冬の鉄道捜査線
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小笠原さんと丸ノ内線
~翼vision~
小笠原
「……はあ」
霞ヶ関駅のホームに立った時点で、小笠原さんの顔色はもう青ざめていた。
人混みと乗り物が苦手な小笠原さんにとって、駅のホームや電車内での捜査なんて、やりたくないに決まっている。
それでも室長が小笠原さんに臨場を命じたのは、今回の捜査が、開発中の顔認識システムの実験を兼ねているからだという。
小笠原さんは、このシステムのプログラム開発にあたっている技術者たちの中でも、中心的な働きをしている。
将来的に、新システムが捜査に導入されるようになれば、小笠原さんには、技術の維持はもちろん、精度の向上や、さらなる革新が求められるようになる。
それに加えて、吸い上げられる膨大な情報を処理したり、記録を管理するという重大な職責をも担う事になるのは必至だ。
だから、小笠原さんには、この手の技術者にありがちな、現場の声を聞かず、理屈ばかりを振り回すような、そんな頑迷な技術者にはなって欲しくない。
その為には、捜査員である現在のうちに、実際の捜査現場を一つでも多く体験しておくべきだと室長に諭されれば、さすがの小笠原さんも、黙って頷くしかなかった。
小笠原
「……はあ……」
小笠原さんが、もう何度目か分からない溜め息をつく。
翼
「元気出して、諒くん」
私はそっと、小笠原さんに囁いた。
翼
「銀座駅で、開発チームの人たちが、諒くんを待ってるよ」
顔を上げた小笠原さんに向かって小さく「ファイト」とポーズを作って見せれば、小笠原さんは微かに笑った。
小笠原
「分かってる」
私はホッとして、気持ちを仕事モードに切り換えた。
翼
「所轄とも連携の捜査ですし、頑張りましょうね」
小笠原
「うん」
徐々に、小笠原さんの表情が引き締まってゆく。
翼
「明智さんや藤守さんが、次々に犯人を捕まえてくれましたもんね。自供を元に、システムがうまく働けば、一気に捜査が進展するかも」
小笠原
「うん」
頷いてくれた小笠原さんの向こうに、電車が入ってくる。
私と小笠原さんは互いに笑顔で手を繋いで、電車に乗り込んだ。
銀座駅。
私たちが到着した時には、認識装置の設置は既に完了していた。
駅務管区の中で、スーツ姿の数人の男性が、モニターを見たり機材の位置を直したりしている。
歩み寄る小笠原さんの姿を見つけて、年配の男性たちが、きちんと立って挨拶してきた。
それだけでも、小笠原さんが一目置かれているのが分かる。
やっぱり凄いんだな。
さらに三十分ほど微調整をしてその場を任せ、私と小笠原さんは、ホームに出てみる事にした。
今日は、私たちの他にも、所轄から捜査員が四、五人、駅務管区からの指示でいつでも動けるよう、ホームや改札付近に待機しているはずだ。
小笠原
「銀座駅周辺では、置き引きが多発していたよね」
翼
「はい。車内でも発生していますが、ホームやタクシー乗り場でも被害が報告されています」
話をしながら、私たちはホームの端のベンチに座った。
そのまましばらく捜査の話などを続けていると、ふと、少し離れた場所から視線を感じた。
顔をそちらに向けた私に、視線の主である男性が、微笑みを浮かべて会釈した。
その人物に心当たりの無い私が戸惑っていると、私の変化に気付いた小笠原さんが、同じ方向に顔を向けた。
小笠原さんと目が合って、会釈した後、その男性は嬉しそうに近寄ってきた。
男性
「小笠原さま、ご無沙汰しております」
ニコニコ笑って話し掛けてきたのでビックリしたけれど、私よりも、小笠原さんはさらにビックリしたようだった。
小笠原
「誰、でしたっけ」
小笠原さんのつれない返事にも、男性は笑顔を絶やさなかった。
男性
「松嶋屋の外商をしておりました、広瀬でございます」
そう言って、低姿勢で差し出された男性の名刺には、ローマに本拠地を置く高級宝飾品ブランドの、銀座店の名前が印刷されていた。
広瀬
「松嶋屋を定年退職して以来、ここで働いております」
名前を見聞きしても、小笠原さんにはまだ、ぴんと来ない様子だ。
けれど、広瀬、と名乗ったその人の方は、まるで親戚の子供を見るように、懐かしそうに目を細めた。
広瀬
「お分かりにならないのも、無理はありません。わたしが小笠原家の御用伺いをしていたのは、もう、二十年以上前ですから」
二十年以上前、と聞いて、小笠原さんが困惑した顔になる。
広瀬さんは、そんな彼の態度にも、にこやかに頷いた。
広瀬
「その頃、諒さまはまだお小さくていらした。それに、わたしは間もなく異動になりましたから、親しくお話させて頂いた事はございません」
小笠原
「それきりなのに……よく、僕が分かりましたね」
広瀬
「仕事柄、とも言えますが、お顔立ちに、お父様やお母様の面影がありますよ。ですから、すぐに分かりました」
けれど、そこまで言うと、広瀬さんはいきなり、半歩下がって、頭を下げた。
広瀬
「懐かしさのあまり、突然お名前をお呼びしてしまい、申し訳ありませんでした。どうぞ、お元気で」
小笠原
「……広瀬さん、も、お元気で」
小笠原さんに名前で呼ばれて、広瀬さんは嬉しそうに笑い、去り際にもう一度、深々と頭を下げた。