First Love *清香様からの頂き物
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大会を明後日に控えて否でも応でも緊張感は高まっていく。
どれだけ練習をしても何かが足りない気がして、意味もなく家の中をウロウロしているとお父さんが声をかけてきた。
「藍、どうしたの?」
珍しく早く帰ってこれてソファーでくつろぐお父さんに心配をかけたくはないけれど、柔らかな笑みに誘われて隣に滑りこむように座ると、優しく頭を撫でる手にささくれ立っていた心が丸くなるようだった。
お父さんの肩に寄りかかって目を閉じると小さな頃に戻ったようで、固まっていた心と身体が解れていくようで。
「…明後日が本番だから、緊張しちゃって。」
「藍、いつものようにやれば藍ならきっとできる。応援するよ。」
「お父さん…。ねぇ、試合見に来てくれる?」
「もちろん。お母さんと二人で行くよ。ちょうど誕生日だし、試合が終わったらみんなで夕食を食べよう。プレゼントは何がいいか考えておいて?」
「…うん、ありがとう。お父さん。」
「少しは落ち着いた?」
「うん、お父さんの声は心が落ち着くの。お母さんはドキドキするって言ってるけど。」
「おや、藍には効かないのかな?」
「えぇ、まったく。逆に安心して眠くなっちゃう。」
「うーん、残念。藍はガードが堅いなぁ。」
そう言いながらクスクス笑っていると、夕食の片づけを終えたお母さんが笑いながらやってきた。
「あら、仲良くて妬けちゃうわ。」
「大丈夫だよ、お父さんはお母さんのものだから。」
「えっ、俺は二人のもののつもりなんだけど?二人とも同じくらい愛してるよ?」
反対側に座ったお母さんの肩と私の肩を抱きながら『両手に花だね。』と笑うお父さんが大好きで、目が合ったお母さんとほほ笑む。
ささやかな幸せが力をくれるようで、私の背中を押してくれるようで、いつしか心の重りは解けるように無くなっていたのだった。
そして前夜。
いつものように練習を終えて家に帰ると、点いているはずの室内灯がすべて消えていて、誰もいなかった。お父さんが帰っていないのはいつものことだとしても、先に帰っているはずのお母さんもまだ帰っていないということは、明日の休みのために残業をしているのか………大きな事件が起きたのか。
携帯を何度見ても連絡は無く、一人で冷凍庫のカレーを温めて食べてお風呂に入って眠る。刑事の家に生まれてから幾度となく繰り返した一人ぼっちの夜。
同じ道を目指す者として事件を解決することが最優先事項だというのはわかってるけれど、やっぱり寂しくて、頭から布団を被って小さく丸まって眠りについた。
目が覚めたらいつものように徹夜明けだなんて微塵も感じさせないほど綺麗なほほ笑みでコーヒーを飲んでいるお父さんがいるのか、連絡ができなかったことを申し訳なさそうに話すお母さんがいるのか、とか思うけれど、そう旨くいく筈もなくって。
味気ない朝ごはんをどうにか胃に流し込んで、荷物を担いで一人家を出る。誰もいない家の中に『行ってきます。』と言うことにも慣れてしまった自分に苦笑いが漏れてしまった。
電車の中で今日初めて見た携帯の画面には多くのメールが来ていた。どれも友人からで、12時になってすぐに送ってくれたのであろう『お誕生日おめでとう』の文字が軽やかに画面上を踊っている。温かいメッセージのひとつひとつに返信をしながらも探すのは両親からのメールで。
「あっ、あった!」
『藍へ。
20歳のお誕生日おめでとう。
本当は直接言いたかったのに、帰れなくてごめん。今日はとにかく試合に集中して、自分を信じて。応援しています。
葵』
お母さんからは起きる少し前に留守電にメッセージが残されていた。
いつものように私の体を気遣う優しい声に、心が温かくなってきた。
同じ空の下でお父さんはお父さんの、お母さんはお母さんの、私は私のすべき事をする。
応援してくれている二人のためにも、これからの自分のためにも全力を尽くそうと『キュッ』っと手に力を入れて握りしめると、車窓から会場の日本武道館が見えてきた。
ここが私の立つべき場所だ。
『大人』への一歩を踏み出すよう電車から降りると、私は背筋を伸ばして会場へと向かったのだった。
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