花束
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~翼vision~
藤守
「しっかし暑いなー。やっぱ、衣替えにはまだ早かったやろか」
通学路での声かけ事案の情報を集めながら、パトロールを兼ねて住宅街を歩いている途中。
さっき脱いだジャケットを邪魔そうに抱えた藤守さんが、青いハンカチで首すじの汗を押さえる。
翼
「朝晩はかなり涼しくなったんですけどね」
藤守
「台風が近付いてるからかな」
湿度が高く、蒸し暑い。
藤守さんほどではないけれど、私も全身にじっとりと不快な汗をかいていた。
藤守
「お、学校や。あそこまで行ったら終いにしようや」
翼
「はい」
横断歩道を渡り、グラウンドを囲うフェンス沿いに歩いて行くと、門の近くで、スコップを持った男性が作業しているのが目に入った。
藤守
「こんにちは」
男性
「はい、こんにちは」
麦わら帽子を上げた男性の日に焼けた笑顔には、どこか見覚えが……。
翼
「あ、校長先生?」
男性
「はい。……ああ、刑事さんたちでしたか。巡回ありがとうございました」
今朝、挨拶をした時にはパリッとしたスーツを着ていた校長先生は、今はTシャツに作業ズボン。
土と埃にまみれて花壇を掘り返しているその姿は、とても同一人物とは思えないぐらい。
藤守
「その格好の方がお似合いですねえ」
翼
「藤守さん!」
思っていた事を藤守さんに口に出されて、私は慌てた。
藤守
「あっ」
藤守さんもすぐに自分の失言に気付いて、頭を下げる。
藤守
「すんません、失礼な事を言うて」
校長
「ははは、お構いなく。子供たちにもよく笑われるんですよ」
校長先生は鷹揚に笑ってから、視線を作業に戻した。
校長
「今まではポーチュラカを植えてあったんですけどね。これからの季節に合わせて、パンジーとビオラに植え替えようと思っているんです」
校長先生の指差す方を見れば、なるほど、たくさんの可愛らしい苗と並んで、引き抜かれたばかりのポーチュラカが、茶色い根を見せて山積みにされていた。
藤守
「見せてもろてええですか」
好奇心旺盛な藤守さんはすたすた歩いて近付いて行って、その中から、まだ、ピンクやマーブルの花の咲き残っていた枝を数本、摘んできた。
藤守
「へへへ、取ってきてもうた」
校長先生
「どうぞ、どうぞ。花も喜びますよ。後はもう廃棄するだけですから」
こうして私たちは校長先生と別れ、警視庁に戻ってきた。
ポーチュラカを活けようと給湯室で花瓶を探していると、明智さんに声を掛けられた。
明智
「花瓶なら、さっき小野瀬さんが持って行ったぞ」
翼
「小野瀬さんが?」
首を傾げながら捜査室に入ると、私の机の上に、花瓶に挿された一輪の赤いバラが飾られているのが見えた。
藤守
「さすが小野瀬さん。何やねん、このスマートさ!」
ペットボトルに挿して持ち帰ってきたポーチュラカを手にしたまま、藤守さんがしきりに感心している。
その声が聞こえたのか、どこからか小野瀬さんが現れた。
小野瀬
「藤守くんの期待を裏切って悪いけど、全然違うよ」
小野瀬さんは後ろから、私の肩に手を乗せた。
小野瀬
「ごめんね、櫻井さん。実はそれ、残り物なんだ」
翼
「残り物?」
小野瀬さんは頷いてから椅子を引いて、私を席に座らせてくれる。
小野瀬
「実は今日、一般向けに鑑識の仕事のデモンストレーションがあってね。その中で、係員が、バラを液体窒素に浸けて、一瞬で凍らせてみせた」
翼
「ああ、テレビの科学番組で見たことあります。そうか、このバラは、その実験で使った残りなんですね」
小野瀬
「そういう事。係員が『小野瀬さんに似合いそうだから』なんて言って、報告書と一緒に持って来たんだけど」
小野瀬さんはそう言いながら花瓶のバラを引き抜くと、改めて私に差し出してくれた。
小野瀬
「ほら、やっぱりきみの方が似合うよ」
ああ、こんな至近距離から笑顔の小野瀬さんにバラの花を捧げてもらうなんて、ファンクラブの女の子たちに見つかったら恨まれてしまいそう。
バラとポーチュラカを花瓶に挿し直していると、給湯室から明智さんが戻ってきた。
明智
「櫻井、これも一緒に挿してくれ」
明智さんがバラとポーチュラカの間に挿したのは、一本の黄色い金魚草。
翼
「わあ、可愛い」
明智
「お前にはこっちの方がいいか?」
そう言いながら、明智さんは、金魚草をはじめとした色とりどりの食用花が透明な正方形に閉じ込められた、まるで宝石箱のようなゼリーを私の前に置いてくれた。
翼
「すごく綺麗で美味しそう!」
明智
「甘さは控えめにしてみた」
藤守さんと小野瀬さんの前にも食用花のゼリーの載ったお皿を置きながら、明智さんは微笑んだ。
四人でおやつを食べていると、捜査室のドアが開いて、如月さんと小笠原さんが帰って来た。
如月
「あっ、やったー!今日のおやつはゼリーですね!」
小笠原
「フルーツよりカロリー低そうでいいかも」
二人の分のフラワーゼリーを取りに冷蔵庫に向かった明智さんと入れ替わるように、如月さんと小笠原さんが私の席の傍に来た。
如月
「翼ちゃん、ハイこれ!」
翼
「わあ、いい香りがすると思ったら、キンモクセイじゃないですか」
如月
「さっき、廊下を歩いてたら、ちょうど、知り合いの総務課の子が花瓶の水を替えててさ」
如月さんがくれたのは、20cmほどの長さのキンモクセイの枝。
如月
「いい匂いだから翼ちゃんにあげようと思って、ひと枝もらって来たんだ」
翼
「小さい花がたくさんついてて、見た目にも可愛いですよね」
私がキンモクセイを花瓶に挿すと、如月さんはご機嫌な様子で、明智さんのゼリーを食べ始めた。
小笠原
「……俺からは、これをあげる」
翼
「え、小笠原さんまで、私に花を?」
驚く私に、小笠原さんは、うん、と頷いて、濃い赤紫の、ちょっと変わった花を差し出してくれた。
小笠原
「トゲがあるから気を付けて」
翼
「本当に、茎にも葉にもすごいトゲですね」
小笠原
「ケサランパサランの花なんだ」
翼
「えっ?!」
小笠原さんは、ちょっと顔を赤くした。
小笠原
「厳密に言うと、アザミという植物だって事は知ってる。でも、室長が教えてくれたんだ。これの冠毛……いわゆる『種』が、謎の物体ケサランパサラン(植物系)なんだって」
翼
「はあ……」
小笠原
「都内某所の植え込みに自生しているのは把握していた。でも、今日、その場所が除草作業されてしまうという情報を得て、急いで一本確保してきたんだ」
翼
「……はあ」
小笠原
「とにかく、花はきみにあげるから、タネになったら俺にちょうだい」
小笠原さんの語る熱いロマンは、私には今ひとつピンと来ないけれど。
翼
「はい」
しっかり頷くと、小笠原さんも安心したように頷いて、ゼリーを食べ始める。
頭の中で謎のケサランパサランを想像しながら、私はアザミを花瓶に加えた。