冬の鉄道捜査線
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如月さんと有楽町線 2
出版社勤めの彼女の仕事はフレックスタイム制が導入されていて、彼女はいつも混雑を避けて電車に乗る。
傷害事件の起きた日も、電車の中から、怪我人が出て騒然とする駅の様子を見たという。
有楽町線では5件の傷害事件が起きているけど、彼女はそのうち2回に遭遇していた。
その2回とも、駅の人々の中に、長身で黒いスーツを着た女性がいたと言うのだ。
自分がたまたま遭遇したように、その女性もたまたま居合わせたのかもしれない。
けれど、黒いスーツがビジネスではなくフレアースカートのエレガントなデザインで、その女性が「きれいな横顔」を見せていた事で、印象に残ったのだという。
翼
「ありがとうございます。とても参考になりました」
乗客の女性
「いいえ、私も事件は怖いですから。こんな曖昧な記憶や些細な話でも、ちゃんと裏をとるんでしょう?刑事さんたちも大変ですね」
これには、如月さんも私も苦笑いだ。
如月
「何が事件解決に結び付くか分かりませんからね。それを調べるのが仕事です。ご協力、ありがとうございました」
出版社の女性と別れた後、私たちは一旦捜査室に戻り、小笠原さんに、今聞いたばかりの話の内容を伝えた。
小笠原さんは私たちの得た目撃証言を元にパソコンに向かうと、事件を録画した複数のカメラの映像から、すぐに、黒いスーツの女性の存在を割り出した。
そして、最新の認識システムを使って、あっという間に、無数の乗客の中から、彼女の行動だけをつぶさに拾い出してくれる。
小笠原
『驚いたな。確かに、5件とも、黒いスーツの女性が現場にいる』
証言の通り、瓜実顔できれいな人だった。
けれど、小笠原さんの示すパソコンの画面を後ろから覗き込んで見ているうちに、私と如月さんは、背筋が寒くなる思いがした。
解像度を上げてゆくと、黒い手袋をした中指の先に、銀色の刃先が見えたからだ。
如月
「手袋の中に仕込んでるんだ」
翼
「それに、ちょっと、笑ってる……」
小笠原
「非公開で緊急手配しよう。それと、増員を要請しておく」
お願いします、と言って、私と如月さんは再び、桜田門駅に戻った。
時刻は、帰宅ラッシュの終わる頃。
小笠原さんの手配で、十人ほどの刑事が増員され、各々要所を固める。
黒いスーツの女性が現れた、と、改札付近の刑事から連絡が入ったのは、およそ二十分後。
改札を抜け、通路に至った所で、私と如月さんにもその姿が見えた。
相変わらず、微笑みを浮かべて、滑るように歩いて来る。
映像で見た女性に間違いないが、刃物の所持を確かめなければ、手が出せない。
女性は私と如月さんの前をすり抜け、ホームへと向かった。
すると、電車が到着したのか、ホーム側から、人の波が溢れてきた。
女性はどちらにも避けず、人波の間を通り過ぎようとした。
その時。
通行人
「痛いっ!」
別の通行人
「あっ?!」
あちこちで、短い悲鳴が上がった。
人の波が崩れ、現場が騒然とする。
例の女性は周りの人々と同じように驚いた表情を浮かべ、同じように狼狽えている。
私の隣から、如月さんが飛び出した。
ホーム側からも、数人の刑事が駆け込んで来るのが見える。
刑事
「全員、その場を動かないで!」
刑事
「警察です!」
一同が、ざわめきながらも声に従う。
私は怪我をしているらしい人に駆け寄り、応急手当を始めた。
その間に、如月さんと刑事たちが、一般の人たちを遠ざけ、黒いスーツの女性との距離を詰めてゆく。
女性がヒステリックな声を上げて飛び掛かるのと、如月さんの背負い投げとが交錯した。
投げられると同時に体を引かれた女性は裏返しにされ、目にも止まらぬ速さで手錠をかけられていた。
なおも何か叫び続けるのを、刑事たちが引っ張って連行してゆく。
やがて、観衆からの拍手に包まれて、如月さんが立ち上がった。
その後の調べで、あの黒いスーツの女性は、数ヵ月前まで、地下鉄の運営会社に勤めていた事が分かった。
彼女は地下鉄の運転手とW不倫の関係になり、それが会社と両方の家庭に知れて刃物沙汰の修羅場を演じたため警察沙汰になってしまい、不倫は解消、職場も辞めざるをえなくなってしまったらしい。
そのため警察への逆恨みを募らせ、情緒不安定になって犯行に及んだということだ。
少し調べれば、彼女が事件を起こすタイミングは、その運転手の運転する電車が、桜田門駅を通過する時刻とシンクロしている事が分かったはずだった。
如月
「ふふふふん、ふふん、ふふふふん、ふふん……」
穂積
「桜田門、桜田門です。2番線は和光市行きです」
小野瀬
「ドアが閉まります、ご注意下さい。ドアが閉まります」
如月
「やったあ!」
昼休み、何の前触れもなく例の鼻歌を披露した如月さんに、室長と小野瀬さんが反応した。
如月さんは大喜びだ。
藤守
「何や、『地下鉄が好き』のメロディやったんか!」
明智
「有楽町線の発車サイン音だったとは」
小笠原
「音痴過ぎて分からなかった」
謎が解けて、藤守さんたちが笑う。
如月さんは膨れているが、ご機嫌は直ったよう。
地下鉄が好き、か。
あの黒いスーツの女性も、最初は、きっとそうだったはずなのに。
私は少し切ない気持ちになりながらも、笑顔を浮かべて、皆の元へ、食後のお茶を運んで行った。
~如月編 END~