クリスマス・ソングス
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小野瀬葵
☆ジングルベル(Jingle Bells)~小野瀬家~☆
今夜、私は久し振りに葵と街を歩いている。
そこかしこから流れてくる、定番のクリスマスソング。
大通りは天の川のよう。
行き交う車のヘッドライトとテールランプは、まるで流れ星。
街路樹の一本一本に散りばめられたイルミネーションは、空から降り積もった星のきらめき。
私と腕を絡めて隣を歩いているのは、葵。
彼は幾つになっても色気があって格好よくて、自慢の夫だ。
クリスマス間近の街は、夢のように綺麗で、怖いくらいにロマンティック。
……葵が不機嫌でなければ。
小野瀬
「……」
私たちの数メートル前を、娘が歩いている。
頬を染めて楽しそうに、時には声を立てて笑いながら。
葵が目を光らせているのは、上機嫌の娘の隣に、室長……じゃない、穂積警視監が一緒にいるからだ。
室長……警視監は……もう、心の中では『室長』でいいよね。
室長もまた、二十年経っても、変わらない。
もちろん、その容姿は葵同様、年相応に渋味を増してはいるけど、往来の人々が振り返るほどの美貌は、いまだに健在だ。
四人で向かっているのは、この近くにある、イタリアンレストラン。
クリスマスには少し早いけど、お父さんとお母さん、それに、穂積のおじ様も誘って食事に行きたい、と提案したのは娘。
娘の今の喜びようを見ると、誰と食事したかったかは、一目瞭然だけど。
翼
「……葵、怒ってる?」
囁くように私が尋ねると、葵はぱっと表情を緩め、にっこり笑顔を私に向けた。
小野瀬
「全然?どうして?」
ほらね、不機嫌でしょ。
小野瀬
「穂積を誘ったのは俺だよ。あの子もあんなに喜んでる。俺は満足だよ」
そう言いながらも、葵は少し寂しそう。
……穂積を誘ったのは俺なのに。
……あの子、穂積と一緒であんなに喜んでる。
そう聞こえるよ。
複雑な葵の気持ち。
穂積
「小野瀬」
不意に、室長が振り返った。
小野瀬
「何?」
たった今まで眉間に皺を寄せていたのに、室長に呼ばれた途端、葵は笑顔で駆け寄ってゆく。
私はくすりと笑った。
ほら。
寂しかったくせに。
葵と入れ違いに、娘が私の方に戻って来た。
藍
「うふふー」
娘は幸せそうに微笑みながら、私に腕を絡めてきた。背の高い娘は、そんな風にすると、自然に前屈みになる。
頬を寄せるようにくっついた娘に苦笑しながら、私は囁いた。
翼
「どんなお話してたの?」
藍
「いろいろ。『ジングルベル』の話とか」
翼
「?」
藍
「『ジングルベル』って、歌詞を聞けば分かるけど、そり遊びの歌だって」
翼
「……あれ?本当だ」
でしょ、と娘が笑った。
確かに、雪の中、そりで走るその楽しさを歌っている内容だ。サンタやクリスマスの事は、一つも出てこない。
藍
「後半の歌詞ではね、主人公は、女の子を誘って二人でそりに乗るけれど、雪のかたまりに突っ込んで、そりをひっくり返しちゃうの」
翼
「ふんふん」
藍
「通り掛かりの人に笑われちゃったよ、っていう後日談を挟んだ後で、主人公はまた女の子を誘って、友達とそり遊びに行くんだけど」
……話のオチが見えた気がする。
藍
「おじ様はそれが、若い頃のお父さんみたいだって」
やっぱり!
翼
「あはは」
藍
「やっぱりそうなの、お母さん?」
翼
「まあ否定は出来ないというか」
私は曖昧に笑って、前を歩く二人の背中を見た。
昔と少しも変わらない後ろ姿。
他の誰といる時よりも、あの二人は、お互いの傍にいる時が一番楽しそう。
ちょっぴり悔しいけど。
私と並んで歩きながら、娘もまた楽しそうに、二人の背中を見比べていた。
ねえお母さん、と娘が囁く。
藍
「お父さんとそり遊びに行った友達は、きっと、穂積のおじ様ね」
私は微笑んで、頷いた。
ほらね、葵。
あなたが一人でやきもきしている間、あなたの大切な二人は、ずっとあなたの事を考えていたのよ。
もちろん、私も。
たくさんの人から愛され過ぎて、いつも愛に包まれているのに気付かないのね。
そこかしこから流れてくる、定番のクリスマスソングのように。
ジングルベルで溢れる街を歩きながら、私と娘はいつまでも、室長と楽しそうに笑っている葵の姿を見つめていた。
~小野瀬編 END~