pure love&so sweet
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翌日、昨日の余韻に浸りながらご機嫌で登校すると、教室の私の席の周りで、仲良しの友達が4、5人、私を待っていた。
こはる
「さやちゃん、おはよう」
さや
「おはよう。……どうしたの?」
私の席は窓際の列の真ん中。
集まっていた友達が、私を椅子に座らせて、壁を作るように囲んだ。
何だか怖い。
さや
「……何?」
こはるちゃんが、私に、小声で囁くように言った。
こはる
「今朝から噂になってるよ。さやちゃん、霜先輩と付き合ってるんじゃないか、って」
さや
「えっ?!」
思わず辺りを見回す。
すると、彼女たちの作る壁越しに、廊下の方からこちらを窺っている、何人かの先輩たちの姿がちらちらするのが見えた。
さや
「同じ小学校だったし、家も近いんだよ。昨日の事なら、秋先輩も一緒だったんだよ」
状況が分からなくて、私はとりあえずそう言った。
こはる
「霜先輩の事、好き?嫌い?」
この年頃特有の率直さで、こはるちゃんが訊いてきた。
私は、昨日芽生えたばかりの淡い気持ちを、はっきりと自覚しなければならなくなった。
さや
「それは……好き」
こはるちゃんたちが、互いに顔を見合わせてから、頷いてくれる。
こはる
「だよね。私たちも大好きだもん」
そう。
中学生になったばかりの私たちにとって、恋とはそんなものだった。
こはる
「安心していいよ。私たち、さっき話し合ったんだ。さやちゃんの味方だよ」
もしかしたら、この出来事がこれより数年後だったら、この仲間たちも、そっくり私の恋敵になったかもしれない。
けれど、この時の彼女たちは、本当に純粋に、私の味方だった。
じわじわと嬉しさが込み上げてくる。
こはる
「しばらく、一人にならない方がいいかもね。なるべく一緒にいようよ」
さや
「うん」
こうしてまた、それからしばらくの間、私と霜先輩の距離は開いた……。
バッグの中で携帯の着信音が鳴って、私は回想から現実に引き戻された。
急いで取り出して画面を見ると、時刻は8時45分。
発信元は、《穂積霜》。
霜
『さや、ごめん!』
ただならぬ様子に、私はビックリして訊いた。
さや
「どうしたの?」
霜
『強盗だよ。緊急配備で、今、呼び出しが来た。だから、そっちへは行けない。本当に、ごめん』
電話の向こうの霜くんの息遣いは、彼が走っている事を伝えて来た。
さや
「ううん、いいの。でも、今日は非番だよね?緊急配備が解ければ、会えるよね?」
霜
『……何時になるか、分からねえぞ。一度、帰れよ。また、連絡するから』
さや
「ここで待ってる。その方が、警視庁から近いもの」
霜
『さや、』
霜くんの声に、電車の発車音が被った。
耳を澄ませば、私の目にも見えている最寄り駅から、その音が聴こえて来る。
同じ音を聴いている。
お互いにすぐ近くにいる、そう思ったら、余計に、この場を離れ難くなった。
さや
「会いたいの」
霜
『終わったら、行くよ。必ず行く。でも、いつでも帰っていいからな』
霜くんの方から、電話が切れた。
さや
「……待ってる」
我儘を言ったのは分かってる。
でも、今日を逃したら、次に会えるのはいつか、分からない。
待つのは辛くない。
会えない事に比べれば。
霜先輩と一緒に帰った日から、およそ1ヶ月。
私は友達に守られて、穏やかに暮らしていた。
どんな子なのかと見に来る好奇の目からは逃れられないけれど、いつも4、5人の友達が側にいてくれれば、声を掛けてくる見知らぬ人はいない。
私自身もなるべく上級生のいる場所や生徒会室には近付かないようにしていたし、校内で霜先輩を見掛けても、そっと離れるようにした。
そのお陰で、私と霜先輩の噂は、急速に消滅していった。
こはる
「もう、大丈夫かな」
友達が安心したように言ったのは、制服が夏服に替わり、天気予報が、関東地方に梅雨入りを告げた頃だった。
私はテニス部に入部し、毎日真面目に基礎練習を繰り返していた。
女子テニス部は試合の時のウェアの可愛さと、秋先輩に憧れて入部した生徒が半々というところ。
霜先輩の妹だけあって、秋先輩も運動神経は抜群。
普段のおっとりした様子とのギャップに萌える男子も少なくなく、テニスコートを囲むフェンスには、いつも数人のギャラリーが鈴なりになっていた。
練習が終わるとギャラリーも消え、ミーティングが終わり、私たち新入部員が用具を片付ける頃には、無人になるコートに下校を促す放送の音楽が流れる。
毎日がその繰り返しだった。
そんなある日。
くたくたになって部室を出ると、先に帰ったはずの秋先輩が木陰にいて、私に向かって小さく手を振ってくれた。
さや
「もしかして、待っててくれたんですか?」
驚いて駆け寄ると、秋先輩はにっこり笑って、こくんと頷いた。
秋
「さやちゃんに迷惑かけちゃって、ごめんなさい」
並んで歩きながら秋先輩が切り出したのが、霜先輩との噂の事だというのは、すぐに分かった。
さや
「大丈夫です。それに、もう、だいぶ治まってきたみたいだし」
秋先輩はもう一度、本当にごめんなさい、と言った。
秋
「あれからずっと、お友達が一緒に行動してくれてたもんね。……今日はいなくなったけど。だから、声を掛けてみたの」
秋先輩の綺麗な顔が、夕陽に染まっている。
秋
「お兄ちゃんも、さやちゃんの事、ずっと気にしてる。でも、近付くとまた迷惑かけるって言って、悩んでるの。毎日、リビングの床で頭を抱えて、ビー玉みたいにごろごろ転がってるのよ」
その光景を想像して、私はちょっと笑ってしまった。
さや
「もう気にしないで、って伝えて下さい」
秋
「あ、気にしてるって言うのはね……」
秋先輩は何か言いかけて、飲み込んだ。
さや
「?」
秋
「何でもない。これ以上はお兄ちゃんに叱られちゃう」
秋先輩は、ふふ、と笑った。
霜先輩との噂が消え、守ってくれていた友達も普段の距離に戻ると、私はほっとした反面、なんとも言えない寂しさも感じていた。
そうして、いつしか気付けば、校内で霜先輩の姿を探すようになった。
会いたいな。
けれど、遠くから霜先輩を見つめるようになって、分かった。
同じように先輩を見つめている女の子が、すごくたくさんいる事。
それよりももっとたくさんの人たちが、常に先輩を取り巻いている事。
先輩が、話し掛けてくる誰とでも笑顔で接しながら、如才なく一定の距離を保っている事。
特に女の子に対しては、私にしたように頭を撫でたり、一緒に帰ったりは絶対にしない。
私との接し方を失敗したから気を付けているのかな、と思うと、ちくりと胸が痛んだ。