First Love *清香様からの頂き物
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「こちらへどうぞ。」
「…はい。」
おじ様に連れてこられたのは警視庁にほど近い場所にあるホテルのフレンチレストランだった。
大きな窓から見える雨に濡れた夜景と静かな店内は今までの私とは無縁の世界のようで、初めて足を踏み入れた大人の世界に少しだけ戸惑ってしまう。
きょろきょろと周りを見ている私におじ様は心配そうに声をかけてきた。
「…もしかしてフレンチは苦手か?引き返すか?」
「い、いえ、大丈夫です。…ちょっと緊張しているだけです。」
「緊張するもんか?」
「えぇ、少しだけ。でももう大人ですからね、慣れないと。」
少しおどけてそういうと、心配そうなおじ様の顔が少しだけ柔らかくなる。
「一丁前に言いやがって。何か希望はあるか?」
「いいえ。お任せします。」
「そうか。じゃあ、俺が決めるけどいいか?」
「はい。」
恋人とデートに来てもおかしくないくらいとっても素敵なお店で、おじ様はお父さんと同じくらい紳士のような振る舞いでやってきたウェイターとスマートに話を進めていく。
慣れているその姿に今までどんな人を連れてきたのかと頭の端で考えると胸がチクンと痛んだ。
「どうした?」
「いえ、普段からこういうお店によく来るんですか?」
「そんなわけないだろう。呼ばれることはあるが、自分で来ることなんか滅多にないさ。…まぁ、こういうところは融通が利くからな。」
「融通?」
「…それは後で、な。さぁ、飯にしよう。さすがに腹が減った。」
まるでラーメン屋か焼肉屋にでも来たかのような口ぶりに思わず笑みがこぼれてしまう。
「やっと笑ったな。そのほうが良い。」
「おじ様…。」
「じゃあ改めて、藍、準優勝おめでとう。本当に良く頑張ったな。」
「はい、ありがとうございます。」
カチンと合わさるグラスの涼しげな音と、しとしとと降る雨の音が周りの世界から私達を隔離してくれているような錯覚さえ感じる。
私だけを見つめてくれている碧の瞳と、楽しそうに大学時代の裏話を話す唇は、今だけは私が独り占めしていてて。
ずっとこの時間が続けばいいのに。
雨なんて止まなければいいのに。
そんな無茶なお願いさえ祈りたくなる。
それでも時間は止まってくれなくて、気がつけばデザートの時間。
幸せな時間はもうすぐ終わってしまうのかなと小さなため息をつくと、小さく揺らめく炎が視界に入る。
「お誕生日おめでとうございます。本日は特別にご用意させていただきました。」
ウェイターさんが運んできたのは2本の火のついたろうそくが乗った綺麗なケーキのデザートプレートだった。チョコレートで『HappyBirthday 藍』と書かれているのを見て、さっきおじ様が言った『融通』の意味がやっと繋がった。いつの間に用意してくれていたのかと驚いていてしまう。
「おじ様…。」
「ほら、早く吹き消さないと蝋が垂れるぞ?」
「えっ、歌ってはくれないんですか?」
「…勘弁してくれ。」
苦笑いをするおじ様に促されてふぅっと小さな炎を消すと、小さく拍手をしてくれる。
二人きりのバースデーパーティーは甘いケーキとおじ様の笑顔で幕を閉じるのかと思っていると。
何かに気がついたおじ様がおもむろに立ち上がった。
何事かとその後ろ姿を見つめていると、ウェイターさんから受け取った大きな袋からおじ様が取りだしたのは。
「誕生日おめでとう。あんなに小さかった藍がもう二十歳か。早いもんだ
な。」
今までは可愛らしいピンクの花束をくれることが多かったのに、今日渡されたのは美しい白い花々と自然味あふれるグリーンをふんだんにあしらった花束だった。バラ、ストック、桔梗と華やかで優美でありながら自然の中で咲き誇っているようなアレンジメントに目を奪われてしまう。
あまりの驚きの連続に言葉を返せないでいると、おじ様が椅子を引き寄せ私の瞳を覗きこむように見つめ、静かに話し始めた。
「藍、20代は大人のスタートラインだ。この10年をどう過ごすかで30代、40代、人生の道筋が決まると言っても過言じゃない。たくさん勉強をして、色々な人に出会って学べ。人との出会いは必ず自分自身の糧になる。…いつまでも同じ所に立ち止まってちゃいけないぞ。」
「…おじ様?」
真剣な瞳が意味するものは。
「……俺みたいになるなよ。」
小さく呟かれた言葉の真意は何なのか。
「おじ様っ、私…!」
今言わないと二度と言えない気がするのに、見つめられた瞳に射すくめられてしまう。
これ以上言ってはいけないと言われているような視線に、やり場のない感情が溢れてくる。
「さぁ、遅くなるといけないから帰ろう。家まで送る。」
立ち上がって歩いていくおじ様の背中を見つめても言えない想い。
抱えた花束から漂う甘い香りが大人の甘酸っぱさなんだろうか。
大人になるってこんなに辛いことなのか。
溢れそうになる涙をこらえて私はおじ様の背中を追うように立ち上がったのだった。
.