クリスマス・ソングス
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穂積泪
☆きよしこの夜(Silent night)~穂積家~☆
遠くで赤ちゃんの泣く声が聴こえた気がして、私ははっと目を覚ました。
行かなきゃ。
……でも、身体がだるくて、起き上がれない。
寝返りを打とうとして、私は、そこが、泪さんのベッドの上だと気付いた。
……いつの間に?
双子の赤ちゃんが生まれて以来、私は、リビングに置いた、折り畳めるシングルベッドに寝ていた。
授乳や夜泣きでたびたび夜中に起きるので、傍らにベビーベッドを置き、泪さんとは寝室を分けていたのだ。
泪さんは自分も交替でミルクをやるよとか、同じ部屋で寝ればいいとか言ってくれたけど、産休で私が抜けて人手の足りない捜査室の忙しさは、想像に難くない。
それでなくても、今は年末。管理職の泪さんは激務なのだ。
泪さんには、家の事など何も気にしないで、大切な仕事に打ち込んで欲しかった。
夜はゆっくり眠って欲しかった。
そんな意地を張って、子供たちを一人で抱えてきて、疲れ果ててしまったのかもしれない。
枕元の時計は、夜の十一時。
私はそっと暗い寝室の中を歩いて、扉の隙間からリビングを覗いた。
こちらからは、泪さんの後ろ姿しか見えない。
けれど、ミルクの甘い香りがして、泪さんの腕の中でとんとんと背中を叩かれた赤ちゃんが、小さなげっぷをしたのが聴こえた。
私はびっくりした。
泪さんが抱いていた子をベッドにそーっと下ろすと、待っていたように、もう一人がぐずりだした。
泪さんは、まだ首の据わらない赤ちゃんを丁寧に腕に抱いて、足踏みをするようにゆったりと身体を揺らしながら、あやし始めた。
力があって大きな身体に安心するのか、赤ちゃんもすぐにおとなしくなる。
……私、今まで何をしてきたんだろう。
時間に追われるようにミルクをあげて、義務を果たすようにおむつを替えて泣き止ませて。
あんな風に、赤ちゃんを安心させてあげる余裕があったかしら。
そのうち、私の耳に、微かな声が聴こえてきた。
♪Silent night, holy night,
All is calm, All is bright
Round yon virgin mother and Child.
Holy Infant so tender and mild,
Sleep in heavenly peace,
Sleep in heavenly peace.♪
囁くように歌っているのに、思わず聞き惚れてしまうような美声、そしてその優しい旋律。
揺りかごのような泪さんの腕に抱かれて、赤ちゃんはたちまち微睡む。
泪さんはその子もベッドに下ろし、二人の額にキスをしてから、小さな小さな布団をかけ直す。
私は急いで、足音を忍ばせて泪さんのベッドに戻った。
少しして扉が開き、部屋着に着替えた泪さんが、寝室の電気を点けて入って来た。
私はじっとして、息を潜める。
寝ている私の隣に滑り込んだ泪さんが、耳元に唇を寄せて来た。
穂積
「覗き見の次は寝たふりか?」
翼
「!」
ふっ、と耳に息を吹き掛けられて、私は寝たまま飛び上がった。
穂積
「いい趣味じゃねえか、あぁ?」
翼
「ご、ごご、ごめ」
私が着地するのを待って、唇が深く重なる。
翼
「……ん、……」
それは、意固地になっていた私の心を溶かしてゆくような、優しい、優しいキス。
穂積
「さーて、どんなお仕置きをしてやろうかな?」
唇を離した泪さんの、慈しむような眼差しと、私の頬を包む掌の温かさが、心地好い。
だから、わざと意地悪を言っているのだと分かる。
翼
「……」
胸が熱くなって縋りつくと、泪さんは、ちょっと面食らった様子。
穂積
「ん?」
翼
「泪さん、ありがとう」
穂積
「バーカ」
額に、軽いデコピン。
穂積
「……頑張り過ぎなんだよ、お前は」
同じ場所に、今度は、ちゅ、とキスされた。
穂積
「たまには、ゆっくり寝ろ。抱いててやるから」
泪さんは私を抱き寄せて、腕枕をしてくれる。
私は涙を隠して、微笑んだ。
翼
「……私にも、歌って」
穂積
「お前って時々、ガキみたいな事言うよな」
泪さんは呆れたように言いながら、私の髪を撫でた。
穂積
「……ま、たまには甘えさせてやろう」
ベッドライトだけを残して、泪さんが寝室の明かりを消す。
穂積
「今夜だけ、特別だぞ」
翼
「うん」
静かに歌い出す泪さんの声を聴きながら、私は目を閉じた。
枕元にプレゼントが置かれなくなったのは、いつからだったかしら?
私が、クリスマスイブの夜、布団の中でサンタクロースを待たなくなったのはいつから?
私はそっと、薄目を開けて見た。
手枕の泪さんと目が合うと、泪さんは歌を止めそうになる。
私は慌てて目を閉じる。
泪さんが、微かに笑っている。
イブの夜、私はもうサンタクロースを待たない。
枕元にプレゼントが置かれなくてもいい。
そこにはいつでも、愛する人がいてくれるから。
~穂積編 END~
~クリスマス・ソングス END~