いつか大人になる日まで
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小笠原 諒
~翼vision~
涼子
「ねえ、お母さん」
PCの画面から顔を上げた娘が、不意に、隣に座っていた私に声を掛けて来た。
さっきまでイギリス人とネットでチェスの対戦をしていたはずの画面には、『YOU WIN』の文字が点滅している。
今年中学に上がったばかりの娘の顔は、諒くんに似て端正だ。
束ねていた長い黒髪をほどく姿はモデルのように綺麗で、私はいつも見惚れてしまう。
涼子
「お母さんはどうして、お父さんと結婚したの?」
翼
「え」
小笠原
「げほげほっ!」
テーブルの向かい側で、諒くんが危うくコーヒーを噴き出しそうになる。
小笠原
「……」
それでも話に興味があるのか、諒くんは顔を上げて、タブレットで読んでいた英字の論文からちらりと私に視線を移した。
翼
「……どうしたの、急に」
首を傾げた私に、娘は、別に?と笑った。
顔立ちも口調もきつめだけど、娘は笑うととても可愛い。
涼子
「お父さんて、凄い人なのは知ってるよ。特許もいくつも持ってるし、天才だよね。警察の中でも、特別扱いされてるんでしょ」
歯切れよく話す娘の言葉にも表情にも、どうやら棘は含まれていない。
普段の生活に不満な様子も無い。
でも、それならどうして、こんな事を言い出したんだろう。
翼
「そうよ。各種の認識システムの開発や、ハッキング対策のような高度なプログラミングとか。情報処理に特別な才能があるの」
涼子
「あたしは、職場でのお父さんを知らない。でもさ、家にいる時のお父さんて、まるっきりお母さんに依存してない?」
私はちょっと驚いた。
今どきの中学生って、みんなこんな言葉を使うの?
思わず諒くんを見てしまったけど、諒くんは再びタブレットに視線を戻して、無言で画面を操作している。
涼子
「お母さんも、それで満足してるみたいだし。だからさ、お母さんは、お父さんのどこが好きなのか、聞きたいかなーって」
ほ、本人を目の前にして、娘に馴れ初めを語るって、かなり恥ずかしいんですけど!
翼
「え、えーっと」
どこから話をすればいいのか悩む私をよそに、娘は私に顔を向け、テーブルに両方の肘をついて身を乗り出す。
涼子
「旅行の写真で見せてもらった事があるけど、緊急特命捜査室の人たちって、みんな格好いいし、エリート揃いでしょ。何でお父さんを選んだの?」
確かに、娘の言う通りだ。そういう意味では、警視庁の中でも、捜査室は女性憧れの部署だった。
翼
「確かに素敵な男性ばかりの部署だったけど、お父さんだって、結構人気があったのよ」
涼子
「そうなの?」
娘はニコニコしながら目を輝かす。
翼
「クールで知的だし、上品だし」
涼子
「うん」
翼
「顔だって綺麗だし、身長だって175cmあるし」
涼子
「うんうん」
翼
「バドミントン部だったんだから実はスポーツマンだし」
涼子・小笠原
「うんうん」
翼
「お坊っちゃまだから仕事以外は世間知らずだけど、そこが面白いし」
涼子・小笠原
「うんうん」
翼
「それに甘えん坊でやきもちやきなところも可愛いし……」
私はそこでハッとした。
いつからか、娘と諒くんは、同じような表情を並べて私の話を聞いていた。
二人のにやけた顔を見て、のろけてぼんやりしていた私の思考回路が音を立てて動き出す。
それが導きだした答えは……
翼
「あーーーっ!」
私は思わず立ち上がっていた。
かあっ、と顔が熱くなる。
翼
「あ、あなたたち、謀ったわね?!」
それでも、二人はとぼけた。
涼子
「お母さんたら、急に大きな声出して。どうしたの?」
小笠原
「びっくりした」
けれども私はもう騙されない。
翼
「涼子!あなた、お父さんとグルになって、私を騙したのね!」
娘は、あーあ、と髪を掻き上げながら、諒くんを見た。
涼子
「騙したわけじゃないよ。お父さんに、代わりに聞いてくれ、って言われたから」
小笠原
「言ったから」
翼
「なっ、なっ、なっ」
涼子
「だから言ったでしょ、お父さん。お母さんは、お父さんが大好きだから心配いらないって」
小笠原
「うん、涼子の言う通りだった」
諒くんはにこにこしている。
それは、私の大好きな彼の表情。
小笠原
「ごめんね、翼ちゃん」
今度は泣きそうな顔で言われて、脱力した私は、ぺたりと椅子に腰を落とした。
駄目だわ。
私、この顔に弱いの。
涼子
「さーて、私はまたチェスでもしましょうかね?次は、ルーマニア人と対戦だー」
ノートPCを抱えて、娘がそそくさとリビングから出て行く。
こういう要領のよさは誰に似たのかしら。
翼
「涼子、覚えてらっしゃい!」
涼子
「はーい」
こ、応えてない。
二人きりになったリビングで、諒くんが私に擦り寄って来た。
小笠原
「ごめんね、翼ちゃん。でも、僕、嬉しかったな」
ああもう。
頬を染めて見上げないで。
優しく抱きついて来ないで。
全部許してしまうから。
小笠原
「怒った?」
翼
「……ちょっとだけ」
むくれている私の頬に、諒くんがちゅっとキスをする。
小笠原
「大好きだよ、翼ちゃん」
翼
「……私も」
くすっと笑ってしまったら、もう私の負け。
私と諒くんの頭脳戦では、『YOU WIN』の文字はいつでも、彼の側に輝いている。
~小笠原編END~