冬の鉄道捜査線
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穂積室長と霞ヶ関駅 2
午後は藤守さんと聞き込みの為に外出をして、ほぼ定時に帰って来た。
藤守さんは、沈む気持ちを盛り上げようと変に明るく取り繕った私を怪しく思ったかもしれない。
けれど、何も聞かずに調子を合わせてくれたので、普段通りにしていられた。
いつも思うけれど、藤守さんのこういう優しさは、本当に有り難いと思う。
翼
「ただいま帰りました!」
努力して笑顔で帰って来たのに、捜査室に帰って来た時、室長はいなかった。
行動表には会議だと書かれていたので報告書は明日提出することにして、帰り支度をする。
ロッカーから荷物を取り出してプライベートの携帯を見ると、『穂積泪さん』から、メールが入っていた。
泪さんは普段、私からメールを送っても電話で掛け直してくるほどで、彼からメールが入るのは珍しい。
でも今は、その履歴が何よりも嬉しかった。
そっと開いてみると、『今日は悪かった』そして『家で待っててくれ』。
良かった。
もう怒ってないと分かった途端、膝から力が抜けそうになった。
私は藤守さんやみんなに挨拶して、急いで、泪さんの家に向かった。
掃除を済ませ、お風呂や夕食の支度をしていると、泪さんが帰って来た。
私が玄関で出迎えると、泪さんはそこでキスをしてくれるのが常だ。
けれど、今日は靴を脱ぐと、私を促して、ソファーに座らせる。
私が戸惑っていると、彼は並んで腰を下ろし、自分の脚に肘をつくようにして、隣から、私の顔を覗き込んだ。
穂積
「翼、今日は、すまなかった」
これには、私の方が恐縮してしまった。
翼
「私こそ、急に変な事を訊いて、ごめんなさい。もう、言わないから」
穂積
「……すまん」
翼
「ううん。いきなり、あんな事を訊かれても、泪さんだって、困るよね」
つっかえながら言うと、思いがけず、泪さんは、首を横に振った。
穂積
「いや、……返事は決まっている」
私が顔を向けると、泪さんは、静かに話を始めた。
穂積
「お前は、『もしも、今この瞬間に同じ事件が起きたら、室長はどうしますか?』と訊いたな」
翼
「はい」
穂積
「……あの場で事件が起きたら、俺は、お前を見捨てる」
泪さんの声は静かで、それは、彼の言葉が事実だということを、私に教えていた。
穂積
「同時に、俺も、命を捨てる」
翼
「……泪さん……」
穂積
「翼」
泪さんの温かい掌が、私の頬を包んだ。
穂積
「俺は、お前を愛してる。誰よりも、何よりもだ」
翼
「……」
私は無言で、その手に自分の手を重ねた。
穂積
「だが、目の前で事件が起きたら……俺は、俺や、お前の命を後回しにしてでも、警察官として動くだろう」
……ああ。
泪さんのもう一方の手が、私の肩を抱いた。
穂積
「俺は、命ある限りお前を守る。だが、守りきれないかもしれない。警官として人として、命をかける覚悟はある。だが、生きたい。生きて、お前と共にいたい」
翼
「泪さん」
穂積
「お前との別れを自ら選択しなければならない、そんな事は考えたくもない」
見上げると、泪さんは伏し目がちに、私を見つめた。
穂積
「……矛盾しているんだよ、俺は。それが、今日、お前の質問に答えられなかった理由だ」
翼
「泪さん……」
私は、泪さんに唇を重ねた。
泪さんが応えてくれる。
私たちはそのまま、一頻り抱き合っていた。
幸せとは、なんて脆いんだろう。
今、この腕の中にある愛する人の温もりが、一瞬後には永遠に失われてしまう事があるなんて。
何も悪い事をしていなくても、理不尽に全てを奪われる事が起こるだなんて。
だからこそ警察がある、と泪さんは言った。
穂積
「『地下鉄に劇薬』『空港にテロリスト』『国会でクーデター』『他国から武力介入』……そんな模擬訓練は、何十回もやっている」
穂積
「ありとあらゆる事態を想定し、取るべき行動を学び、突発的な事態にこそ力を発揮する。それが、俺たちに求められる能力だ」
けれど、それでも事件は起きる。
今回の霞が関を巡る連続犯罪でも、私は、たくさんの事を学んだ。
スリや脅迫、窃盗、傷害……そのまま社会の縮図のように、電車や駅では様々な事が起きていた。
誰もが、何事も無く、電車に乗れる毎日。
何事かが起きた時、動く誰かが自分である事。
泪さんの抱える矛盾は、そのまま、私にも当てはまる。
葛藤を抱えたまま、私たちはこれからも、この社会で事件を引き起こす、目に見えない何かと戦い続けなければならない。
誰かの為に、自分自身の為に。
私たちが、警察官である為に。
~穂積編 END~
~冬の鉄道捜査線 END~