秋の警視庁大運動会
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穂積室長と部署対抗リレー
大盛り上がりの借り物競走の後は、コンピュータを使っての、犯人特定の実技だ。
今日は、ひき逃げの犯人と車両を特定するという設定。
小笠原さん、細野さん、太田さんが、それぞれのパソコンが置かれた机の前に座った。
そして、借り物競走を終えた小野瀬さんが、そこに加わる。
もっとも、実際の捜査では、鑑識や分析は、取り調べの前に行われている作業だ。
だから、取り調べ室は、設定を分かりやすくするための演出らしい。
ひき逃げの容疑者が、取り調べ官に対して、のらりくらりと言い逃れをしている。
翼
「小笠原さん、落ち着いてます」
私は、泪さんを見下ろした。
泪さんは、据え付けの椅子と椅子の間のコンクリートの上にタオルを敷いて、そこに横になっている。
私は段差に腰掛けて、彼に膝枕。涼しい風がそよそよしていて、気持ちいい。
泪さんが、うっすらと片目を開けた。
穂積
「小笠原はあれで神経太いし、情報処理にかけては天才よ。小野瀬もついているし、何も心配無いわ」
翼
「そうですね」
穂積
「それよりアンタ、重くない?」
泪さんが、遠慮がちに頭を動かす。
翼
「大丈夫ですから、少し眠って下さい。また忙しくなりますよ」
穂積
「……ありがとう」
そう言うと、泪さんはまた目を閉じた。
昼休みの逮捕術から、走り詰めだったもんね。
今だけはゆっくり休んで。
気持ちを込めてさらさらの髪を撫でると、泪さんは微かに笑みを浮かべた。
取り調べが進むにつれて、小笠原さんたちのパソコンと連動した大型モニターには、三方向から打ち込まれる様々なデータが表示されていく。
現場の痕跡や、採取された破片、塗装のカケラなど、現場の鑑識が這うようにして集めた物的証拠の照合を、太田さんが。
現場周辺の経路に設置されたカメラの映像や、事故車両が運び込まれた可能性のある修理工場への聞き込みなど、状況証拠を細野さんが。
そして、それらに論理的な分析を加えた上で小笠原さんが仮説を立て、それを証拠と付き合わせていく最終的な事故の論証を、小野瀬さんが行った。
当初はあちこちに矛盾や記憶の欠損があった犯人だったけど、3人からの証拠提示や小野瀬さんの論証を受けて、最後は全面的に、事実と自分の非を認めた。
小野瀬
『以上、証明終わり』
小野瀬さんの宣言は、満場の拍手を浴びて響き渡った。
小笠原
「ねえ、聞いてた?」
しゃがんで頬をつついた小笠原さんに、泪さんはくすぐったそうに身をよじってから、目を開いた。
穂積
「聞いてたわよ」
小笠原
「嘘だ」
穂積
「本当よ。おかげで、いい夢を見たわ」
小野瀬
「それは、櫻井さんの膝枕のせいでしょ」
小笠原
「そうだよ。寝てたくせに」
穂積
「本当だってば。車体の痕跡から証言の矛盾を突いた所なんて、惚れ惚れしたわねえ」
私はビックリした。本当に聞いてたんだ。
小笠原
「……そう?」
泪さんは笑って上体を起こし、傍らで唇を尖らせていた小笠原さんに、タックルするように抱きついた。
穂積
「頑張った子には、チューしてあげるー」
小笠原
「やめろー」
2人がじゃれ合うのを見て、私はふと、そう言えば、泪さんからのキスの約束がまだだったな、と思い出した。
忘れてるのかな。そんな事ないよね。思い切って、今日は、私からしてあげちゃおうかな。頑張ったねって。そしたら喜んでくれるかな。
運動会が終わったら。
穂積
「櫻井」
翼
「は、はははいっ?!」
妄想から引き戻されて泪さんを見ると、彼は笑っていた。
穂積
「アンタ、さっきから、同じタオルを広げたり畳んだりしてる」
翼
「ええっ?あっ……」
本当だ。
うう、恥ずかしい。
しかも、前にもこんな事があったような気がする。
泪さんはクスクス笑いながら立ち上がり、ふと、会場を見下ろした。
フィールドでは、部署対抗の綱引きが行われている。
穂積
「……」
?……どうしたのかな。
私の視線に気付いて、泪さんが、ふ、と笑った。
穂積
「ワタシの実家の方では、旧暦の8月15日に、綱引きをするのよ。それを、ちょっと、思い出しただけ」
