悪魔は天使に二度恋をする。 *清香様からの頂き物
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警視庁を出ると大きな満月がまるで私を待っていたかのように夜空にぽっかりと浮かんでいた。
おじ様に気持ちを伝えた時には見えなかった月が、今は何かを伝えるかのように妖しく光っていて
課長に言われたように早く帰らなきゃと思うけれど、目が離せなくて。
何かに捕まったかのように身体を動かせないまま月を見上げていたら、いつのまにかスラっとした髪の長い若い男性が近づいて来ていた。
「こんばんは。」
人懐っこいその微笑に警戒していた気持ちが薄れてしまう。
「すみません。道をお聞きしたいんですけれど……。」
「は、はい。私でよければ。」
「国会図書館へは、どうやって行けばいいでしょう?」
「それなら、えっと……。」
こんな夜に開いてはいないんじゃないかとは思うけれど、困っている人を放っておくわけにもいかず、身ぶり手振りを交えて道を教えてあげた。
「ありがとうございました。」
「いえ。どうぞ、お気をつけて。」
「ところで、今、お一人ですか?」
「えっ?」
「もし、誰かに待ちぼうけをさせられているなら、僕と食事をしませんか?祖父の遺言でキレイなお嬢さんが一人でいたら、必ず誘うように言われてまして。」
「はい!?」
なんでそんな話になるのかと驚いていると、ふふっと軽やかに笑われる。
「可愛いね。驚いた顔がマルガレーテによく似てる。」
「えっ?」
今度はマルガレーテ?誰それ?といよいよ話についていけず戸惑っていると、後ろからグッと腕を掴まれた。
「小野瀬、どうしたんだ?こんなところでボーっとして。」
「課長!」
声をかけてきた課長に気を取られていると、目の前にいた筈の男はすでにいなくなっていた。
「立って寝てるのかと思ったぞ。大丈夫か?」
「あっ、…はい。大丈夫です。」
「そうか。ならいいが…。せっかくだ、一緒に飯でも食って帰らないか?」
「えっ?」
さっき声をかけてきた男性と同じようなことを言われたものの、目の前の課長は煙のように消えるわけでもなく笑顔を浮かべている。
(……さっきのは…幻?)
「嫌か?疲れているなら無理にとは言わないが…。」
「い、いや、そんなこと無いです。お供させていただきます。」
「そうか、なら良かった。行こうか。」
背中に添えられた手に促されるように歩き始めると、ふわりと馴染みのない香りが漂った。
(………マリンノート?)
唯一の手がかりだったその香りを嗅ぎながら空を見上げると、満月は薄雲に隠されていた。
まるで同じことだというように、私はさっき出会った男性の顔を段々と思い出せなくなっていたのだった。
課長と食事をしてから一週間が経ったとある日の午後。
いつものようにファイルに目を通していると、課長のデスクの電話が鳴り響く。
「あの電話が鳴る時は何かが起きた時だ。」
と他の人たちが言っているのを耳にした事があったため、そっと課長を見てみると公安部には似つかわしくないと言われていた笑顔は消え、眉間に皺が寄るくらい険しい顔をしていた。
「はい。その話は分かりましたが、何故うちの小野瀬なんですか?キャリアとはいえまだ新人と同じです。納得がいきません。」
なんでここで自分の名前が出るのかと驚いていると、深い溜息を吐きながら電話を切った課長に手招きされる。
「…なんでしょう?」
「ちょっと一緒に来てくれないか。厄介なことになった。」
「どこに行くんですか?」
「…公安部長の所だ。」
課長がそう言うと、様子をうかがっていた周りの人々の空気が変わった。
公安部長・石神警視監。キャリア組の中でも珍しく公安一筋で冷徹で任務に忠実な姿から『サイボーグ』と言われているあの部長が一体私のような小娘に何用なんだ。
言われるがまま課長の後ろをついていくと、ふいに目の前の背中が重厚な扉の前で立ち止まった。
「…行くぞ。」
「ハイ。」
深呼吸を一つして中に入ると、神経質そうな男性が豪奢な椅子に掛けていた。
背筋を伸ばして課長共々敬礼をして挨拶をするも、空気が和らぐことも無く居心地の悪さは増すばかりで。
「…小野瀬 藍。」
いきなり名前を呼ばれて何事かと思っていると。
