フトシの恋~弁当にまつわる犯罪~
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穂積
「二人とも、よくやってくれたわ」
捜査室に戻って来ると、穂積もオカマに戻っていた。
偉い偉いと頭を撫でられながらも、櫻井さんは、ちょっと拗ねたような顔をしている。
翼
「室長はいつから、モニターを見ていたんですか?」
彼女は、赤く泣き腫らした目で穂積を睨んだ。
穂積
「アンタの報告を受けた後よ。小笠原が、警備室の監視システムをハッキングしてね。……だから、えーと、顔を舐めたあたりから?」
小笠原が、同意するように頷いた。
小笠原
「室長の名誉の為に言うと、婦女暴行を待ってたわけじゃないよ」
穂積
「当たり前でしょ。画像を確認してすぐ、警備員に『行け!』って怒鳴ったわよ」
穂積は眉をひそめた。
小笠原
「点滴を抜いたのは、傷害罪を加算出来るね」
穂積
「殺人未遂にしたいわよ。ICUの患者を襲うなんて。あんな外道、終身刑に出来ればいいのに」
小笠原
「日本の法律では……」
翼
「やっぱり、見たんだ」
櫻井さんが、ぼそりと言った。
穂積
「あ?」
翼
「未来さんの裸、見たんですね」
同じ言葉を繰り返す櫻井さんに、穂積も困惑気味だ。
穂積
「見たから何?」
翼
「……サイテー」
櫻井さんに言われて、穂積が傷ついた顔をしている。
……穂積も、自分の事となると鈍いんだね。
未来さんの裸なら俺も見たけど、櫻井さん、俺にはやきもち妬いてくれないんだよ。
ちょっと寂しいかな。
穂積
「大人しく聞いてれば、何なの櫻井!あの子の胸が自分より大きかったから、ひがんでるの?!」
翼
「あっ!セクハラ!室長サイテー!」
二人の間で、小笠原が溜め息をついている。
小笠原
「……ホント、くだらない」
翼
「ふぃふぁへんへひふぁ」
穂積の両手に柔らかい頬をつままれ、さらにそれを左右に引っ張られながら、櫻井さんが涙目で謝っている。
穂積
「分かればよろしい。言っておくけど、今、アンタと遊んでる暇はないの!」
翼
「ふぁい」
穂積
「小野瀬!」
やっと、俺の番が来たか。
穂積
「太田が釈放されるぞ」
穂積の笑顔に、俺は大きく息を吸い込んだ。
小野瀬
「嫌疑が晴れたのか!」
穂積
「如月が、太田のアリバイを証明したのよ。もともと事件には関わってないんだから、当然の結果だけどね」
小野瀬
「……良かった……」
ありがとう、如月くん。
穂積
「小笠原。小野瀬に、ここまでの経過を報告して」
小笠原
「了解」
小笠原が、ナナコの画面を俺に向けた。
小笠原
「明智さんと藤守さんからの報告によれば、事件当日、午後七時四十分頃、現場周辺で容疑者Aの目撃証言が複数あった」
容疑者Aは、穂積が選んだ三人のうちの一人だ。
小笠原
「Aは、七年前の強盗致傷での逮捕時に離婚している。出所後は元の家に戻ったが、一人暮らしのまま、定職につかず、近隣住民とのトラブルも絶えず、不気味な存在だったらしい」
画面を見ると、Aは現在、四十歳。
出所直後は、仕事を探そうとして、いくつか面接を受けていたのが分かる。
罪を償って出てきたはずなのに、世間は彼を受け入れてはくれなかったということか。
小笠原
「明智さんたちによれば、事件当時のAのアリバイは無い。事件の後は部屋に鍵をかけて閉じこもっていて、明智さんと藤守さん、それに中央署の二人が見張りを続けている」
ありがとう、明智くん、藤守くん。
穂積
「どうだ、小野瀬」
穂積が微笑んだ。
穂積
「俺が持っているのは、悪魔の目だけじゃないだろう?」
何か言ったら泣いてしまいそうで、俺は黙って頷いた。
小笠原が、真っ白な封筒を俺に差し出した。
小笠原
「前回の逮捕時に採取した、AのDNA鑑定結果だよ」
俺は時計を見て、立ち上がった。
時刻は午後七時。
検査項目を絞れば、今夜じゅうに鑑定の結果を出せるかもしれない。
中央警察署、鑑識室。
