秋の警視庁大運動会
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小野瀬さんと借り物競走
昼休みが終わる直前になって、室長が戻って来た。
翼
「室長!」
穂積
「ただいま、櫻井。どう?面白かった?」
駆け寄った私の頭を撫でながら、室長はニコニコしている。
みんなも集まって来た。
如月
「デモストとしては、サイコーに面白かったですけど。叱られませんでしたか?」
穂積
「全然。ま、三課の連中は、上司から大目玉食らってたみたいだけど」
室長は悪戯っぽく笑った。
藤守
「あれだけの人数で室長1人を捕まえられへんかったら、そら、怒られるやろな……」
藤守さんは、ちょっと同情的。私はさらに訊いた。
翼
「警備部の人たちには?」
穂積
「警備?もー、大ウケ。全員とハイタッチよ」
室長は両手で、ハイタッチをする仕草をした。
翼
「え?どういう事ですか?」
穂積
「警備に花を持たせてくれた、ってね」
明智さんが私の横から一歩前に出て、頭を下げた。
明智
「室長……」
室長は明智さんに顔を上げさせて、にっこり笑った。
穂積
「お手柄よ、明智」
そうして、空になっているらしいお弁当箱の包みを、明智さんに渡した。
穂積
「これも、ご馳走様」
ぽんぽん、と明智さんの肩を叩く。
穂積
「アンタは私の、最高の右腕だわ」
言われた明智さんは息を呑んだ後、深々と頭を下げて、しばらく、顔を上げなかった。
穂積
「さて、私の頭脳はどこかしら?」
藤守さんの陰から、小笠原さんがひょっこり顔を出した。
小笠原
「ここ」
穂積
「小野瀬の借り物競走の後は、アンタだったわね。頼むわよ」
小笠原
「……分かった」
穂積
「け・い・ご」
室長の指に軽く額を押された小笠原さんは、ちょっと頬を膨らませてから踵を返し、フィールドへの階段を降りて行った。
藤守
「……あいつ、1人で行ったで」
穂積
「成長したわね」
如月
「小野瀬さんの競走、始まりますよー!」
午後最初の種目は、借り物競走。
選手入場と共に、黄色い声の大声援が上がった。
小野瀬ファンの女性たち
「おーのせさーん!!」
「あいしてるー!」
「こっちむいてー!」
選手団の真ん中あたりから、葵が笑顔で手を振る。
ああ、あそこにも、5万人に動じない強者がいます。
私の彼ですけど。信じられないでしょ。
借り物競走。
私はまだ見た事が無い競技だけど、名前の通り、競走の途中に何かを借りてゴールする、んだよね、きっと。
参加人数はお馴染み、1レース8人。でも、参加者は結構多い。
たぶん、30レースくらいやるんじゃないかな。
走るのは100mだから、大した事は無いように思いがちだけど、それに、借り物をする距離が加わる。
観客席からフィールドに向かって何ヵ所も階段が掛けられたし、あれを昇り降りする事も考えられる。
やってみると、意外と大変なんじゃないかと思う。
葵、頑張って。
穂積
「ガリガリくーん」
細野
「はい、穂積さん。ここまでの成績は、警備部、生活安全部、刑事部の順で、ほぼ横並び。ただし、4位以下は大きく引き離しています」
穂積
「ありがとう。またよろしくね」
細野
「了解です」
……細野さん、室長に何か弱味でも握られてるのかしら。
タァン。
ピストルが鳴って、最初の組がスタートした。
少し走ったら、トラックに置かれたマイクを拾う。その下に二つ折りにした紙が置いてあって、広げると、自分が借りてくる物が書かれている。
選手
『白いハンカチ!ハンカチ貸して下さーい!』
選手
