秋の警視庁大運動会
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明智さんとお弁当
コスプレ競走の金メダルを頂いて、夢心地で観客席に戻って来たら、みんなが笑顔で出迎えてくれた。
全員に頭を撫でてもらって有頂天になっていると、『悪魔の居ぬ間に』と言いながら、小野瀬さんが、頬にキスしてくれた。
痛い、痛い、周囲の目が痛い!
でも、さっき『キスしてあげる』って言ったのは室長……だったはず。
私はキョロキョロした。
小野瀬
「穂積なら、もう、デモンストレーションの準備に呼ばれて行ったよ」
翼
「?」
明智
「なんだ、知らなかったか?昼休みのデモンストレーションだ。警視庁音楽隊の演奏もあるが、室長は逮捕術のデモストだ」
翼
「室長の逮捕術?!」
うっわ。
すっごく見たい。
まーくんはクスクス笑った。
明智
「実は俺も、すっごく見たい」
心の中を言い当てられてビックリしたけど、よく考えたら、きっと口に出して言っちゃったんだよね。
私は恥ずかしくなって、口を押さえた。
フィールドでは午前中の最終種目、ムカデ競走が行われている。
生活安全部のムカデは、どのチームも、常に2位をキープしている、という感じ。
細野さんや太田さんも加わった鑑識チームは、他部署のチーム同士がもつれて転んだ事もあり、待望の1位になった。
ムカデへの応援が終わると、まーくんは私を振り返って、にっこり笑った。
明智
「さ、昼食だ。櫻井、ポットにお湯が入っているから、急須でお茶を入れてくれ」
翼
「はい!」
私は室長以外の捜査室の面々と、小野瀬さんに、紙コップでお茶を配る。
まーくんは1人ずつにお弁当を用意してくれてあり、細野さんや太田さんの分まである。
観客席は階段だし個々のスペースは広くないので、その為の心配りだろう。
こういう細かい気配りには、本当に感心してしまう。
けれど、ちゃんと三段重ねの大きな重箱もあって、そちらには海苔巻きや稲荷寿司、たくさんのサンドイッチがきっちりと詰めてあった。
別のポットには熱いコーヒー。
藤守
「うーわ美味そう!」
小笠原
「……バランスも完璧」
如月
「楽しみにしてきたんですよ!午前中頑張った甲斐があったなあ!」
小野瀬
「贅沢なお昼だねえ。ありがとう、明智くん」
小野瀬さんも嬉しそう。
まだ食べ始めないのは、きっと、太田さんたちを待っているんだろう。
明智
「俺たちは、先に食べるように室長に言われている。午後も競技があるからな」
捜査室全員
「はーい」
全員に行き渡ったところで、まーくんが、いつものように手を合わせた。
明智
「では、頂きます」
捜査室全員
「いただきます!」
私たちも手を合わせて、声を合わせた。
よく噛まないとまーくんに注意されるけど、お腹が空いていて、美味しくて、どんどん食べてしまう。
藤守さんや如月さんは、もう、稲荷寿司やサンドイッチにも手を出している。
明智
「食べ過ぎるなよ」
まーくんは周りの生活安全部の人たちにも重箱を渡しながら、終始穏やかに微笑んでいた。
うーん、幸せ。
明智
「美味いか?」
翼
「すっごく美味しーい」
私がニコニコ笑うと、まーくんは私にそっと頬を寄せる。
私は出来るだけさりげなく、そこへ、チュッとキスをした。
それにしても、と私は思う。
こうして落ち着いて見渡してみると、本当に凄い人数。
いったい、どれくらいの人が参加しているんだろう。
明智
「警視庁の職員は4万人以上いるけど、もちろん、全員が運動会に出るわけじゃない」
まーくんは優しく教えてくれた。
明智
「むしろ、8割は普段通りの警察業務をしているよ。……仮に参加者が2割だったとして、実際に競技に参加しているのは、さらに半分。残りは、応援や進行、さらに周辺警備だ」
翼
「えっと。4万の、2割の、半分で、……4千人」
明智
「そう。偉いぞ」
まーくんが頭を撫でてくれた。
明智
「この競技場の収容人数は、約5万人だ。警察職員が約8千人だとすると、約4万人が、家族や知人、見学の一般市民だということになるな」
翼
「ふぇー」
まーくんの説明に、やっぱり凄い数だと驚く。
警視庁の中で働いていても、4万人の職員数は実感出来ない。
けれど、こうして一望すると、その数は圧倒的だった。
私って、実はものすごく巨大な組織で働いているんだな。
楽しく食事をし、デザートのプリンを食べていると、フィールドに大勢の人たちが颯爽と現れ、いきなり、楽器の演奏が始まった。
警視庁音楽隊だ。
管楽器、打楽器を中心に、明るい曲調のマーチが何曲もメドレーで演奏される。
一糸乱れぬチームワーク、華やかな音色。
美しい隊列を見せてのマーチングは、本当に素晴らしかった。
HOW HOW
『いやー、素晴らしい演奏でしたね!』
拍手とともに音楽隊が退場すると、本部からのアナウンスは一転、2人組の軽快な喋りになった。
藤守さんが立ち上がる。
藤守
「お、『HOW HOW』や!」
ハウハウ?
