冬の鉄道捜査線
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明智さんと日比谷線
~翼vision~
私が捜査を開始したのは、日比谷線からだった。
今日、組んでくれるのは明智さん。
霞ケ関の駅で電車を待ちながら、隣に立つ明智さんが声を掛けてきた。
明智
「一旦、北千住に向かって乗ってみるか。今日は時間帯を変えながら、何往復かする事になると思うが」
翼
「はい。よろしくお願いします」
私たちは結婚を前提にお付き合いしているけれど、仕事中は今まで通り敬語を使う。
でも、電車を待ってホームに立つ明智さんは他の乗客より背が高くて誰よりも男前で、私はちょっと胸を張りたくなる。
シルバーの車体が近付くと、彼はそっと私の肩に手を添えた。
同じように到着を待っていた人たちの波が動いて、押されそうになったからだ。
明智さんはいつも、こんな風にさりげなく私を守ってくれる。
顔を見上げて「ありがとう」と唇を動かしてみたけど、明智さんの顔はもう前を向いていた。
だから、電車の扉が開いて歩き出す時を見計らって、私は、彼の手をぎゅっと握った。
明智さんは驚いたようだったけど、すぐにその手を繋ぎ直して、逆に、大きな手で私の手を包んでくれた。
温もりと幸せを感じながら、指を絡める。
電車に乗ってからも離れ難くてそのままにしていたら、明智さんが、私の顔を覗き込んできた。
明智
「大丈夫か?」
翼
「え?」
明智
「怖いのか?」
意外な言葉に私はきょとんとし、それからすぐにハッとした。
地下鉄サリン事件の時、この日比谷線の神谷町駅、霞ケ関駅、築地駅などが、営団地下鉄の路線としては最も被害が大きかった。
明智さんは、私が、それを思い出して不安を感じていると思ったのだろうか。
真面目な彼に申し訳ないと思いながらも、私を心配してくれる明智さんの気遣いが嬉しい。
翼
「ううん、大丈夫です。明智さんがいてくれるもの」
明智
「……そ、そうか」
顔を戻す明智さんの頬が、心なしか赤い。
けれど私の手を握る彼の手は優しく、頼もしい。
室長が、この路線を明智さんに任せた理由が分かった気がした。
明智
「ひ、日比谷線で発生しているのは、スリや置き引きだな」
じっと見つめていると、明智さんは、片手で手帳を開いた。
翼
「はい」
照れ隠しなのか、慌ただしく仕事モードに入ろうとする姿を見て、私も明智さんと繋いでいた手を離し、吊革に掴まった。
翼
「乗降客に観光客が多いように思えますね」
仕事の口調で応えると、明智さんは頷いた。
明智
「みなとみらいや秋葉原に向かう路線とも接続しているからな。最近は、伊勢崎線に乗り換えてスカイツリーを目指す客も多い」
通勤などで日常的に利用している乗客がいれば、何か情報を得られるかも知れないのだけれど……。
そのつもりで、さりげなく辺りを見渡してみる。
ほとんど満席の車内にいる乗客たちは、年齢も性別も、乗車目的もばらばら。
過去に犯罪の発生した時刻に合わせて車輌を移動してみたりもしたけれど、特に変わった事は無く、そのまま、電車は北千住駅に到着した。
復路の電車を待つ間、私と明智さんはホームを歩いてみた。
相変わらず人は多いけど、不審なものは見当たらない。
安堵しながらも、引き続き辺りに目を配って歩いていると、不意に、明智さんが私を見た。
明智
「櫻井は、スリや置き引きの瞬間を、実際に目にした事があるか?」
翼
「いいえ。研修の映像では、見た事がありますけど」
そうか、と、明智さんが頷いた。
明智
「俺は二度、現場を見た事がある。どちらも、周辺の人間が他の事に気を取られた、その一瞬の出来事だった」
私は明智さんを見上げた。
翼
「それは、犯人がそう仕向けたんですか?」
明智
「一度はそうだった。走行中の車内で、空き瓶を落として転がし、音を立てる。そんな些細な出来事で充分なんだ」
私は、状況を想像してみた。
確かに、電車に乗っている間じゅう、手荷物に意識を集中しているわけじゃない。
変な音がしたり、足元に空き瓶が転がってきたりしたら、当然、そちらに気を取られるだろう。
そして、たとえ数秒でも、その間、荷物への注意はおろそかになる。
明智
「だからな、もしも車内で何かトラブルが起きたら、周辺の動きにも注意が必要だぞ」
なるほど。
翼
「はい。勉強になります」
私が応えると、明智さんは私の頭をぽんぽんと撫でてくれた。
簡単な昼食を済ませて乗り込んだ、昼下がりの電車。
車輌の中の乗客は、もちろん全員が入れ替わっている。
私は午前中と同じように注意を払いながら、明智さんの隣で吊革に掴まっていた。
次の駅が近付いて、車内にアナウンスが流れる。
次は、六本木駅……
その時、私は、何となく違和感を感じた。
減速してゆく電車の中で、そっと、視線だけを動かす。
私たちの乗っている車輌の端の席に、中年の男性が座っていた。
……あの人、午前中の電車にも乗っていた。
今は昼過ぎだから、時間的にはおかしくない。
けれど、さっきも、北千住方面への電車に乗っていた。
しかも、別の車輌の席に。
翼
「……明智さん」
私は、明智さんに報告しようとして、小声で囁いた。
明智さんが振り向きかけた、その時。
電車が駅に到着し、新しい乗客が大勢乗り込んで来た。
すると、突然。
女の子
「まーくん!」
今の駅の乗客の中から一人、若い女の子がニコニコと近付いてきた。
女の子
「やっぱりまーくんだ!」
メイド服のような衣装にカーディガンの美少女は、私の反対側から、勢いよく明智さんに抱きついた。