翼
「珍しい行事ですね」
小笠原
「そういうのは大抵、元々が神事である事が多いよね」
穂積
「さすが小笠原。そうよ。小中学生までの子供が、カヤとかワラって草を集めて、直径30cm、長さ30~50mくらいの綱を編んで、それを引いて歩くの」
想像してみて、私はそれが意外と大規模な綱だと驚く。
翼
「そんな綱を、引き合うんですか?」
穂積
「そう」
目を細めて綱引きを見る泪さんの表情は、けれど、子供の頃の楽しい思い出を語る顔ではない。
むしろ、悲しそう。……そういえば、泪さんって、子供の頃の話をほとんどしないな。
翼
「来年は出ましょうか、綱引き」
穂積
「え?」
翼
「私、室長と、綱引きの思い出を作りたいです」
泪さんは私を見つめて数回瞬きをして、それから、ちょっと泣きそうな顔で笑った。
穂積
「……アンタには、敵わない」
翼
「?」
泪さんが、私の髪をくしゃくしゃと掻き回した。
午後は、部署対抗の団体戦が多いのが特徴。
昼休みの逮捕術で溜飲を下げたのか、泪さんは『打倒刑事部』を口にしなくなっていた。
けれど、今まで5位や6位に甘んじてきた生活安全部にとって、優勝争いに加わるなど、前代未聞の事態らしい。
部員たちは自ら『目指せ優勝』というスローガンを打ち出し、改めて、新参者の私たちに協力を求めてきた。
鑑識と捜査室が加わった今年こそ、初優勝のチャンスだと言うのだ。
泪さんも小野瀬さんも、この提案を喜んで受け入れたのは言うまでもない。
刑事部から弾き出された私たちは、ついに安住の地を得たのだった(大袈裟かな)。
一致団結した生活安全部は、それからも高い順位をキープし続けた。
如月さんは200m走も制覇し、コスプレ走と合わせて、三つ目の金メダルを手に入れ。
私はといえば、小野瀬さんの宣言通り二人三脚で走ってファンから嫉妬されたり、
目隠しして、泪さんに二人羽織でおソバを食べさせてもらってファンから嫉妬されたりしながら、コツコツ得点を稼ぎ。
小笠原さんは大玉転がしで奮闘し、藤守さんは棒倒しで大活躍し、明智さんは玉入れで神業を発揮し、この3種目で、生活安全部に勝利をもたらした。
こうして、近年まれに見る接戦の結果、三つ巴の戦いの決着は、とうとう、最終種目の、部署対抗リレーまで持ち越されてしまった。
大歓声の中、選手団が入場して来た。
トラックの左右に分かれ、それぞれの選手が準備を始める。
観客席から見つめているだけなのに、私は心臓が爆発しそうだった。
柔軟を終えた泪さんが立ち上がり、今日初めて、黒いウェアを脱いだ。
現れた筋肉質の身体には、濃紺のランニングと、黒い細身のハーフパンツ。
黒いスポーツシューズまですらりと伸びた脚が、長い。
いつもは小野瀬さんファンに押され気味の泪さんファンも、これには大興奮だ。
普段、きっちりスリーピースだから、肌を見る機会なんか無いもんね。
彼氏がモテるのはちょっと鼻が高いけれど、こうモテ過ぎるのも複雑。
でも、今は、やきもちなんか後回し。
怪我をしないで帰って来て、お願い。
最前列にしがみついた私の隣に、小野瀬さんが座った。
小野瀬
「細野」
細野
「はい、御大。生活安全部は、現在2位です。最終リレーは得点が高いので、2位以上なら優勝です」
小野瀬
「そう、ありがと」
……細野さんて、元々がこういう人なのかな。
細野さんを見送る私に、小野瀬さんが微笑んだ。
小野瀬
「どうしたの?……もしかして、穂積が細野を脅して、言う事をきかせてると思ってた?」
うわあ、バレてる。
すると、反対側から、明智さんや藤守さんの会話が聞こえて来た。
藤守
「……せやけど、アンカーやから400mでしょ?」
如月
「俺も、200までなら自信ありますけど。中距離はなあ」
小笠原
「如月、400は短距離走だよ」
如月
「ウッソだあ。……マジですか?」
藤守
「陸上競技としてはそうや。400mは『人間がスプリントで走りきる事が出来る最長の距離』言われてんねん」
翼
「……」
小野瀬
「藤守くんは元陸上部だから、よく分かってるみたいだね」
私の胸は苦しくなるばかり。
その時。
タァン。