HOW HOW
『はーい、警視庁関係者の皆様、こんにちはー!』
こんにちはー!と、観客席のあちこちから挨拶が返される。
人気のある芸人さんなのかな?……そして、関東のお笑いにも詳しいとは、さすが藤守さん。
HOW HOW
『僕ら、今日は、運動会の昼休みを利用して行われる、「逮捕術実演」の様子を、実況放送させて頂きます!』
HOW HOW
『実は、去年もやらせていただいたんですよねー!』
会場から、拍手と声援が沸いた。
HOW HOW
『嬉しいなあ、覚えてくれている人たちもいますね!』
HOW HOW
『じゃあ、今年も張り切っていってみましょう!』
HOW HOW
『よろしくお願いします!』
元気な挨拶に、盛大な拍手が応えた。
食事を終えた私たちも、室長の逮捕術が良く見えるよう、観客席の最前列に陣取って座った。
BGMが消え、録音されたサイレンの音が鳴り響く。
HOW HOW
『あっ!パトカーです!』
HOW HOW
『たった今入った情報によりますと、最寄り駅近くのコンビニで、肉まんを買った男が、お金を払わずに逃走した模様です!』
すると、フィールドの端から、人影が走り出て来た。
肉まんを食べながらの登場に、会場がどっと沸く。
ごく一部、凍りついた私たちを除いて。
HOW HOW
『犯人の特徴は、身長約185cm、痩せ型、筋肉質』
HOW HOW
『肉まんの代金くらい払って欲しいぞ犯人、人として!』
私たちは、引きつった顔を見合わせた。
捜査室全員
「……室長だ……」
明智
「……そっちだったか」
HOW HOW
『黒っぽい服装に黒っぽいニットキャップ、黒っぽいサングラス』
HOW HOW
『「黒っぽい」多過ぎ!』
室長は、フィールドのほぼ中央に立った。
特徴的な金髪と碧眼は帽子とサングラスに隠されているが、肉まんを食べ終えた口元に、きれいな笑みを浮かべているのが見える。
すると、犯人(室長)を追って、スーツ姿の男が3人、現れた。
私たちもよく知っている、捜査三課のベテラン刑事たちだ。
刑事
『大人しくしろ!』
刑事
『もう逃がさんぞ!』
最後の1人は物も言わずに駆け寄り、室長に掴みかかった。
組み合った途端、仕掛けた方の刑事の身体が反転し、音を立てて地に落ちる。
まーくんが頭を抱えた。
明智
「あの人と組んじゃ駄目だ……」
仲間が投げられたのを見て逆上した2人が、室長の両腕を同時に掴んだ。
ところが、押さえ込むどころか思い切り引き寄せられ、2人は互いに、強かに頭をぶつけた。
思わず力が緩んだところで、室長はするりと抜け出す。
HOW HOW
『おおっと、3人やられた!』
HOW HOW
『去年はここで捕まえたんですけどね!』
HOW HOW
『今年の犯人は強いぞ!』
わあっと歓声が上がる。
けれど、もちろん、このままで良いはずがない。
ふらふらと起き上がった3人は、とーんとーん、とバックステップで離れる室長を追って、駆け出した。
室長が身体の向きを変え、トラックに沿って走り出す。
刑事たちは懸命に追うけど、余裕で走る室長には、追い付くどころか離されるばかり。
HOW HOW
『おお!足も速いぞ犯人!』
ところが、この事態に業を煮やした捜査三課は、すかさず刑事を増員した。
数人が、室長の前に回り込む。
翼
「まーくん、室長捕まっちゃう!」
明智
「むしろ捕まってくれ」
増員された刑事は、「突き」を繰り出した。
でもこれは室長に拳と腕を掴まれて捻り上げられたあげく、顎に掌底を叩き込まれて膝をつく。
次は「蹴り」。けれど、かわされたばかりか、反対に、綺麗な回し蹴りを食らってしまう。
「逆(さか)」、「投げ」、「締め」、「固め」……どれも、室長には通用しない。
しかも、上位の技で返されてしまう有り様。
さらに増えた刑事たちは、手に手に得物を持っていた。
警棒、警杖、特殊警棒。
ところが、室長の間合いに踏み込んだ瞬間、警棒は奪われ、警杖は絡め取られ、特殊警棒は弾き飛ばされてしまう。
明智
「……無駄だ。室長は、警備出身だ。対暴漢のスペシャリストだぞ」
小野瀬
