩はお父さんに軽く頭を下げてから、私に向き直った。
霜
「……せっかく、噂が治まってきたのに、悪いけど。また、迷惑かけるかもしれないけど」
さっきまでの青ざめた顔とは違い、霜先輩は、いつの間にか、真っ赤になっていた。
霜
「俺が守るから。だから、これからも、会いたい」
さや
「……え……」
私は霜先輩の態度と言葉の意味がすぐには分からず、立ち尽くしていた。
だから、両親が目配せを交わし、微笑みを浮かべながらそっと奥に引き上げた事など、全く気付かなかった。
霜
「お前が小学校に入学して来た時、あの迷子の子だ、って、すぐ分かったよ。それから目に付くようになって」
……そんな前から、霜先輩が私を知っていたなんて。
霜
「お前、不器用だし、ちょっと鈍くさい所もあるけどさ。その代わり、どんな時でも一生懸命やるし、廊下や道端のゴミも、素通りしないで必ず拾うだろ。……偉いなと思ってた」
そんな風に、私を見ていてくれたなんて。
霜
「……どうしても嫌なら、……俺のこと嫌いなら、今、そう言ってくれていい。そしたら……もう……近付かないって、約束するから」
その言葉で、私は、今日までの日々を思った。
霜先輩、秋先輩。先輩のお家の人たちと過ごしたあの時間。
噂が広まって、距離が開いてしまった、あの時間。
会いたくて、会えなくて、ただ見つめていただけの、あの時間。
さや
「……嫌です」
涙が込み上げてきた。
さや
「……また、霜先輩に会えなくなるなんて、もう嫌。迷惑だなんて、思わない。私こそ、迷惑かけるかもしれないけど。それでも、一緒にいたいです」
勇気を振り絞って、本当の気持ちを打ち明けた。
私の返事を待っていた霜先輩の表情が、瞬きをするたびに、明るく変わってゆく。
霜
「俺のこと、好き?」
私は、こくんと大きく頷いた。
霜
「ありがとう」
私の大好きな笑顔になった霜先輩が、腕を伸ばして、私の髪をくしゃっと撫でた。
霜
「本当に、ありがとう。……あー、良かった!これで、心置き無く合宿に行ける」
さや
「霜先輩」
霜
「ん?」
私は、まだ私の頭の上に乗っている霜先輩の手を、自分の手で押さえた。
さや
「他の女の子に、こんな風にしないで下さいね」
霜
「?」
霜先輩は「意味が分からない」という風に首を傾げ、それから、ハッとした様子で、もう一度、私の髪を、今度は両手でくしゃくしゃにした。
霜
「しねえよ、馬鹿」
霜先輩は身を屈めて、私の目の高さまで顔を下ろした。
霜
「じゃあ、お前は『先輩』って呼ぶのをやめろよ」
さや
「えっ?でも」
霜
「『穂積霜』だよ。『そ・う』。最初に自己紹介しただろ?」
知ってる。
でも、それは今まで、一度も呼べなかった名前。
さや
「…………霜くん」
霜
「うん」
耳まで真っ赤に染めた『霜くん』が、怒ったような顔で頷いた。
霜
「俺も、さや、って呼ぶからな」
私も、耳まで真っ赤になっていたと思う。
さや
「はい」
私が頷くと、霜くんは私の髪を手櫛で直してくれてから、笑顔で背を向けた。
霜
「じゃ、俺、稽古に行くから」
さや
「あ、えと、頑張って下さい」
霜
「おう。今度会う時は、メダル見せてやるよ」
およそ3週間後、霜くんは、その約束を守ってくれた。