「来月から警備部へ行ってもらう。今月中に抱えている案件は引き継ぎをしておけ。以上だ。」
「警備部ですか…?」
「そうだ。正式な辞令は来週には下りるはずだ。」
移動が多いのは覚悟をしていたが、せっかく外事に慣れてきたのに…と思っていると、ノックも無しにドアが大きな音を立てて開いた。
「…そんな説明じゃ伝わらないだろうが。これだからサイボーグって言われるんだよ。」
「ノックくらいしろ、穂積。」
懐かしい声。
ふわりと漂う香り。
入庁式で遠くから見つめていた紺色のスーツが、隣を通り過ぎていくのが信じられないくらい。
それでも、夢じゃなくって。
「久しぶりね、小野瀬。」
3年前のあの誕生日の夜以来、なんとなく理由をつけては会わないようにしていたのに、そんな事もまるで無かったのように微笑んでくれるおじ様が目の前にいた。
「穂積さん…。」
「いきなりで悪かったわね。でも、決定事項だから。来月海外から国賓が来る話は?」
話の展開の早さについていけず、思わず隣に立つ課長に目を向けると。
「今朝の会議で聞いております。トルキアから女王が来日される件ですね。」
「そう。そのトルキアの女王からのご指名よ。」
確かに午前の会議でそんな話があったと課長から聞かされていたし、外事課として中東・東欧地域に目を光らせていたから、『ヨーロッパの火薬庫』と呼ばれるバルカン半島でも独立を保っていられるくらい強大で最新鋭の軍事力を持つ国の女王が来日するとなれば忙しくなるとは思っていたけれど。
「ご指名って……、私がですか?」
なんで自分が選ばれるのか分からないでいると、おじ様はとてつもなく嫌そうに『昔のことだけど。』と前置きをしながらも話をしてくれた。
私が生まれる前に、おじ様が室長を務めていた『緊急特命捜査室』で当時はまだ王女だったニーナ女王を警護したという事。そして同じメンバーに今回再び警護を依頼してきたという事を。
「小野瀬の母親はトルキアの女王に気に入られてたからね…。ま、これも仕事よ。今回は本格的な警護は警視庁の警護課がメインになるけれど、警察庁が主導で警備計画を練るからしっかり勉強なさい。」
「警察庁が主導と言いますと…?」
「私が警備責任者になるのよ。しっかり働いてもらうから、そのつもりで。」
腕を組みながらニッコリと笑う姿は美しいのに、どこか恐ろしい、有無を言わせないような雰囲気が漂っていて『あぁ、これが桜田門の悪魔と言われる所以なんだ』と思わず納得をしてしまう。
いきなりの異動ではあるけれど、それでも永年夢見ていた『おじ様の下で働きたい』という願いがなう日がくるなんて。
「しかし今回の来日での警護だけなら異動までしなくとも、外事として警備計画に参加するのではいけないのでしょうか?」
思わぬ出来事に内心浮かれていると、隣に立つ課長が表情を崩さないまま言った。
完全なる縦社会の警察で、いくらキャリアとはいえ各部の頂点に立つ二人に意見するなんて…と驚いているとそれまで黙っていた石神警視監が口を開いた。
「小泉、公安は本来機密に包まれていて他部署と合同で捜査や業務を行うことは少ない。ましてや小野瀬はあの『桜田門の光源氏』の娘でキャリアだ。外事のまま参加するには目立ちすぎる。」
まぁ、公安としてはちょうどいいタイミングでの厄介払いなのかな、なんて自虐的に思っていると。
「これも仕事よ。組織の中では仕方のない事。…ま、危険な目には遭わせないようにする。」
小泉課長に向かって言った言葉の中に含まれたおじ様の優しさに心がトクンっと跳ねる。
「と言うことで、警備に挨拶に行く前にアイツ等と顔合わせだけするから、ちょっと借りるわよ。」
背中を押されて小泉課長と石神警視監を置いて室外に出ると、ポンっと頭を撫でられた。
「あんなサイボーグの言うことなんて気にすんじゃねぇ。親父は親父、お前はお前だ。どこへ行っても、与えられた自分の仕事をする。いいな?」
「…はい!」
「良い返事だ。よし、行くぞ。」
久しぶりに向けられた笑顔。
久しぶりに向けられた言葉。
あの頃と全く変わらない温かな手に、忘れられなかった3年分の想いが溢れだしそうになる。
それでも手をぎゅっと握って押しとどめて、また心の底に仕舞って。
悟られないように、気づかれないように
嬉しいけれど苦しい胸の痛みを抱いたまま
今はただあなたの背中を見つめていよう