「……明智くん」
それまで黙っていた小野瀬さんが、ぽつりと呟いた。
小野瀬
「このままだと、逃げ切るぞ。どうやら穂積は、刑事部に捕まる気がない」
小笠原
「……確かに」
如月
「今日に限っては、刑事を敵視してますからねえ」
藤守
「捕まらんて……、警視庁の威信にかけて、そらアカンやろ!」
けれど、小野瀬さんの言葉通り、室長は囲みを抜け出して、また悠々と走り出した。
大観衆は大受けで拍手と喝采を送っているけど、私たちは気が気じゃない。
ふと、隣で立ち上がったまーくんが、深く息を吸い込んだ。
明智
「刑事じゃ駄目だ、警備を出せ!」
まーくんが、聞いた事の無いような大声を出した。
HOW HOW
『おっ。誰か、「警備を出せ」って言いましたねー?』
大歓声の中、まーくんの声は本部に届いた。
それに呼応するように、あちこちから、警備部の人たちがフィールドに駆け込んで来る。
邪魔になると判断したのか、刑事たち全員が、たちまち退いた。
警備部は最初から集団行動で、遠巻きにぐるりと室長を取り囲む。
包囲網が、徐々に狭まっていく。
室長も足を止め、前後に開いて軽く腰を落とす。
どちらも臨戦態勢だけど、私の不安は消えない。
……それは、この状況でも、室長がまだ逃げきりそうだという不安。
その時。
ピィイイッ、とまーくんが指笛を鳴らした。
室長がこちらを見る。
次の瞬間、まーくんは、手にしていた物を投げた。
全員の視線を集めてフリスビーのように飛んで行ったのは、室長のお弁当。
室長がそれを両手でキャッチした直後、警備隊が一斉に包囲を縮める。
わあっ、という掛け声とともに、室長の姿は見えなくなった。
コスプレ競走の金メダルを頂いて、夢心地で観客席に戻って来たら、みんなが笑顔で出迎えてくれた。
全員に頭を撫でてもらって有頂天になっていると、『悪魔の居ぬ間に』と言いながら、小野瀬さんが、頬にキスしてくれた。
痛い、痛い、周囲の目が痛い!
でも、さっき『キスしてあげる』って言ったのは室長……だったはず。
私はキョロキョロした。
小野瀬
「穂積なら、もう、デモンストレーションの準備に呼ばれて行ったよ」
翼
「?」
明智
「なんだ、知らなかったか?昼休みのデモンストレーションだ。警視庁音楽隊の演奏もあるが、室長は逮捕術のデモストだ」
翼
「室長の逮捕術?!」
うっわ。
すっごく見たい。
まーくんはクスクス笑った。
明智
「実は俺も、すっごく見たい」
心の中を言い当てられてビックリしたけど、よく考えたら、きっと口に出して言っちゃったんだよね。
私は恥ずかしくなって、口を押さえた。
フィールドでは午前中の最終種目、ムカデ競走が行われている。
生活安全部のムカデは、どのチームも、常に2位をキープしている、という感じ。
細野さんや太田さんも加わった鑑識チームは、他部署のチーム同士がもつれて転んだ事もあり、待望の1位になった。
ムカデへの応援が終わると、まーくんは私を振り返って、にっこり笑った。
明智
「さ、昼食だ。櫻井、ポットにお湯が入っているから、急須でお茶を入れてくれ」
翼
「はい!」
私は室長以外の捜査室の面々と、小野瀬さんに、紙コップでお茶を配る。
まーくんは1人ずつにお弁当を用意してくれてあり、細野さんや太田さんの分まである。
観客席は階段だし個々のスペースは広くないので、その為の心配りだろう。
こういう細かい気配りには、本当に感心してしまう。
けれど、ちゃんと三段重ねの大きな重箱もあって、そちらには海苔巻きや稲荷寿司、たくさんのサンドイッチがきっちりと詰めてあった。
別のポットには熱いコーヒー。
藤守
「うーわ美味そう!」
小笠原
「……バランスも完璧」
如月
「楽しみにしてきたんですよ!午前中頑張った甲斐があったなあ!」
小野瀬
「贅沢なお昼だねえ。ありがとう、明智くん」
小野瀬さんも嬉しそう。
まだ食べ始めないのは、きっと、太田さんたちを待っているんだろう。
明智
「俺たちは、先に食べるように室長に言われている。午後も競技があるからな」
捜査室全員
「はーい」