『誰か、ピンクの日傘持っている人いませんかー?』
借りるのは物ばかりじゃない。
選手
『コンタクトレンズの人、手を挙げて下さーい』
選手
『40歳以上の男性で一緒に走ってくれる方、お願いしまーす』
選手は必死だけど、その右往左往する様に、観客席からは笑いが起きる。
変わったお題が出た時なんかは、なおさら。
選手
『警備員さん、おんぶさせて下さい!』
選手
『ご夫婦でいらしてる方、3人で走りましょう!』
選手
『えっ、と……「20代の、可愛い女の子と腕を組んで」……何だこれ……』
……心なしか、だんだん難易度が上がってきてるような。
所定の時間内に借り物(人)を借りられない選手は、強制失格になってしまう。
そして、ゴールしてからは、借りてきた物がお題と合っているか、確認が行われる。
この役は、さっきのお笑い芸人さんたちだ。
HOW HOW
『はーい、年齢の分かる物を、何か見せてもらえますかー?』
HOW HOW
『ありがとーございまーす。40歳以上の男性、OKです。あっ、免許証、ゴールドですね。皆さん拍手ー!』
HOW HOW
『どうしましたー?20代の可愛い子に声かけられませんかー?失格になっちゃいますよー?』
そんなやり取りが続けられる中、ついに、次は葵の番。
ひときわ歓声が高まる。
タァン。
葵はトップでマイクに辿り着き、紙を広げた。
同時に眉をひそめたが、それも一瞬。
葵は、階段の下まで走って来て、観客席を見上げた。
何だろう?
周りの女の子たちはみんな、葵に呼ばれたくて、今か今かと待っている。
……もちろん、私も。
ところが。
小野瀬
『穂積!』
マイクで呼ばれたのは、なんと室長だった。
私の隣に座っていた室長が、反射的に立ち上がる。
小野瀬
「来てくれ、早く!」
葵にもう一度呼ばれ、室長は、一足飛びに階段を駆け降りた。
葵が叫ぶ。
小野瀬
「俺を抱き上げろ」
穂積
「はあ?」
小野瀬
「俺をお姫様抱っこだよ、そして走れ!」
他の選手は、まだ借り物を探している。
室長は腑に落ちない顔をしていたが、すぐに勢いよく、葵を横抱きに抱き上げた。
うわ。
小野瀬ファンの女性たち
「キャー!!」
穂積ファンの女性たち
「キャー!!」
様々な想いが込められた、双方の女性ファンの悲鳴が入り交じる。
その悲鳴を背に、ゴールした葵と室長は、お姫様抱っこのまま、急いで判定に向かう。
ここで合格しないと、やり直しだからだ。
HOW HOW
『おぉっと、超カッコいいお兄さんが2人、来ましたよ!』
HOW HOW
『お題拝見しまーす。えーと、「自分より背の高いイケメンに、お姫様抱っこされて走る」』
会場が、どっと笑った。
HOW HOW
『これは、難題をクリアしましたねー』
HOW HOW
『はい合格!』
小野瀬
「よし!」
1位の旗の列に誘導された葵が、笑顔で私に手を振った。
ようやく事情の分かった室長も、苦笑いだ。
でも、良かった。騎馬戦では落ち込んでいたもん。
金メダルもらえて良かったね、葵。
しかしこの時、私はまだ、借り物競走の本当の恐ろしさを知らなかった。
選手
『藤守さん、お願いします!』
藤守
「お、俺か?」
選手
『お題が「関西弁の男性」なんです!』
何やねんそれ、と言いながらも、藤守さんが、階段を降りていく。
選手
『如月さん!「レモンイエローのウェア」貸して下さい!』
如月
「え、ぬ、脱ぐの?」
待ちきれない選手が、観客席まで昇ってきて、如月さんのウェアを奪ってゆく。
如月
「キャー!!イヤー!!」
5万人もいるはずなのに、『難題』が出るたび、知り合いが襲われる気がするのは何故だろう。
