冬の鉄道捜査線
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小笠原さんと丸ノ内線 2
広瀬さんが去ってからも、まだ、私たちの耳に装着した受信機に、駅務管区からの指示は入って来なかった。
翼
「……少し、歩いてみますか?」
小笠原
「……そうだね」
広瀬さんと会話してから、小笠原さんは何か考え込むように、少し、塞ぎがちになっていた。
翼
「ねえ、小笠原さん……」
何か話題を見つけて話し掛けようとした、その時。
私はホームの雑踏の中に見えた人物に、閃くものを感じた。
その人物は、記憶の中にファイルされている顔よりも、かなり痩せている。
けれど、私の脳裏で、警鐘が鳴り始めた。
咄嗟に、隣を歩く小笠原さんの腕を引く。
翼
「小笠原さん、前方の、グレーのパーカーの男性。去年、江東区で起きたひったくり事件で、手配されている人物じゃないですか?」
小笠原
「駅務管区、現在、ホームを撮影中の映像に、システムの反応は?」
小笠原さんは、私への返事よりも先に、小型マイクで担当者に応答を求めた。
担当者の声が、私たちの耳の受信機に返ってくる。
担当者
『システムに反応はありません』
小笠原
「じゃあ、『単独照合』をかけて。前方の、グレーのパーカーの男性。去年、江東区で起きた、ひったくり事件だ」
了解、の声の後で、間が空く。
私たちは、会話を犯人に気付かれないよう、距離を保って近付いた。雑踏の中で、見失わないように目で追い続ける。
担当者
『単独照合しましたが、システムに反応はありません』
小笠原さんが、困ったような顔で私を見た。
小笠原
「……合致しないみたいだ」
けれど、やり取りの間に、私は腹をくくっていた。
こういう時にどうすればいいか、私は室長に叩き込まれている。
小笠原さんにも、もちろん分かっているはずだ。
翼
「職務質問しましょう、小笠原さん」
小笠原
「……」
翼
「私、こんな時の為に、室長に手配犯の顔を覚えさせられてきたんじゃないですか?小笠原さんだって、常に新しい情報を集めてくれたじゃないですか。空振りでもいいじゃないですか!」
小笠原さんの目が、初めて、犯人の背に向けられた。
小笠原
「……分かった。俺が行く」
そう言って、小笠原さんが大きく一歩を踏み出してくれたのが嬉しくて、私は、涙ぐみそうになりながら、彼の後を追い掛けた。
小笠原さんが規則通りに呼び止めると、相手は職務質問に応じた。
ホームにいた他の捜査員も周りを固めてくれて、駅務管区に連れてゆく。
本人は黙秘したままだったけれど、改めて顔認識システムで照合にかけてみる。
するとやはり、雰囲気は変わっていたものの、目鼻の位置などが、手配写真の特徴と、ぴたりと合致した。
目の前で動かぬ証拠を突きつけられた犯人は、うなだれて、所轄の警察署に連行されて行った。
再び捜査に戻る中で、ずっと考え込んでいた小笠原さんが、不意に私の前に歩み出て、頭を下げた。
小笠原
「ごめん」
私は仰天してしまった。
翼
「な、何ですか?やめて下さい!」
小笠原
「俺が間違っていた」
小笠原さんが自分の事を『俺』と言う時は、仕事モードになっている時だ。
小笠原
「室長の言う通りだ」
翼
「小笠原さん……」
私は彼を促して、近くのベンチに座った。
小笠原
「システムに縛られて、現場で犯人を見逃がすところだった」
翼
「小笠原さん……」
小笠原
「システムは万能じゃない。あくまでも、人の目の補助でしかない。それを、俺は、もう少しで、その目に見えたものまで霞ませてしまうところだった。本末転倒だ」
翼
「……」
小笠原
「人は、機械の目には見えないものまで見る事が出来る。今日、君と、広瀬さんに教わったよ」
そう言って上げた小笠原さんの表情は、どこかスッキリしていて、なんだか、いつもより大人びて見えた。
小笠原
「さ、もう一回りしよう」
翼
「はい!」
微笑んで立ち上がる小笠原さんに、私も、元気な返事で応えた。
小笠原
「終わったら、広瀬さんの店に行こうよ。どれでも、好きなものを買ってあげる」
翼
「えっ?!」
二度目のビックリだ。
翼
「だだ駄目ですよ!超高級宝飾品店ですよ?」
小笠原
「宝飾品が超高級なのは当たり前じゃない?」
本当に意味が分からない、という風に首を傾げる小笠原さんに、庶民な私は苦笑い。
翼
「……小笠原さんには敵いません」
小笠原
「そう?僕は、また一段と、君を好きになったけど」
小笠原さんは笑って、ちゅ、と私の頬にキスをした。
~小笠原編 END~