冬の鉄道捜査線
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
小野瀬さんと東急東横線 2
霞ヶ関3番ホームから、日比谷線で中目黒へ。
小野瀬さんと私は、中目黒で東急東横線に乗り換えた。
少し混んでいたので、小野瀬さんは両手で吊革に、私は手摺に手を添えて立った。
平日の昼間、私服の小野瀬さんと一緒に電車に揺られてるなんて、何だか夢みたい。
目が合うと、微笑んでくれる。まるで、同じ気持ちだよ、と言われているようで、幸せ。
小野瀬
「翼、夕食は何が食べたい?」
翼
「小野瀬さんったら。まだ、お昼前ですよ」
小野瀬
「笑ったな。俺はもう、きみとの夕食の事で頭がいっぱいなのに」
小野瀬さんの指が、ちょん、と私の鼻先を押して離れた。
小野瀬
「それに、小野瀬さん、じゃないでしょ。あ、お、い」
翼
「葵」
小野瀬
「そ」
カタン、と電車が揺れた。
女性の声
「痴漢!」
すぐ近くで声がした。
翼
「え」
誰が悲鳴を上げたのかとキョロキョロする私の隣で、小野瀬さんが困惑した表情を浮かべていた。
視線の先にいるのは、春休みの高校生か、大学生ぐらいの女の子。
その子が赤い顔をして、小野瀬さんを睨み付けていた。
女の子
「この人、私の、胸を触ったんです!」
周りに言いふらすように顔を回してから、女の子が高い声を出した。
真っ赤な顔で涙ぐむ女の子に同情したのか、どこからか、「可哀想に」「捕まえろ」「警察に突き出せ」などと言う声も出始め、車内がざわつき始めた。
小野瀬さんは無言で女の子を見つめ返しているし、私はパニック寸前だ。
その時。
突然、私の下の方から、野太い声がした。
オカマさん
「ちょおっと待ったあ!」
私と小野瀬さんの立っているすぐそばの席から、迫力のある毛皮のコートを着た、大柄なオカマさんが立ち上がったのだ。
ぬっと現れた立ち姿は、縦も横もあの室長より大きい。
こ、こんな人、ここに居たっけ?
オカマさん
「アンタ!嘘泣きしてんじゃないわよ!」
真っ赤に爪を塗った太い指が突きつけられたのは、さっきの女の子。
オカマさんに睨まれて、ビックリしている。
オカマさん
「痴漢なんてされてないくせに!」
え?
女の子
「……嘘じゃ、ないもん……」
オカマさん
「しつこい!」
オカマさんはぴしゃりと言って、さっき女の子がそうしたように、車内をぐるりと見回した。
オカマさん
「いいこと?アタシは、一番近くで全部見てたのよ。そこのイケメンが、このチビと乗車してきた所からね!」
ぴっ、と指が私を示す。
ち……チビって言った……
オカマさん
「彼氏はずっと、両手で吊革に掴まってたわ。ちゃんと、冤罪対策してたのよ」
すると、小野瀬さんの近くの席からも、確かに両手で掴まってた、という声が、何人かから上がった。
オカマさん
「しかもこのイケメンときたら、ずーっとこのチビスケと見つめあっててさ。
『ねえ、夕食は何が食べたい?』
『やだもう、まだ、お昼前ですよ』
『笑ったな。俺はもう、きみとの夕食の事で頭がいっぱいなのに』
……なーんてやってたのよ!」
さっき交わしたばかりの恥ずかしい会話を大声で再現されて、顔から火が出そう。
オカマさん
「今、吊革から片手が外れてたのだって、
『名字じゃなくて、名前で呼・ん・で』
なんて言って、こっちの小娘の鼻をちょん、とつついてたからなのよ!」
うわあ、と呻いて、小野瀬さんが両手で顔を覆った。耳まで真っ赤だ。
オカマさん
「この子だって、ずっとイケメンと見つめあってたから、アタシみたいなのが目の前に座ってても気付きもしないのよ!」
ひゃああ!
オカマさん
「そーんなラブラブなバカップルの男が、背中側にいたアンタの乳なんか揉むわけないでしょ!どうせ、知らん顔のイケメンの気を引きたくて、『痴漢だ』って言い掛かりをつけたに決まってる!」
オカマさんが再び指を突き付けると、女の子の態度が一変した。
女の子
「フン、だったら何さ、ブース!」
言い捨てて、くるりと背を向けると、女の子は友達を引き連れて、隣の車輛へと行ってしまった。
こちらも「フン」と言って、オカマさんはどっかりと席に戻った。
騒動がおさまったと見たのか、他の乗客たちも、ホッとした様子で元に戻ってゆく。
翼
「あの、ありがとうございました」
私は、深々と頭を下げた。
小野瀬
「本当に、助かりました」
小野瀬さんも、並んで頭を下げる。
小野瀬さんのその姿に、オカマさんは満更でもない笑みを浮かべた。
オカマさん
「どおってこと、ないわ。アタシは本当の事を言っただけだから。アタシは次で降りるから、ここ座んなさいよ」
オカマさんは機敏な動きで立ち上がると、さっさと私を座らせた。
そして小野瀬さんも座らせるそのすれ違い様、オカマさんは、小野瀬さんのお尻を、さらっと撫でた。
電気に撃たれたように跳ねる小野瀬さんと、オカマさんの高笑い。
オカマさん
「じゃーねー」
停車してドアが開き、笑いながらホームへと降りてゆく大きな後ろ姿に、私と小野瀬さんはもう一度立ち上がって、改めて、頭を下げた。
翌日、小野瀬さんから痴漢騒ぎの顛末を報告された室長が大いにウケて、すぐさま捜査室のメンバーに一部始終を暴露したのは言うまでもない。
藤守さんや如月さんがノリノリで再現する『バカップルと正義のオカマ』の小芝居を見ながら、そして一緒になって笑いながら、私は考える。
今回は小野瀬さんが冤罪対策をしていた事と、オカマさんの助けがあった事で無事に済んだけど、もしもそれが無かったら、と思うと、ぞっとする。
今まで私は、痴漢という犯罪の怖さを、自分が触られるという面だけで考えていた。
けれど、全く無実であっても、痴漢に間違われ、時には仕立てあげられてしまうこともある。
今回の小野瀬さんのように。
立場が代わった時、私は、今、室長が演じているあのオカマさんのように、大きな声を上げる事が出来るかしら。
目が合って、私をじっと見た小野瀬さんが、想いを読んだように微笑んでくれる。
きっと、同じ事を考えているんだよね。
私は笑顔を返しながら、またひとつ増えた彼との思い出を、電車での教訓とともに、しっかりと噛みしめていた。
~小野瀬編 END~