しかも、だ。
HOW HOW
『はーい、穂積さん、6回目!えーと、「金髪の男性と腕を組んで」……ハイ合格!』
穂積
「……」
そう。
後半になるにつれて、お題が「借り物」から「借り人」に重心を移動してきたのだ。
そのため、どうしても、すでにフィールドにいる人間が、先に狙われる。
さらに、室長や葵のような、レアな要素を複数持っている人物はなおさら。
室長、すでにHOW HOWさんたちに名前覚えられてるし。
選手
『小野瀬さん、「自分よりイケメンと手をつないで」にご協力お願いします!』
選手
『穂積さん、「他の部署で階級が上の人」なんです、よろしくお願いします!』
選手
『小野瀬さん、「小型犬と凄腕の鑑識官を連れて」って書いてあって……一緒に走って下さい!』
選手
『「桜田門の悪魔」って穂積さんですよね?!』
そして、現在に至る。
結局、全員が駆り出された捜査室の席では、競技終了と共に観客席に戻って来た順に、階段通路に倒れ込んでいる。
私はスポーツドリンクと濡らしたタオルを持って、階段を昇り降りした。
翼
「室長、しっかりして下さい」
穂積
「俺は……いいから。他の連中を、先に……」
素に戻ってるし。
翼
「室長が一番深刻です。これ、飲んで下さい」
穂積
「……ありがとう……」
眼下では借り物競走の片付けが終わり、代わりに、まるでドラマのセットのような『取り調べ室』を準備している。
私は、もう一度、捜査室のみんなを元気付けてから、観客席を離れた。
階段を降りて進むと、次の種目の集合場所に、細野さんと太田さん、それに小笠原さんがいた。
3人とも、パソコンを抱えている。
翼
「皆さん、次、頑張って下さいね」
細野
「ありがとう、櫻井さん。御大なら、控え室ですよ」
太田
「御大がここにいると、女の子たちが通路を塞いじゃうんで」
小笠原
「スポーツドリンク?届けてあげてよ。あの人、借り物競走でぐったりしてたから」
小笠原さんは、ナナコの調整に余念が無い。
私は3人に別れを告げて、葵がいるという小さい控え室に向かい、扉をノックした。
翼
「……葵……?」
小声で囁いてみる。
すると、内側から扉が開いて、見覚えのある綺麗な手が、私を招いた。
手招きに応じて、身体を滑り込ませる。
扉に鍵がかけられるのと同時に、私はもう、葵の腕の中にいた。
小野瀬
「ああ、やっぱり来てくれた」
翼
「だって、心配だもん」
会話をしながら、髪に、額に、キスが降ってくる。
翼
「大変だったね。スポーツドリンク、持って来たの」
小野瀬
「ありがとう。でも、先に、きみを補充させて」
返事よりも早く、葵が、私の唇を奪った。
離れることなく続く濃厚なキスに、時と場所を忘れてしまいそう。
翼
「……っ、葵。もう、時間が」
やっとそれだけ言うと、葵は、探るような眼差しで、間近から私を見つめた。
小野瀬
「本当の気持ちを言って?」
翼
「え」
小野瀬
「早く。迎えが来ちゃう」
私は恥ずかしさを堪えて、意地悪な恋人を見つめ返した。
翼
「本当、は……ずっと、キスしていたい、けど」
小野瀬
「ハイ、合格」
さっきの芸人さんの口真似をして、葵が笑った。
小野瀬
「きみが俺と同じ気持ちでいてくれて、嬉しい」
葵が頬を染めた。
翼
「葵も同じ気持ち?」
小野瀬
「うん。……だから、帰ったら、ゆっくり、愛しあおうね。きみが約束してくれたら、俺、午後も頑張るよ」
そんな顔で甘えられたら、断れるはずがないのに。
翼
「約束する」
私が頷くと、葵は微笑んで、もう一度、とびきりのキスをくれる。
小野瀬
