冬の鉄道捜査線
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明智さんと日比谷線 2
女の子
「まーくん、久し振り!」
明智
「……はあ?」
女の子
「やだあ。モエの事忘れちゃった?先週、お店に来てくれたじゃん」
モエ、と名乗ったその子は、恨めしそうに明智さんを見上げた。
翼
「なっ……!」
何、この子。
まーくん? お店?
明智
「ひ、人違いだ。俺は……」
掴まれた腕をほどこうとしながら、明智さんは私とその子を交互に見た。
モエ
「嘘うそ。こんなにカッコイイまーくんを、モエが見間違えるわけないじゃーん」
……確かに。
彼女の言葉に納得すると同時に、自分の眉間に皺が寄るのが分かった。
モエ
「まーくん、いつも一緒に、オムレツに魔法かけてくれるよ?モエの歌も褒めてくれるし、モエ、まーくん大好き」
翼
「……明智さん……」
私は半歩、明智さんから離れた。
明智
「ごご、誤解だ!」
明智さんはますます焦り、モエちゃんはますます明智さんにくっつき、私はますます不機嫌になる。
モエちゃんの声が高いうえに大きいので、すっかり注目の的だ。
車内の人たちはみんな、くすくす笑いを隠しながら、「まーくんとモエちゃん」の成り行きをちらちら盗み見ている。
モエ
「いつもみたく、ほっぺにチューしてみたら思い出すかな?」
明智
「そんな事してないし!」
動揺のあまり明智さんの口調がおかしくなって、盗み聞きの皆さんが、噴き出すのを堪えた。
その時。
ずっと目の端に捉えていた、あの男が動いた。
自分の座席の前に立っていた女性のトートバッグから、長財布を抜き取ったのだ。
女性はこちらを向いて笑っていて、気付いていない。しかも、男性の方も、すぐに逃げたりはしない。
抜いた財布を裾からジャンパーの中に入れ、みんなと同じような表情をして、そのまま座っている。
私は、男性と被害女性を目の端に置いたまま、意識を元に戻した。
モエちゃんはまだ粘っていたけれど、そろそろこの騒ぎは切り上げてもらわないと。
翼
「明智さん」
私は、明智さんに自分のハンカチを手渡した。
これは、二人の間で予め決めてあった、犯人捕捉の合図だ。
たちまち、明智さんが真顔になった。
私は手と指で、素早く犯人と被害者の位置を明智さんに知らせる。
明智さんは頷きもしなかったけれど、伝わったのは足の爪先が触れ合った事で分かった。
次の駅が近付いてきた事を、アナウンスが告げる。
明智さんがゆっくりとモエちゃんから離れ、犯人と被害女性に声を掛けた。
明智
「恐れ入りますが、お二人とも、次の駅で降りて頂けますか?」
私の方は、きょとんとしているモエちゃんに微笑んだ。
翼
「あなたも、次の駅で降りて頂けますか?もう少し、お話を伺いたいので」
そっと警察手帳を見せると、モエちゃんは、大きな目をさらに見開いた。
モエ
「まーくんが刑事さんだったなんて、びっくりですー!」
駅の事務所の中で、モエちゃんは興奮ぎみに言った。
明智さんは、駅からの通報で駆け付けた警察署員に状況を説明して犯人を引き渡し、私とモエちゃんの方に戻ってきた。
被害女性はとても驚いていたけれど、すぐに被害届を出し、捜査協力を申し出てくれたそうだ。
この逮捕が、連続発生している事件の手掛かりになればいいのだけれど。
一方で、犯人とモエちゃんは互いに面識がなく、全くの無関係だと分かった。
もちろん、身元の確認は取らせてもらったけれど。
どうやら、彼女は本当に何も知らず、自分が囮の役目を果たしてしまった事にさえ、気付いていなかったようだ。
モエ
「ごめんなさーい」
モエちゃんはしゅんとした。
翼
「さっきのお話だと、モエちゃんは秋葉原のメイドさんなのよね?」
モエ
「うん」
翼
「本当に、明智さんはモエちゃんのお店に通ってるの?」
明智さんが反論しようと口を開きかけたけれど、それよりも、モエちゃんの方が早かった。
モエ
「うん。まーくん、いつもはキャップとか被って、伊達メガネかけて、マスクして、リュック背負ってお店に来るよね」
ん?