全員に行き渡ったところで、まーくんが、いつものように手を合わせた。
明智
「では、頂きます」
捜査室全員
「いただきます!」
私たちも手を合わせて、声を合わせた。
よく噛まないとまーくんに注意されるけど、お腹が空いていて、美味しくて、どんどん食べてしまう。
藤守さんや如月さんは、もう、稲荷寿司やサンドイッチにも手を出している。
明智
「食べ過ぎるなよ」
まーくんは周りの生活安全部の人たちにも重箱を渡しながら、終始穏やかに微笑んでいた。
うーん、幸せ。
明智
「美味いか?」
翼
「すっごく美味しーい」
私がニコニコ笑うと、まーくんは私にそっと頬を寄せる。
私は出来るだけさりげなく、そこへ、チュッとキスをした。
それにしても、と私は思う。
こうして落ち着いて見渡してみると、本当に凄い人数。
いったい、どれくらいの人が参加しているんだろう。
明智
「警視庁の職員は4万人以上いるけど、もちろん、全員が運動会に出るわけじゃない」
まーくんは優しく教えてくれた。
明智
「むしろ、8割は普段通りの警察業務をしているよ。……仮に参加者が2割だったとして、実際に競技に参加しているのは、さらに半分。残りは、応援や進行、さらに周辺警備だ」
翼
「えっと。4万の、2割の、半分で、……4千人」
明智
「そう。偉いぞ」
まーくんが頭を撫でてくれた。
明智
「この競技場の収容人数は、約5万人だ。警察職員が約8千人だとすると、約4万人が、家族や知人、見学の一般市民だということになるな」
翼
「ふぇー」
まーくんの説明に、やっぱり凄い数だと驚く。
警視庁の中で働いていても、4万人の職員数は実感出来ない。
けれど、こうして一望すると、その数は圧倒的だった。
私って、実はものすごく巨大な組織で働いているんだな。
楽しく食事をし、デザートのプリンを食べていると、フィールドに大勢の人たちが颯爽と現れ、いきなり、楽器の演奏が始まった。
警視庁音楽隊だ。
管楽器、打楽器を中心に、明るい曲調のマーチが何曲もメドレーで演奏される。
一糸乱れぬチームワーク、華やかな音色。
美しい隊列を見せてのマーチングは、本当に素晴らしかった。
HOW HOW
『いやー、素晴らしい演奏でしたね!』
拍手とともに音楽隊が退場すると、本部からのアナウンスは一転、2人組の軽快な喋りになった。
藤守さんが立ち上がる。
藤守
「お、『HOW HOW』や!」
ハウハウ?
HOW HOW
『はーい、警視庁関係者の皆様、こんにちはー!』
こんにちはー!と、観客席のあちこちから挨拶が返される。
人気のある芸人さんなのかな?……そして、関東のお笑いにも詳しいとは、さすが藤守さん。
HOW HOW
『僕ら、今日は、運動会の昼休みを利用して行われる、「逮捕術実演」の様子を、実況放送させて頂きます!』
HOW HOW
『実は、去年もやらせていただいたんですよねー!』
会場から、拍手と声援が沸いた。
HOW HOW
『嬉しいなあ、覚えてくれている人たちもいますね!』
HOW HOW
『じゃあ、今年も張り切っていってみましょう!』
HOW HOW
『よろしくお願いします!』
元気な挨拶に、盛大な拍手が応えた。
食事を終えた私たちも、室長の逮捕術が良く見えるよう、観客席の最前列に陣取って座った。
BGMが消え、録音されたサイレンの音が鳴り響く。
HOW HOW
『あっ!パトカーです!』
HOW HOW
『たった今入った情報によりますと、最寄り駅近くのコンビニで、肉まんを買った男が、お金を払わずに逃走した模様です!』
すると、フィールドの端から、人影が走り出て来た。
肉まんを食べながらの登場に、会場がどっと沸く。
ごく一部、凍りついた私たちを除いて。
HOW HOW
『犯人の特徴は、身長約185cm、痩せ型、筋肉質』
HOW HOW
『肉まんの代金くらい払って欲しいぞ犯人、人として!』
私たちは、引きつった顔を見合わせた。
捜査室全員
「……室長だ……」
明智
「……そっちだったか」
HOW HOW
『黒っぽい服装に黒っぽいニットキャップ、黒っぽいサングラス』
