First Love *清香様からの頂き物
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首から下げたメダルを掲げながら写真撮影に応じていると、いつの間にやら客席にいたおじ様の姿が見えなくなっていた。
関係者でごった返している歓喜に沸く会場をすり抜けどうにか玄関ロビーまで行くと、今まさにキャリーバッグを引いて出て行こうとするおじ様の背中が見える。
「おじ様!!穂積のおじ様!!」
今を逃したら次はいつ会えるかわからない焦りから自分でも驚くくらい大きな声で呼んでしまったのに、ゆっくりと振り返ったおじ様はいつものように優しい笑みを浮かべていた。
「藍、準優勝おめでとう。よく頑張ったな、いい試合だった。」
『スッ』っと伸ばされた手がいつものように頭を、髪を撫でてくれる。大きな温かい手は2年前のクリスマスに会った時と変わらず優しさが溢れているようで、懐かしさに思わず目を閉じてうっとりとされるがままでいると、おじ様の手がピタリと止まってしまった。
「…おじ様?」
どうしたのだろうと目を開けると、おじ様は苦笑いをしながら。
「…いや。つい癖で撫でてしまったが、もう大人になったんだからこういうのは止めたほうがいいな。」
「えっ…?」
「20歳の誕生日おめでとう。節目の年なのに何も用意できていなくてすまない。また改めてお祝いをさせてくれ。」
「誕生日…覚えていてくれたんですか?」
「当たり前だろう。藍は俺の娘も同然だからな。」
頭に置かれていた手は離れ、ゆっくりとスーツのポケットの中に収まってしまう。大人としてこれから扱っていくというからなのだろうけれど、離れてしまった温かな手と『娘』という単語に心の中がひんやりとしてくるようだった。
「おじ様…。」
「ん?どうした?」
『娘』扱いしないで。一人の『女性』として見て。
言いたくても言えない言葉をグッと飲み込み、いつものように前かがみになって顔を覗き込んできたおじ様に笑顔を向けた。
「ううん、何でもないです。そうだ、どうして東京にいるんですか?」
たしか大阪府警で本部長をしていたはず…と思い出し、まだ東京にいられるならお父さんやお母さんとで食事でもできたら嬉しいのだけれど。淡い期待を胸に秘めながらも聞くと意外な言葉が返ってきた。
「…実は来月警視庁に戻ることになったんだ。昨日正式に辞令が下りてな、挨拶に来るついでに一緒に飯でも食おうかと小野瀬に連絡したら、鑑識に缶詰めになっているようで『時間があったら藍の試合を見に行ってやってくれ』って言うから。」
「…そうだったんですか。忙しいのにすみませんでした。お父さんったら、もう。」
「今日の予定はもう終わったからな、気にすんな。小野瀬も忙しそうだし、また誘うさ。」
「今日はもう予定は無いんですか?」
「あぁ。そうだが?」
「………あの。」
「なんだ?」
「…なら、こっちの小野瀬と食事に行きませんか?」
頬に熱が集まるのを感じながらも、自分を指さしながら意を決して言うと、おじ様の瞳が一瞬大きく見開かれた。
そして細められる碧色の瞳に心が締め付けられそうになる。
叶わない恋だとは分かっているけれど、今日だけは一緒にいて?
何度も星に願った小さな恋心を、胸に抱えた想いを悟られないようにギュッと手を握ると、おじ様がポンっと頭を撫でてくれた。
「…そうだな。アイツに振られた者同士で飯でも食うか。」
「……!ハイ!」
「でも、いいのか?あそこにいるのは藍の友達じゃないのか?」
おじ様が指をさした方には遠巻きに見つめるさやかがいた。戻ってこない私を心配してくれたのだろうけれど、正直それどころでは無くて必死で視線を送るとさやかが駆け寄ってきた。
「藍~!おめでとう!」
「さやか…。」
『お祝いしようね!』と言ってくれた言葉に救われたはずなのに、おじ様が来てくれたことで頭の中から吹き飛んでしまったさやかとの約束。
どう言いだそうか考えているといきなりさやかが目の前で手を合わせて謝り始めた。
「ごめん!お祝いをしたいんだけど、いきなりバイト先から『出てきてくれ~』って呼び出されちゃったんだ。明日必ず埋め合わせするから許して、ね?」
そう言いながら『パチンッ』とウインクしたさやかはいたずらっぽく笑った。
…バイトなんてしてないはずなのに。
「大丈夫だよ、また明日ね。」
『ありがとう』の意味も込めてぎゅっとさやかを抱き締めると、耳元で「明日尋問するからね」と小さな声で言われてしまった。その言葉の恐ろしさに背筋がゾクリとするものの、察しの良さに感謝するしかなかったのだ。
『じゃあね!』と明るく手を振って行ってしまったさやかを見送ると、静けさが戻る。なんとなくおじ様のほうを振り向けないでいると、そっと背中に手が添えられた。
「さぁ、行くか。」
初めて私にだけ向けられた言葉。
初めて過ごす二人だけの時間。
大人になった今日、私は階段を昇ることができるのかしら?
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