Pure Love
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~小野瀬vision~
車の助手席に座らせ、ファミレスを後にしても、まだ、秋の身体の震えは止まらなかった。
俺が肩に掛けてやったジャケットの前襟を合わせて握り締め、虚ろな目をして唇を噛んでいる。
危険だな。
秋が気になって集中できず、俺の運転の方も危ない。
小野瀬
「……もう少し休んでから、帰る?」
信号待ちで、俺は尋ねた。
穂積の家には、翼さんか霜がいるはずだ。
このまま帰せば、おそらく、すぐに事情を説明しなければならなくなるだろう。
とりあえず、落ち着くまで俺の家で休ませてみようかと、俺は考えていた。
秋
「……」
秋は答えなかった。
と言うより、反応しなかった。
目を見開いたまま、前方を凝視している。
もしかして、俺の声でフラッシュバックを起こしたのかも知れない。
小野瀬
「行くよ」
俺は、もう、彼女の返事を待たずに車を発進させた。
自宅マンションの駐車場に車を停めた俺は、大きく深呼吸した。
ひとまず交通事故は回避した。
けれど思いの外、自分自身の疲労が強い。
くそ。
久し振りに、年甲斐もなく暴れたからか。
ハンドルに倒れ込みそうになったのを食い止めたのは、消え入りそうな秋の声だった。
秋
「……おじ様」
振り向こうとした俺の頬に、柔らかいものが優しく触れた。
ゆっくりと少し顔を動かして見ると、それは、秋が俺の頬にハンカチを当てたのだと分かった。
秋
「……怪我してる」
心配そうな表情は、さっきまでとは違って、目の焦点が合っている。
正気に戻ったらしい。
それでも俺は、なるべく刺激を与えないよう、じっとしていた。
彼女は俺の頬にハンカチを当てたまま、また、泣きそうな顔になっている。
秋
「……ごめんなさい」
小野瀬
「秋は悪くないよ」
囁くように答えて、俺は微笑んでみせた。
秋は小さく首を横に振った。
秋
「傷つけて、ごめんなさい」
大丈夫だってば、と言おうとして、俺はヒヤリとした。
秋が謝っているのは、この傷の事じゃない。
秋
「守ってくれてありがとう」
小野瀬
「……」
秋
「おじ様」
秋の目から、涙が零れた。
秋
「どこへも行かないで」
呼吸が苦しくなった。
ああ。
この子は気付いていたんだ。
俺の感じていた孤独に。
……別れの予感に。
秋
「ずっと、そばにいて」
小野瀬
「……」
俺は、秋を静かに引き寄せた。
秋は俺の胸に顔を埋めて、泣き出した。
震える背中を撫で、柔らかい髪に触れていると、愛しくて、たまらない気持ちになる。
手を添えて顔を上げさせ、濡れて冷たくなった頬を、掌で包んで、温める。
しゃくりあげながら泣き続ける秋の、淡い色の長い睫毛の先で、涙の粒がいくつも光った。
秋
「いつまでも、お父さんでいて……」
胸が疼いた。
俺は、桜色の唇に触れそうになっていた指先を、止めた。
止めようとした。
止められなかった。
秋
「お願い、」
俺は、秋に唇を重ねた。
秋。
本当の娘なら良かったのに。
俺が、きみの本当のお父さんなら良かったのに。
そうしたら、俺は決して、こんなふうにきみを傷つけたりはしなかった。
秋が目を見開く。
初めて俺に向けられた、驚きと怯えの眼差し。
次の瞬間固く目を閉じ、秋は俺を突き放した。
車から飛び出し、涙を拭きながら走り去ってゆく秋の後ろ姿を、俺はただ見送るしかなかった。
秋。
きみはもう、大人になってしまった。
俺はもう、きみを、娘だとは思えない。
俺はもう、きみの父親ではいられない。
俺は穂積にはなれなかった。
穂積の家に、俺の居場所はもうどこにも無い。
秋。
俺の娘だった、愛らしい少女。
きみの為なら、傷つくなんて平気だった。
いつだって守ってあげたかった。
どこへも行きたくなんかない。
ずっと、きみの傍にいたかった。
いつまでも、お父さんでいてあげたかった。
でももう叶わない。
秋。
泣かせてごめん。
傷つけてしまってごめん。
きみの願いを叶えてあげられなくて、ごめん。
俺の事なんか忘れてくれ、そう思いかけて、俺は両手で顔を覆った。
秋。
俺は、きみを忘れられるだろうか。