リレーがスタートした。
如月
「俺、室長が競技場で走るの、初めて見るかも」
明智
「去年、出てないからな」
全員、顔はトラックを向いたまま、話を続ける。
藤守
「その前は、二人三脚とか大玉転がしとかに出てましたよ。コスプレ走も見た事あります」
小野瀬
「下っ端の頃は、毎年走らされてたよ。明智くんは知ってるよね」
明智
「はい」
小笠原
「室長は速いよ」
藤守
「何でお前が知ってんねん」
小笠原
「さっき、如月がタイ記録出したじゃない」
翼
「えっ?!」
小笠原
「あれ、室長の記録だよ。ちなみに、200の記録はまだ破られてない」
全員
「……」
小野瀬
「まあ、穂積はモチベーションに波があるからね。あの年は、同期に足の速い嫌味な奴がいて、やたらと穂積を挑発したんだよ」
翼
「今、その人は?」
小野瀬
「辞めちゃったよ。組織に馴染めないタイプだったね。……だから、穂積は、それ以来、本気で走ってない」
リレーは中盤、第4走者から第5走者へ。男女混合チームなので、今度は女性。
ところが、生活安全部の女性にバトンが渡った時、アクシデントが起きた。
直後に来た警備のランナーと交錯して、青いゼッケンの女性が、つんのめるように倒れたのだ。
幸いすぐに立ち上がって走り出したものの、転んだ時に下についた手と、足を傷めたのがすぐに分かった。
膝からは、滴るほどに血が出ている。
彼女は頑張って走ったけれど、2位の警備と、およそ四分の一周、差がついてしまった。
6走……7走……なかなか、その差は埋まらない。
泪さんは軽く足踏みをしながら、7走の女性を待っていた。
その傍らを、1位の刑事部、2位の警備部のアンカーが、バトンを受けて走り去ってゆく。
泪さんがトラックに出ると、突然、警備と刑事の応援席からも歓声が上がった。
それは、応援の声。
みんなが、泪さんの名前を呼んでいる。
小野瀬
「分かってるね、みんな」
泪さんにバトンが渡ると、その声はさらに大きくなった。
明智さんや如月さんが叫んだ。
藤守さんも、小笠原さんまで叫んでいる。
小野瀬さんも、私も叫ぶ。
ゴールの瞬間は轟音のような歓声で、何も聴こえなくなった。
大盛り上がりの借り物競走の後は、コンピュータを使っての、犯人特定の実技だ。
今日は、ひき逃げの犯人と車両を特定するという設定。
小笠原さん、細野さん、太田さんが、それぞれのパソコンが置かれた机の前に座った。
そして、借り物競走を終えた小野瀬さんが、そこに加わる。
もっとも、実際の捜査では、鑑識や分析は、取り調べの前に行われている作業だ。
だから、取り調べ室は、設定を分かりやすくするための演出らしい。
ひき逃げの容疑者が、取り調べ官に対して、のらりくらりと言い逃れをしている。
翼
「小笠原さん、落ち着いてます」
私は、泪さんを見下ろした。
泪さんは、据え付けの椅子と椅子の間のコンクリートの上にタオルを敷いて、そこに横になっている。
私は段差に腰掛けて、彼に膝枕。涼しい風がそよそよしていて、気持ちいい。
泪さんが、うっすらと片目を開けた。
穂積
「小笠原はあれで神経太いし、情報処理にかけては天才よ。小野瀬もついているし、何も心配無いわ」
翼
「そうですね」
穂積
「それよりアンタ、重くない?」
泪さんが、遠慮がちに頭を動かす。
翼
「大丈夫ですから、少し眠って下さい。また忙しくなりますよ」
穂積
「……ありがとう」
そう言うと、泪さんはまた目を閉じた。
昼休みの逮捕術から、走り詰めだったもんね。
今だけはゆっくり休んで。
気持ちを込めてさらさらの髪を撫でると、泪さんは微かに笑みを浮かべた。
取り調べが進むにつれて、小笠原さんたちのパソコンと連動した大型モニターには、三方向から打ち込まれる様々なデータが表示されていく。
現場の痕跡や、採取された破片、塗装のカケラなど、現場の鑑識が這うようにして集めた物的証拠の照合を、太田さんが。
現場周辺の経路に設置されたカメラの映像や、事故車両が運び込まれた可能性のある修理工場への聞き込みなど、状況証拠を細野さんが。
そして、それらに論理的な分析を加えた上で小笠原さんが仮説を立て、それを証拠と付き合わせていく最終的な事故の論証を、小野瀬さんが行った。