「ありがとう翼、愛してる」
私たちは太田さんが迎えに来るまで、抱き合っていた。
昼休みが終わる直前になって、室長が戻って来た。
翼
「室長!」
穂積
「ただいま、櫻井。どう?面白かった?」
駆け寄った私の頭を撫でながら、室長はニコニコしている。
みんなも集まって来た。
如月
「デモストとしては、サイコーに面白かったですけど。叱られませんでしたか?」
穂積
「全然。ま、三課の連中は、上司から大目玉食らってたみたいだけど」
室長は悪戯っぽく笑った。
藤守
「あれだけの人数で室長1人を捕まえられへんかったら、そら、怒られるやろな……」
藤守さんは、ちょっと同情的。私はさらに訊いた。
翼
「警備部の人たちには?」
穂積
「警備?もー、大ウケ。全員とハイタッチよ」
室長は両手で、ハイタッチをする仕草をした。
翼
「え?どういう事ですか?」
穂積
「警備に花を持たせてくれた、ってね」
明智さんが私の横から一歩前に出て、頭を下げた。
明智
「室長……」
室長は明智さんに顔を上げさせて、にっこり笑った。
穂積
「お手柄よ、明智」
そうして、空になっているらしいお弁当箱の包みを、明智さんに渡した。
穂積
「これも、ご馳走様」
ぽんぽん、と明智さんの肩を叩く。
穂積
「アンタは私の、最高の右腕だわ」
言われた明智さんは息を呑んだ後、深々と頭を下げて、しばらく、顔を上げなかった。
穂積
「さて、私の頭脳はどこかしら?」
藤守さんの陰から、小笠原さんがひょっこり顔を出した。
小笠原
「ここ」
穂積
「小野瀬の借り物競走の後は、アンタだったわね。頼むわよ」
小笠原
「……分かった」
穂積
「け・い・ご」
室長の指に軽く額を押された小笠原さんは、ちょっと頬を膨らませてから踵を返し、フィールドへの階段を降りて行った。
藤守
「……あいつ、1人で行ったで」
穂積
「成長したわね」
如月
「小野瀬さんの競走、始まりますよー!」
午後最初の種目は、借り物競走。
選手入場と共に、黄色い声の大声援が上がった。
小野瀬ファンの女性たち
「おーのせさーん!!」
「あいしてるー!」
「こっちむいてー!」
選手団の真ん中あたりから、葵が笑顔で手を振る。
ああ、あそこにも、5万人に動じない強者がいます。
私の彼ですけど。信じられないでしょ。
借り物競走。
私はまだ見た事が無い競技だけど、名前の通り、競走の途中に何かを借りてゴールする、んだよね、きっと。
参加人数はお馴染み、1レース8人。でも、参加者は結構多い。
たぶん、30レースくらいやるんじゃないかな。
走るのは100mだから、大した事は無いように思いがちだけど、それに、借り物をする距離が加わる。
観客席からフィールドに向かって何ヵ所も階段が掛けられたし、あれを昇り降りする事も考えられる。
やってみると、意外と大変なんじゃないかと思う。
葵、頑張って。
穂積
「ガリガリくーん」
細野
「はい、穂積さん。ここまでの成績は、警備部、生活安全部、刑事部の順で、ほぼ横並び。ただし、4位以下は大きく引き離しています」
穂積
「ありがとう。またよろしくね」
細野
「了解です」
……細野さん、室長に何か弱味でも握られてるのかしら。
タァン。
ピストルが鳴って、最初の組がスタートした。
少し走ったら、トラックに置かれたマイクを拾う。その下に二つ折りにした紙が置いてあって、広げると、自分が借りてくる物が書かれている。
選手
『白いハンカチ!ハンカチ貸して下さーい!』
選手
『誰か、ピンクの日傘持っている人いませんかー?』
借りるのは物ばかりじゃない。
選手
