ニューヨーク珍道中 *清香様からの頂き物
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~小野瀬vision~
ラフな服装に着替えた穂積と共に俺達はニューヨークの街中へと出た。
穂積
「来たばっかりなんだから、もう少しゆっくりすればいいのに。」
と穂積は言うけれど、明日の夜には帰国の途につかなくてはいけない俺にとっては、なんとなく一分でも一秒でも時間が惜しい気がして堪らなかった。
小野瀬
「大丈夫だって。だてに鑑識で二徹・三徹してないからね。さぁ、行こう。」
『変な奴』と笑う穂積と並んで歩くのは半年ぶりになるのかな。
肩を並べて歩いて、お薦めのベンダーでホットドッグを買い、公園のベンチで二人して頬張る。
日本じゃあ考えられないような光景。
それでも素直に受け入れられるのは、ここがアメリカで穂積以外知り合いがいないという気楽さがあるからかも、と頭の端に浮かぶ自己分析を首を振って消し去る。
滅多にない貴重な時間なんだ。
余計なことは考えないで、今はただ、この刺激的でポジティブな街を楽しもう。
小野瀬
「で、今日はどこを案内してくれるのかな?」
ホットドッグを食べ終わるやいなや立ち上がる俺に、穂積が目を丸くする。
穂積
「…お前、そんなキャラだったっけ?」
小野瀬
「そうだけど、何か?こう見えて出かけるのは嫌いじゃないんで。」
穂積
「いっつも鑑識に篭ってるから、太陽の下に出たら溶けちまうのかと思った。」
小野瀬
「どんなイメージだよ。吸血鬼やドラキュラじゃないぞ。」
穂積
「行きたい所とかないのか?お前ならメトロポリタン美術館とか言いだすのかと思ってたんだが?」
正直ここに来るまでの飛行機の中では、美術館か博物館の一つくらいは行けたらなって思ってた。
でも、穂積の顔を見たらそんな考えが吹っ飛んで行く。
小野瀬
「穂積がこの半年見てきたこの街を教えて。どこで生活をして、どこで仕事してきたのか案内してよ。」
穂積
「…おう、分かった。任しとけ。」
ジョーさんに貸してもらったという車に乗り込み、穂積の運転で俺達はニューヨークの街中をひたすらドライブした。
南のチャイナタウンから北のハーレムまで、途中でトリニティ教会やグランドセントラル駅などの歴史的建造物を見ながら、どんな犯罪が起きたのか穂積が運転席から解説をしてくれる。
街中で発砲事件があったり、暴行・傷害なんて日常茶飯事で、日本とは違う犯罪のレベルの大胆さに驚きつつも、あちこちに目をやると高いビルに囲まれながらもぽっかりと空いた空間が現れた。
最後に案内されたのは未だに凄惨な爪痕が残るグラウンドゼロだ。
2001年に起きた9.11同時多発テロの跡地は依然として暗澹とした空気を持ち、自然に握りしめた手に力がこもる。
穂積
「初めてニューヨークに来た時に、真っ先に来たのがここだったんだ。自分が世界を平和にできるだなんて思ってはいないが、警察官として何をしなくちゃいけないのか、改めて考えさせてくれる場だと俺は思ってる。」
小野瀬
「……あぁ、そうだな。」
アメリカ人だけではなく、多くの日本人も、他の国の人間もいきなり巻き込まれた未曾有のテロ事件。
日本も同じように地下鉄で宗教団体によるテロ事件が起きたが、こういった『癒えない傷』が少しでも無くなるよう願い、俺達は静かに手を合わせたのだった。
穂積
「さ、これで終わり。思ったより早かったな。どっか行きたい所はねぇのか?」
小野瀬
「えっ、もう?まだ日は高いんだけど。」
穂積