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おじ様に気持ちを伝えた時には見えなかった月が、今は何かを伝えるかのように妖しく光っていて
課長に言われたように早く帰らなきゃと思うけれど、目が離せなくて。
何かに捕まったかのように身体を動かせないまま月を見上げていたら、いつのまにかスラっとした髪の長い若い男性が近づいて来ていた。
「こんばんは。」
人懐っこいその微笑に警戒していた気持ちが薄れてしまう。
「すみません。道をお聞きしたいんですけれど……。」
「は、はい。私でよければ。」
「国会図書館へは、どうやって行けばいいでしょう?」
「それなら、えっと……。」
こんな夜に開いてはいないんじゃないかとは思うけれど、困っている人を放っておくわけにもいかず、身ぶり手振りを交えて道を教えてあげた。
「ありがとうございました。」
「いえ。どうぞ、お気をつけて。」
「ところで、今、お一人ですか?」
「えっ?」
「もし、誰かに待ちぼうけをさせられているなら、僕と食事をしませんか?祖父の遺言でキレイなお嬢さんが一人でいたら、必ず誘うように言われてまして。」
「はい!?」
なんでそんな話になるのかと驚いていると、ふふっと軽やかに笑われる。
「可愛いね。驚いた顔がマルガレーテによく似てる。」
「えっ?」
今度はマルガレーテ?誰それ?といよいよ話についていけず戸惑っていると、後ろからグッと腕を掴まれた。
「小野瀬、どうしたんだ?こんなところでボーっとして。」
「課長!」
声をかけてきた課長に気を取られていると、目の前にいた筈の男はすでにいなくなっていた。
「立って寝てるのかと思ったぞ。大丈夫か?」
「あっ、…はい。大丈夫です。」
「そうか。ならいいが…。せっかくだ、一緒に飯でも食って帰らないか?」
「えっ?」
さっき声をかけてきた男性と同じようなことを言われたものの、目の前の課長は煙のように消えるわけでもなく笑顔を浮かべている。
(……さっきのは…幻?)
「嫌か?疲れているなら無理にとは言わないが…。」
「い、いや、そんなこと無いです。お供させていただきます。」
「そうか、なら良かった。行こうか。」
背中に添えられた手に促されるように歩き始めると、ふわりと馴染みのない香りが漂った。
(………マリンノート?)
唯一の手がかりだったその香りを嗅ぎながら空を見上げると、満月は薄雲に隠されていた。
まるで同じことだというように、私はさっき出会った男性の顔を段々と思い出せなくなっていたのだった。
課長と食事をしてから一週間が経ったとある日の午後。
いつものようにファイルに目を通していると、課長のデスクの電話が鳴り響く。
「あの電話が鳴る時は何かが起きた時だ。」
と他の人たちが言っているのを耳にした事があったため、そっと課長を見てみると公安部には似つかわしくないと言われていた笑顔は消え、眉間に皺が寄るくらい険しい顔をしていた。
「はい。その話は分かりましたが、何故うちの小野瀬なんですか?キャリアとはいえまだ新人と同じです。納得がいきません。」
なんでここで自分の名前が出るのかと驚いていると、深い溜息を吐きながら電話を切った課長に手招きされる。
「…なんでしょう?」
「ちょっと一緒に来てくれないか。厄介なことになった。」
「どこに行くんですか?」
「…公安部長の所だ。」
課長がそう言うと、様子をうかがっていた周りの人々の空気が変わった。
公安部長・石神警視監。キャリア組の中でも珍しく公安一筋で冷徹で任務に忠実な姿から『サイボーグ』と言われているあの部長が一体私のような小娘に何用なんだ。
言われるがまま課長の後ろをついていくと、ふいに目の前の背中が重厚な扉の前で立ち止まった。
「…行くぞ。」
「ハイ。」
深呼吸を一つして中に入ると、神経質そうな男性が豪奢な椅子に掛けていた。
背筋を伸ばして課長共々敬礼をして挨拶をするも、空気が和らぐことも無く居心地の悪さは増すばかりで。
「…小野瀬 藍。」
いきなり名前を呼ばれて何事かと思っていると。
「来月から警備部へ行ってもらう。今月中に抱えている案件は引き継ぎをしておけ。以上だ。」
「警備部ですか…?」
「そうだ。正式な辞令は来週には下りるはずだ。」