『コンタクトレンズの人、手を挙げて下さーい』
選手
『40歳以上の男性で一緒に走ってくれる方、お願いしまーす』
選手は必死だけど、その右往左往する様に、観客席からは笑いが起きる。
変わったお題が出た時なんかは、なおさら。
選手
『警備員さん、おんぶさせて下さい!』
選手
『ご夫婦でいらしてる方、3人で走りましょう!』
選手
『えっ、と……「20代の、可愛い女の子と腕を組んで」……何だこれ……』
……心なしか、だんだん難易度が上がってきてるような。
所定の時間内に借り物(人)を借りられない選手は、強制失格になってしまう。
そして、ゴールしてからは、借りてきた物がお題と合っているか、確認が行われる。
この役は、さっきのお笑い芸人さんたちだ。
HOW HOW
『はーい、年齢の分かる物を、何か見せてもらえますかー?』
HOW HOW
『ありがとーございまーす。40歳以上の男性、OKです。あっ、免許証、ゴールドですね。皆さん拍手ー!』
HOW HOW
『どうしましたー?20代の可愛い子に声かけられませんかー?失格になっちゃいますよー?』
そんなやり取りが続けられる中、ついに、次は葵の番。
ひときわ歓声が高まる。
タァン。
葵はトップでマイクに辿り着き、紙を広げた。
同時に眉をひそめたが、それも一瞬。
葵は、階段の下まで走って来て、観客席を見上げた。
何だろう?
周りの女の子たちはみんな、葵に呼ばれたくて、今か今かと待っている。
……もちろん、私も。
ところが。
小野瀬
『穂積!』
マイクで呼ばれたのは、なんと室長だった。
私の隣に座っていた室長が、反射的に立ち上がる。
小野瀬
「来てくれ、早く!」
葵にもう一度呼ばれ、室長は、一足飛びに階段を駆け降りた。
葵が叫ぶ。
小野瀬
「俺を抱き上げろ」
穂積
「はあ?」
小野瀬
「俺をお姫様抱っこだよ、そして走れ!」
他の選手は、まだ借り物を探している。
室長は腑に落ちない顔をしていたが、すぐに勢いよく、葵を横抱きに抱き上げた。
うわ。
小野瀬ファンの女性たち
「キャー!!」
穂積ファンの女性たち
「キャー!!」
様々な想いが込められた、双方の女性ファンの悲鳴が入り交じる。
その悲鳴を背に、ゴールした葵と室長は、お姫様抱っこのまま、急いで判定に向かう。
ここで合格しないと、やり直しだからだ。
HOW HOW
『おぉっと、超カッコいいお兄さんが2人、来ましたよ!』
HOW HOW
『お題拝見しまーす。えーと、「自分より背の高いイケメンに、お姫様抱っこされて走る」』
会場が、どっと笑った。
HOW HOW
『これは、難題をクリアしましたねー』
HOW HOW
『はい合格!』
小野瀬
「よし!」
1位の旗の列に誘導された葵が、笑顔で私に手を振った。
ようやく事情の分かった室長も、苦笑いだ。
でも、良かった。騎馬戦では落ち込んでいたもん。
金メダルもらえて良かったね、葵。
しかしこの時、私はまだ、借り物競走の本当の恐ろしさを知らなかった。
選手
『藤守さん、お願いします!』
藤守
「お、俺か?」
選手
『お題が「関西弁の男性」なんです!』
何やねんそれ、と言いながらも、藤守さんが、階段を降りていく。
選手
『如月さん!「レモンイエローのウェア」貸して下さい!』
如月
「え、ぬ、脱ぐの?」
待ちきれない選手が、観客席まで昇ってきて、如月さんのウェアを奪ってゆく。
如月
「キャー!!イヤー!!」
5万人もいるはずなのに、『難題』が出るたび、知り合いが襲われる気がするのは何故だろう。
しかも、だ。
HOW HOW