当初はあちこちに矛盾や記憶の欠損があった犯人だったけど、3人からの証拠提示や小野瀬さんの論証を受けて、最後は全面的に、事実と自分の非を認めた。
小野瀬
『以上、証明終わり』
小野瀬さんの宣言は、満場の拍手を浴びて響き渡った。
小笠原
「ねえ、聞いてた?」
しゃがんで頬をつついた小笠原さんに、泪さんはくすぐったそうに身をよじってから、目を開いた。
穂積
「聞いてたわよ」
小笠原
「嘘だ」
穂積
「本当よ。おかげで、いい夢を見たわ」
小野瀬
「それは、櫻井さんの膝枕のせいでしょ」
小笠原
「そうだよ。寝てたくせに」
穂積
「本当だってば。車体の痕跡から証言の矛盾を突いた所なんて、惚れ惚れしたわねえ」
私はビックリした。本当に聞いてたんだ。
小笠原
「……そう?」
泪さんは笑って上体を起こし、傍らで唇を尖らせていた小笠原さんに、タックルするように抱きついた。
穂積
「頑張った子には、チューしてあげるー」
小笠原
「やめろー」
2人がじゃれ合うのを見て、私はふと、そう言えば、泪さんからのキスの約束がまだだったな、と思い出した。
忘れてるのかな。そんな事ないよね。思い切って、今日は、私からしてあげちゃおうかな。頑張ったねって。そしたら喜んでくれるかな。
運動会が終わったら。
穂積
「櫻井」
翼
「は、はははいっ?!」
妄想から引き戻されて泪さんを見ると、彼は笑っていた。
穂積
「アンタ、さっきから、同じタオルを広げたり畳んだりしてる」
翼
「ええっ?あっ……」
本当だ。
うう、恥ずかしい。
しかも、前にもこんな事があったような気がする。
泪さんはクスクス笑いながら立ち上がり、ふと、会場を見下ろした。
フィールドでは、部署対抗の綱引きが行われている。
穂積
「……」
?……どうしたのかな。
私の視線に気付いて、泪さんが、ふ、と笑った。
穂積
「ワタシの実家の方では、旧暦の8月15日に、綱引きをするのよ。それを、ちょっと、思い出しただけ」
翼
「珍しい行事ですね」
小笠原
「そういうのは大抵、元々が神事である事が多いよね」
穂積
「さすが小笠原。そうよ。小中学生までの子供が、カヤとかワラって草を集めて、直径30cm、長さ30~50mくらいの綱を編んで、それを引いて歩くの」
想像してみて、私はそれが意外と大規模な綱だと驚く。
翼
「そんな綱を、引き合うんですか?」
穂積
「そう」
目を細めて綱引きを見る泪さんの表情は、けれど、子供の頃の楽しい思い出を語る顔ではない。
むしろ、悲しそう。……そういえば、泪さんって、子供の頃の話をほとんどしないな。
翼
「来年は出ましょうか、綱引き」
穂積
「え?」
翼
「私、室長と、綱引きの思い出を作りたいです」
泪さんは私を見つめて数回瞬きをして、それから、ちょっと泣きそうな顔で笑った。
穂積
「……アンタには、敵わない」
翼
「?」
泪さんが、私の髪をくしゃくしゃと掻き回した。
午後は、部署対抗の団体戦が多いのが特徴。
昼休みの逮捕術で溜飲を下げたのか、泪さんは『打倒刑事部』を口にしなくなっていた。
けれど、今まで5位や6位に甘んじてきた生活安全部にとって、優勝争いに加わるなど、前代未聞の事態らしい。
部員たちは自ら『目指せ優勝』というスローガンを打ち出し、改めて、新参者の私たちに協力を求めてきた。
鑑識と捜査室が加わった今年こそ、初優勝のチャンスだと言うのだ。
泪さんも小野瀬さんも、この提案を喜んで受け入れたのは言うまでもない。
刑事部から弾き出された私たちは、ついに安住の地を得たのだった(大袈裟かな)。
一致団結した生活安全部は、それからも高い順位をキープし続けた。
如月さんは200m走も制覇し、コスプレ走と合わせて、三つ目の金メダルを手に入れ。
私はといえば、小野瀬さんの宣言通り二人三脚で走ってファンから嫉妬されたり、
目隠しして、泪さんに二人羽織でおソバを食べさせてもらってファンから嫉妬されたりしながら、コツコツ得点を稼ぎ。
小笠原さんは大玉転がしで奮闘し、藤守さんは棒倒しで大活躍し、明智さんは玉入れで神業を発揮し、この3種目で、生活安全部に勝利をもたらした。