「仕方ないだろうが。仕事は市内だけだし、休みの日はほとんど寝て過ごしてたから、観光なんてしてねぇし。」
小野瀬
「どこも行ってないの?半年もいて?」
穂積
「お前、俺が一人で自由の女神像でも見に行くと思うか?」
小野瀬
「…思わないね。」
穂積
「だろ?」
自分から振ったものの、即答されたのが恥ずかしいのかそっぽを向いて車へと向かう穂積が可笑しくて仕方ない。
先を歩く背中を追いかけ、隣を歩く。
小野瀬
「悪かったよ、ほら、すねないで。」
穂積
「すねてなんかいねぇ!」
小野瀬
「分かった、分かったから。じゃあ、一緒にベタなニューヨーク観光しようぜ。自由の女神像と写真を取って、ロックフェラーセンターの『トップ・オブ・ザ・ロック』に行って夜景を見る。タイムズスクエアに行ってもいいかもな。」
そう言いながら穂積の顔を覗きこむと、ちょっと苦虫を噛み潰した感はあるものの満更でもない様子だ。
小野瀬
「もうすぐでロス市警に行くんだろ?またニューヨークに来る機会なんてお互いそうそうあるわけじゃないからね。行こう?一人じゃ無理でも、二人なら平気だろ?」
穂積
「…お前がそう言うなら、……行くか。」
小野瀬
「はい、決定!出発!」
それからは本当に珍道中。
フェリーに乗ってリバティ島に行き、自由の女神像を見ては真似をしたり、『トップ・オブ・ザ・ロック』では絶景を臨めたものの、穂積が高いところを得意としないことが分かったり。
大笑いしながらジョーさんお薦めのダイナーで考えられないくらい分厚いステーキを食って、文字通りヨロヨロとしながら穂積のアパートへと着いたのは午後11時だった。
小野瀬
「うぁー、今日は食いすぎた。お前と一緒にアメリカにいたら、確実に太りそう。」
穂積
「……。」
小野瀬
「…どうした?なんか忘れ物でも?」
穂積
「いや、そのまま中に入るぞ。後ろを向くな。」
小野瀬
「穂積?」
穂積
「…ちっ、後をつけられてた。セキュリティを解除したらエレベーターまで走るぞ。振り向くなよ?」
ちらりと横目に見たエントランスのガラス扉に映っていたのは、フードを被った二人組の大男達。背の高い穂積でもウエイトで負けそうなくらいの大きさだ。
一気に心臓の鼓動が速くなる。
さっきまでのステーキが胃から上がってきそうなくらいの吐き気が襲ってくる。
視線だけでタイミングを計り、穂積が慣れた手つきでセキュリティを解除し、先に滑り込むように中へ入ると俺は一直線にエレベーターを目指した。
運よく止まっていた一台を開き、乗り込んで振り返った先には走る穂積と、二人組の手にキラリと光る拳銃が見える。
小野瀬
「穂積、屈め!!!」
穂積
「くそっ!」
ヘッドスライディングをするようにエレベーターに滑り込む穂積の身体を引き寄せ、適当に階数ボタンと『閉』ボタンを連打すると二人組は諦めたのか閉じていくドアの隙間から背中を見せて逃げて行った。
小野瀬
「……。」
穂積
「……。」
互いに無言のまま部屋へ戻り、玄関の扉を閉めた所でどっと疲れとため息が出る。
小野瀬
「…凄いね。映画かドラマみたいだ。」
穂積
「……あぁ、そうだな。」
ぐずぐずとソファーに座ると、大きな波のように疲労感が襲ってくる。
よく考えたら、二徹で明け方に羽田を出て来たんだっけ。
12時間のフライトで少しは眠ったものの、こっちに着いてからはずっと動きっぱなしだ。
鑑識にあるソファーより大きくて柔らかい穂積の部屋のソファーに心も身体も沈んでいく。
穂積
「おい、小野瀬。」
小野瀬
「…んっ…なに?」
穂積