『はーい、穂積さん、6回目!えーと、「金髪の男性と腕を組んで」……ハイ合格!』
穂積
「……」
そう。
後半になるにつれて、お題が「借り物」から「借り人」に重心を移動してきたのだ。
そのため、どうしても、すでにフィールドにいる人間が、先に狙われる。
さらに、室長や葵のような、レアな要素を複数持っている人物はなおさら。
室長、すでにHOW HOWさんたちに名前覚えられてるし。
選手
『小野瀬さん、「自分よりイケメンと手をつないで」にご協力お願いします!』
選手
『穂積さん、「他の部署で階級が上の人」なんです、よろしくお願いします!』
選手
『小野瀬さん、「小型犬と凄腕の鑑識官を連れて」って書いてあって……一緒に走って下さい!』
選手
『「桜田門の悪魔」って穂積さんですよね?!』
そして、現在に至る。
結局、全員が駆り出された捜査室の席では、競技終了と共に観客席に戻って来た順に、階段通路に倒れ込んでいる。
私はスポーツドリンクと濡らしたタオルを持って、階段を昇り降りした。
翼
「室長、しっかりして下さい」
穂積
「俺は……いいから。他の連中を、先に……」
素に戻ってるし。
翼
「室長が一番深刻です。これ、飲んで下さい」
穂積
「……ありがとう……」
眼下では借り物競走の片付けが終わり、代わりに、まるでドラマのセットのような『取り調べ室』を準備している。
私は、もう一度、捜査室のみんなを元気付けてから、観客席を離れた。
階段を降りて進むと、次の種目の集合場所に、細野さんと太田さん、それに小笠原さんがいた。
3人とも、パソコンを抱えている。
翼
「皆さん、次、頑張って下さいね」
細野
「ありがとう、櫻井さん。御大なら、控え室ですよ」
太田
「御大がここにいると、女の子たちが通路を塞いじゃうんで」
小笠原
「スポーツドリンク?届けてあげてよ。あの人、借り物競走でぐったりしてたから」
小笠原さんは、ナナコの調整に余念が無い。
私は3人に別れを告げて、葵がいるという小さい控え室に向かい、扉をノックした。
翼
「……葵……?」
小声で囁いてみる。
すると、内側から扉が開いて、見覚えのある綺麗な手が、私を招いた。
手招きに応じて、身体を滑り込ませる。
扉に鍵がかけられるのと同時に、私はもう、葵の腕の中にいた。
小野瀬
「ああ、やっぱり来てくれた」
翼
「だって、心配だもん」
会話をしながら、髪に、額に、キスが降ってくる。
翼
「大変だったね。スポーツドリンク、持って来たの」
小野瀬
「ありがとう。でも、先に、きみを補充させて」
返事よりも早く、葵が、私の唇を奪った。
離れることなく続く濃厚なキスに、時と場所を忘れてしまいそう。
翼
「……っ、葵。もう、時間が」
やっとそれだけ言うと、葵は、探るような眼差しで、間近から私を見つめた。
小野瀬
「本当の気持ちを言って?」
翼
「え」
小野瀬
「早く。迎えが来ちゃう」
私は恥ずかしさを堪えて、意地悪な恋人を見つめ返した。
翼
「本当、は……ずっと、キスしていたい、けど」
小野瀬
「ハイ、合格」
さっきの芸人さんの口真似をして、葵が笑った。
小野瀬
「きみが俺と同じ気持ちでいてくれて、嬉しい」
葵が頬を染めた。
翼
「葵も同じ気持ち?」
小野瀬
「うん。……だから、帰ったら、ゆっくり、愛しあおうね。きみが約束してくれたら、俺、午後も頑張るよ」
そんな顔で甘えられたら、断れるはずがないのに。
翼
「約束する」
私が頷くと、葵は微笑んで、もう一度、とびきりのキスをくれる。
小野瀬
「ありがとう翼、愛してる」
私たちは太田さんが迎えに来るまで、抱き合っていた。