HOW HOW
『「黒っぽい」多過ぎ!』
室長は、フィールドのほぼ中央に立った。
特徴的な金髪と碧眼は帽子とサングラスに隠されているが、肉まんを食べ終えた口元に、きれいな笑みを浮かべているのが見える。
すると、犯人(室長)を追って、スーツ姿の男が3人、現れた。
私たちもよく知っている、捜査三課のベテラン刑事たちだ。
刑事
『大人しくしろ!』
刑事
『もう逃がさんぞ!』
最後の1人は物も言わずに駆け寄り、室長に掴みかかった。
組み合った途端、仕掛けた方の刑事の身体が反転し、音を立てて地に落ちる。
まーくんが頭を抱えた。
明智
「あの人と組んじゃ駄目だ……」
仲間が投げられたのを見て逆上した2人が、室長の両腕を同時に掴んだ。
ところが、押さえ込むどころか思い切り引き寄せられ、2人は互いに、強かに頭をぶつけた。
思わず力が緩んだところで、室長はするりと抜け出す。
HOW HOW
『おおっと、3人やられた!』
HOW HOW
『去年はここで捕まえたんですけどね!』
HOW HOW
『今年の犯人は強いぞ!』
わあっと歓声が上がる。
けれど、もちろん、このままで良いはずがない。
ふらふらと起き上がった3人は、とーんとーん、とバックステップで離れる室長を追って、駆け出した。
室長が身体の向きを変え、トラックに沿って走り出す。
刑事たちは懸命に追うけど、余裕で走る室長には、追い付くどころか離されるばかり。
HOW HOW
『おお!足も速いぞ犯人!』
ところが、この事態に業を煮やした捜査三課は、すかさず刑事を増員した。
数人が、室長の前に回り込む。
翼
「まーくん、室長捕まっちゃう!」
明智
「むしろ捕まってくれ」
増員された刑事は、「突き」を繰り出した。
でもこれは室長に拳と腕を掴まれて捻り上げられたあげく、顎に掌底を叩き込まれて膝をつく。
次は「蹴り」。けれど、かわされたばかりか、反対に、綺麗な回し蹴りを食らってしまう。
「逆(さか)」、「投げ」、「締め」、「固め」……どれも、室長には通用しない。
しかも、上位の技で返されてしまう有り様。
さらに増えた刑事たちは、手に手に得物を持っていた。
警棒、警杖、特殊警棒。
ところが、室長の間合いに踏み込んだ瞬間、警棒は奪われ、警杖は絡め取られ、特殊警棒は弾き飛ばされてしまう。
明智
「……無駄だ。室長は、警備出身だ。対暴漢のスペシャリストだぞ」
小野瀬
「……明智くん」
それまで黙っていた小野瀬さんが、ぽつりと呟いた。
小野瀬
「このままだと、逃げ切るぞ。どうやら穂積は、刑事部に捕まる気がない」
小笠原
「……確かに」
如月
「今日に限っては、刑事を敵視してますからねえ」
藤守
「捕まらんて……、警視庁の威信にかけて、そらアカンやろ!」
けれど、小野瀬さんの言葉通り、室長は囲みを抜け出して、また悠々と走り出した。
大観衆は大受けで拍手と喝采を送っているけど、私たちは気が気じゃない。
ふと、隣で立ち上がったまーくんが、深く息を吸い込んだ。
明智
「刑事じゃ駄目だ、警備を出せ!」
まーくんが、聞いた事の無いような大声を出した。
HOW HOW
『おっ。誰か、「警備を出せ」って言いましたねー?』
大歓声の中、まーくんの声は本部に届いた。
それに呼応するように、あちこちから、警備部の人たちがフィールドに駆け込んで来る。
邪魔になると判断したのか、刑事たち全員が、たちまち退いた。
警備部は最初から集団行動で、遠巻きにぐるりと室長を取り囲む。
包囲網が、徐々に狭まっていく。
室長も足を止め、前後に開いて軽く腰を落とす。
どちらも臨戦態勢だけど、私の不安は消えない。
……それは、この状況でも、室長がまだ逃げきりそうだという不安。
その時。
ピィイイッ、とまーくんが指笛を鳴らした。
室長がこちらを見る。
次の瞬間、まーくんは、手にしていた物を投げた。
全員の視線を集めてフリスビーのように飛んで行ったのは、室長のお弁当。
室長がそれを両手でキャッチした直後、警備隊が一斉に包囲を縮める。
わあっ、という掛け声とともに、室長の姿は見えなくなった。