移動が多いのは覚悟をしていたが、せっかく外事に慣れてきたのに…と思っていると、ノックも無しにドアが大きな音を立てて開いた。
「…そんな説明じゃ伝わらないだろうが。これだからサイボーグって言われるんだよ。」
「ノックくらいしろ、穂積。」
懐かしい声。
ふわりと漂う香り。
入庁式で遠くから見つめていた紺色のスーツが、隣を通り過ぎていくのが信じられないくらい。
それでも、夢じゃなくって。
「久しぶりね、小野瀬。」
3年前のあの誕生日の夜以来、なんとなく理由をつけては会わないようにしていたのに、そんな事もまるで無かったのように微笑んでくれるおじ様が目の前にいた。
「穂積さん…。」
「いきなりで悪かったわね。でも、決定事項だから。来月海外から国賓が来る話は?」
話の展開の早さについていけず、思わず隣に立つ課長に目を向けると。
「今朝の会議で聞いております。トルキアから女王が来日される件ですね。」
「そう。そのトルキアの女王からのご指名よ。」
確かに午前の会議でそんな話があったと課長から聞かされていたし、外事課として中東・東欧地域に目を光らせていたから、『ヨーロッパの火薬庫』と呼ばれるバルカン半島でも独立を保っていられるくらい強大で最新鋭の軍事力を持つ国の女王が来日するとなれば忙しくなるとは思っていたけれど。
「ご指名って……、私がですか?」
なんで自分が選ばれるのか分からないでいると、おじ様はとてつもなく嫌そうに『昔のことだけど。』と前置きをしながらも話をしてくれた。
私が生まれる前に、おじ様が室長を務めていた『緊急特命捜査室』で当時はまだ王女だったニーナ女王を警護したという事。そして同じメンバーに今回再び警護を依頼してきたという事を。
「小野瀬の母親はトルキアの女王に気に入られてたからね…。ま、これも仕事よ。今回は本格的な警護は警視庁の警護課がメインになるけれど、警察庁が主導で警備計画を練るからしっかり勉強なさい。」
「警察庁が主導と言いますと…?」
「私が警備責任者になるのよ。しっかり働いてもらうから、そのつもりで。」
腕を組みながらニッコリと笑う姿は美しいのに、どこか恐ろしい、有無を言わせないような雰囲気が漂っていて『あぁ、これが桜田門の悪魔と言われる所以なんだ』と思わず納得をしてしまう。
いきなりの異動ではあるけれど、それでも永年夢見ていた『おじ様の下で働きたい』という願いがなう日がくるなんて。
「しかし今回の来日での警護だけなら異動までしなくとも、外事として警備計画に参加するのではいけないのでしょうか?」
思わぬ出来事に内心浮かれていると、隣に立つ課長が表情を崩さないまま言った。
完全なる縦社会の警察で、いくらキャリアとはいえ各部の頂点に立つ二人に意見するなんて…と驚いているとそれまで黙っていた石神警視監が口を開いた。
「小泉、公安は本来機密に包まれていて他部署と合同で捜査や業務を行うことは少ない。ましてや小野瀬はあの『桜田門の光源氏』の娘でキャリアだ。外事のまま参加するには目立ちすぎる。」
まぁ、公安としてはちょうどいいタイミングでの厄介払いなのかな、なんて自虐的に思っていると。
「これも仕事よ。組織の中では仕方のない事。…ま、危険な目には遭わせないようにする。」
小泉課長に向かって言った言葉の中に含まれたおじ様の優しさに心がトクンっと跳ねる。
「と言うことで、警備に挨拶に行く前にアイツ等と顔合わせだけするから、ちょっと借りるわよ。」
背中を押されて小泉課長と石神警視監を置いて室外に出ると、ポンっと頭を撫でられた。
「あんなサイボーグの言うことなんて気にすんじゃねぇ。親父は親父、お前はお前だ。どこへ行っても、与えられた自分の仕事をする。いいな?」
「…はい!」
「良い返事だ。よし、行くぞ。」
久しぶりに向けられた笑顔。
久しぶりに向けられた言葉。
あの頃と全く変わらない温かな手に、忘れられなかった3年分の想いが溢れだしそうになる。
それでも手をぎゅっと握って押しとどめて、また心の底に仕舞って。
悟られないように、気づかれないように
嬉しいけれど苦しい胸の痛みを抱いたまま
今はただあなたの背中を見つめていよう
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