こうして、近年まれに見る接戦の結果、三つ巴の戦いの決着は、とうとう、最終種目の、部署対抗リレーまで持ち越されてしまった。
大歓声の中、選手団が入場して来た。
トラックの左右に分かれ、それぞれの選手が準備を始める。
観客席から見つめているだけなのに、私は心臓が爆発しそうだった。
柔軟を終えた泪さんが立ち上がり、今日初めて、黒いウェアを脱いだ。
現れた筋肉質の身体には、濃紺のランニングと、黒い細身のハーフパンツ。
黒いスポーツシューズまですらりと伸びた脚が、長い。
いつもは小野瀬さんファンに押され気味の泪さんファンも、これには大興奮だ。
普段、きっちりスリーピースだから、肌を見る機会なんか無いもんね。
彼氏がモテるのはちょっと鼻が高いけれど、こうモテ過ぎるのも複雑。
でも、今は、やきもちなんか後回し。
怪我をしないで帰って来て、お願い。
最前列にしがみついた私の隣に、小野瀬さんが座った。
小野瀬
「細野」
細野
「はい、御大。生活安全部は、現在2位です。最終リレーは得点が高いので、2位以上なら優勝です」
小野瀬
「そう、ありがと」
……細野さんて、元々がこういう人なのかな。
細野さんを見送る私に、小野瀬さんが微笑んだ。
小野瀬
「どうしたの?……もしかして、穂積が細野を脅して、言う事をきかせてると思ってた?」
うわあ、バレてる。
すると、反対側から、明智さんや藤守さんの会話が聞こえて来た。
藤守
「……せやけど、アンカーやから400mでしょ?」
如月
「俺も、200までなら自信ありますけど。中距離はなあ」
小笠原
「如月、400は短距離走だよ」
如月
「ウッソだあ。……マジですか?」
藤守
「陸上競技としてはそうや。400mは『人間がスプリントで走りきる事が出来る最長の距離』言われてんねん」
翼
「……」
小野瀬
「藤守くんは元陸上部だから、よく分かってるみたいだね」
私の胸は苦しくなるばかり。
その時。
タァン。
リレーがスタートした。
如月
「俺、室長が競技場で走るの、初めて見るかも」
明智
「去年、出てないからな」
全員、顔はトラックを向いたまま、話を続ける。
藤守
「その前は、二人三脚とか大玉転がしとかに出てましたよ。コスプレ走も見た事あります」
小野瀬
「下っ端の頃は、毎年走らされてたよ。明智くんは知ってるよね」
明智
「はい」
小笠原
「室長は速いよ」
藤守
「何でお前が知ってんねん」
小笠原
「さっき、如月がタイ記録出したじゃない」
翼
「えっ?!」
小笠原
「あれ、室長の記録だよ。ちなみに、200の記録はまだ破られてない」
全員
「……」
小野瀬
「まあ、穂積はモチベーションに波があるからね。あの年は、同期に足の速い嫌味な奴がいて、やたらと穂積を挑発したんだよ」
翼
「今、その人は?」
小野瀬
「辞めちゃったよ。組織に馴染めないタイプだったね。……だから、穂積は、それ以来、本気で走ってない」
リレーは中盤、第4走者から第5走者へ。男女混合チームなので、今度は女性。
ところが、生活安全部の女性にバトンが渡った時、アクシデントが起きた。
直後に来た警備のランナーと交錯して、青いゼッケンの女性が、つんのめるように倒れたのだ。
幸いすぐに立ち上がって走り出したものの、転んだ時に下についた手と、足を傷めたのがすぐに分かった。
膝からは、滴るほどに血が出ている。
彼女は頑張って走ったけれど、2位の警備と、およそ四分の一周、差がついてしまった。
6走……7走……なかなか、その差は埋まらない。
泪さんは軽く足踏みをしながら、7走の女性を待っていた。
その傍らを、1位の刑事部、2位の警備部のアンカーが、バトンを受けて走り去ってゆく。
泪さんがトラックに出ると、突然、警備と刑事の応援席からも歓声が上がった。
それは、応援の声。
みんなが、泪さんの名前を呼んでいる。
小野瀬
「分かってるね、みんな」
泪さんにバトンが渡ると、その声はさらに大きくなった。
明智さんや如月さんが叫んだ。
藤守さんも、小笠原さんまで叫んでいる。
小野瀬さんも、私も叫ぶ。
ゴールの瞬間は轟音のような歓声で、何も聴こえなくなった。