モエ
「でも、モエ、まーくんの目が好きだもん。すぐに分かったよ。こんなイケメンなら、顔、隠さないで来ればいいのに」
翼
「……まーくんて、いつも何時頃、お店に来るの?」
モエ
「平日の昼間。週に3回くらいだよね」
私がそろりと横目で見ると、明智さんは「ほら見ろ」という風に腕組みをして、私を睨んでいた。
翼
「……モエちゃん、残念だけど、やっぱり、人違いみたい」
モエ
「えっ?明智さん、まーくんじゃないの?」
いや、確かに『まーくん』だけど。……ややこしくなるから言わない。
翼
「明智さんは刑事だからね、平日の昼間は忙しいの。それに、怖ーい上司がいるから、サボってメイド喫茶に行ったりしないのよ」
明智さんが、うんうんと頷いている。
モエ
「そっか……ごめんなさい」
少し可哀想だけど、仕方ない。
私たちは聴取を終え、再び電車に乗って出勤するモエちゃんを、ホームで見送った。
電車の窓越しに、モエちゃんが私たちに手を振ってくれる。
モエ
「明智さんも一度、お店に来てね!」
そんなセリフとともに元気な笑顔を見せて、モエちゃんを乗せた電車は去って行った。
翼
「……行っちゃった……」
明智
「あー、ごほん!」
背後で、明智さんの咳払い。
恐る恐る振り返ると、明智さんが私を睨んでいた。
……怒ってる?
……怒ってるよね。
翼
「ごめんなさいっ!」
私は、勢いよく頭を下げた。
翼
「明智さんは、メイド喫茶でデレデレしたりしない、です、よね……」
そろそろと頭を上げると、明智さんはそっぽを向いた。
明智
「それは分からんぞ。俺なんかムッツリだしな。彼女に疑われて凹んで、つい、メイドに救いを求めたりするかも知れないしな」
うう、やっぱり怒ってる。
横を向いたままの明智さんに、私はそっと擦り寄る。
駅のホームだから、抱きつくわけにもいかないし。
明智
「ああ、モエちゃんのまーくんが羨ましい。離れていても、あんなに慕ってもらえて。俺なんて、隣にいても信じてもらえないのに」
ぐぐぐ。
明智
「そろそろ電車が来るぞ、櫻井。お前、一人でも霞ケ関まで帰れるよな?俺、秋葉原で降りるから」
翼
「そんなの嫌です!」
私はびっくりして、泣きそうになってしまった。
翼
「お願いですから、他の女の子に『まーくん』なんて呼ばせないで!」
すると、ようやく、明智さんが振り向いてくれた。
微笑みを浮かべて。
明智
「俺をそう呼んでいいのは、翼だけだよ」
…………あ。
明智
「今日は、お手柄だったな。俺の言った事を忘れずに実行してくれて、嬉しかったぞ」
……あ。
翼
「もう怒ってない?」
明智
「最初のごめんなさいで、もう、許してる」
笑顔で私の頭を撫でてくれる大きな手は、いつもの温もり。
翼
「ありがとう、まーくん」
電車がホームに滑り込んだ瞬間、明智さんは私の額にキスをした。
彼らしからぬ大胆な行動に、飛び上がりそうなほどびっくりしたけど。
大勢の乗降客は動く電車に気を取られていて、誰も、最後尾にいる私たちの一瞬のキスになんか気付かない。
ドキドキの止まらない胸を押さえて立ち尽くしていると、明智さんが手を握ってくれた。
明智
「さ、帰ろう」
翼
「はい」
答えながら、私は、明智さんと繋いだ手を、きゅっと握り締めた。
伝えきれない、たくさんの想いを込めて。
~明智編END~
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