「寝るならあっちのベッドで寝ろよ。身体壊すぞ。」
小野瀬
「い…や、ここで十分…。」
ゆさゆさと身体を揺すられ起されるものの、眼も頭も身体も起きるのを全力で拒否している。
穂積
「ほら、客をソファーに寝かすわけにいかねぇだろうが。早くベッド行けよ。俺がこっちで寝るから。」
小野瀬
「何でお前の家なのに、家主がソファーで寝るんだよ。それこそ…おかしいだろうが。」
眼を瞑りながらソファーにしがみついていると、穂積がため息を吐く音がする。
穂積
「じゃあ、俺はまたモーテルにでも泊まってくる。だからお前はベッドで寝ろ。」
さすがにこれには眠気も吹っ飛んで行く。
小野瀬
「はぁ?なんだそれ。まださっきの二人組がいるかもしれないんだぞ!?」
穂積
「なら、お前がベッドで寝ろよ。それで万事オーライだ。」
小野瀬
「ふざけんな、お前の家だろうが。それなら俺がモーテルに泊まる。」
穂積
「この辺のモーテルがどこにあるのか知ってんのかよ。」
小野瀬
「……とにかく、お前の家でお前のベッドなんだから、お前が寝ろ。俺のことは気にするな。」
穂積
「お前だって大方休みを取るためにまた徹夜して、ろくに寝ないまま12時間エコノミーに乗ってきたんだろ?明日の夜にはまた14時間のフライトがあるんだろ?たった一晩ベッドで寝なくたって俺は平気だ。お前が使え。」
小野瀬
「このソファーなら鑑識にあるやつより、警視庁の仮眠室の寝具より快適だ。だから俺も平気だ。」
さっきまでの眠気はどこへやら。
気がつけば二人して腰に手を当て、仁王立ちでにらみ合っている。
穂積
「強情。」
小野瀬
「頑固。」
穂積
「変態。」
小野瀬
「ド変態。」
穂積
「女ったらし。」
小野瀬
「オカマ。」
穂積
「なんだと!」
小野瀬
「なんだよ!」
掴みかかろうとした瞬間、階下からドンッと突き上げるような衝撃が来た。
穂積
「あっ、やべっ。」
小野瀬
「な、なに、今の。」
穂積
「あんまりうるさくすると下の階の人に怒られるんだよ。夜しかいねぇし、もうすぐ引っ越すから大目に見てくれてはいるけれど、たまにこうやって注意されるんだ。」
肩をすくめる穂積の姿に、さっきまでの小学生レベルの言い争いをしていたことが恥ずかしくなる。
深夜12時近くにいい大人がする事か。
小野瀬
「わかった、じゃあ大人しくベッドを借りるよ。」
穂積
「良かった。そうしてくれ。」
心底安心したような、無邪気な笑顔を見せる穂積に、少しだけイタズラ心が湧きあがる。
小野瀬
「そうだ、せっかくだから昔みたいに一緒に寝ようよ。」
穂積
「はぁ?」
小野瀬
「どうせお前のことだからベッドも大きいんだろ?新人の時みたいに話しながら寝よう。そうすればお互いベッドで眠れる。もう不毛なやり取りをしなくてすんで一石二鳥だ。」
穂積
「なんでそうなるんだよ!!!」
小野瀬
「ほら、大きな声を出したらまた下の人に怒られるぞ。しーずーかーに。」
穂積の背中を押してぐいぐいとベッドルームへと行くと、予想通りの大きなベッドが部屋のど真ん中に鎮座していた。
小野瀬
「おっ、さすがアメリカ。ベッドもキングサイズなんだ。これなら二人でも大丈夫だな。」
穂積
「本気か?」
小野瀬
「本気、本気。さっ、とっとと寝ようぜ。明日はどうしようかな。」
先に寝っ転がったベッドはやはりソファーとは比べ物にならないくらい心地よくて、明日は何をしようかと考えていたはずが、いつの間にか眼を閉じてしまっていたようだ。
小さなため息と、ぎしりと音を立てて沈み込む右側を感じながら、俺は眠りの淵へと落ちていったのだった。