午前四時。
DNA鑑定の結果が出た。
未来さんの爪から出た皮膚片と、容疑者AのDNAは、全ての項目で完全一致した。
四兆七千億分の一。
鑑識室に、わあっという歓声が上がった。
そして、関係者に連絡するため、すぐに全員が動き出す。
俺も穂積に電話をかけた。
穂積
『お疲れ、小野瀬』
電話に出た穂積の声は、いつも通り。また徹夜したらしい。
穂積
『お前は一休みして、フトシの所に行ってやれよ』
太田。
そう言えば、太田は、今どこにいるのか。
穂積
『フトシなら、釈放された足で警察病院へ行った』
穂積が、楽しそうに言った。
穂積
『あの子が目を覚まして、フトシの名前を呼んだらしいぞ』
数日後。
俺と穂積は、櫻井さんと共に、未来さんのお見舞いにやって来た。
櫻井さんは、花とプリンを持っている。ちなみに、買ったのは穂積と俺。
ICUから個室に移った未来さんに、太田が小説を読み聞かせている。
太田
「あっ、御大に、櫻井さん。今日は、穂積さんまで!」
太田がニコニコ立ち上がって、未来さんに、初対面の穂積を紹介した。
太田
「未来さん、こちらが穂積さんっす」
未来
「あっ、捜査の指揮をとって下さった……」
彼女が身体を起こそうとしたが、太田と穂積が手で制した。
太田
「穂積さんも、超カッコいいっしょ?」
彼女が笑った。
どうして太田は、好きな子の前で他の男を褒めるかな。
未来
「物語の王子様みたいで、綺麗な方ですね。とても素敵」
穂積
「いや……」
横から、慌てて櫻井さんが割り込んだ。
翼
「こ、この人は駄目ですよっ!オカマだしエロだし暴君だし、お付き合いなんかしたら大変!」
言われた穂積が、櫻井さんの頬を掴んでタコの口にする。
穂積
「アンタ、最近やけにワタシに絡むわねえ!」
俺たちは笑った。
未来
「太田さんの周りは、カッコいい方ばかりですね。前に来て下さった捜査室の刑事さんたちも、みんな素敵でしたし」
太田
「でしょ。自分の自慢なんです」
何故か、太田は胸を張った。
未来
「でも、私は、太田さんが一番好きです」
そう言って、未来さんは頬を染めた。
それを聞いた太田が、熟れたトマトのように赤くなる。
穂積
「お」
翼
「あ♪」
小野瀬
「へえ」
俺たちは顔を見合わせて、急いで帰り支度をした。
小野瀬
「太田、俺たちはこれで失礼するよ」
穂積
「じゃあね、フトシ」
翼
「未来さん、お大事に!」
小野瀬
「太田をよろしくね」
見つめ合う二人を残して、俺たちは笑いながら退散した。
その夜、いつものバーで。
カウンターに座る俺と穂積、間に櫻井さん。
翼
「太田さんと未来さん、きっとうまくいきますよね?」
彼女はさっきからそればかり。
俺は笑って頷く。
小野瀬
「俺、穂積に聞きたい事があるんだけど」
穂積
「ん?」
小野瀬
「穂積は最初から容疑者を三人に絞って、それぞれに見張りもつけてあった。それなのに、病院に櫻井さんを行かせて、変質者を待ち構えていたのは何故?」
穂積は真顔で俺と、櫻井さんを見た。
穂積
「中央署でフトシに質問した時、『彼女は最近、夜道の一人歩きが怖いと言ってた』と答えた」
……確かに、言った。もっと、何気無い話の中でだったはずだけど。
穂積
「三人の容疑者はいずれも強盗致死傷の前科持ちではあるが、性犯罪やつきまといとは無縁だ。だとしたら、夜道で彼女を不安にさせているのは誰か」
翼
「室長は、それが『兜町』だと知っていたんですか?」
穂積
「いいえ。特定は出来なかった。だから、アンタを行かせたのよ」
翼
「?」
穂積
「アンタには、警視庁管内の、全ての不審人物を覚えさせてある。そして、そのうちの誰かが現れれば、アンタは必ずそれを見つけ出す。そう、思ったのよ」
俺は内心舌を巻いた。
穂積も櫻井さんも、感覚で行動しているように見えて、実は超理論派だ。天才的な閃きの裏には、鋭い観察眼と、膨大なデータの蓄積がある。
穂積は彼女の能力をよく『直観』という言葉で表現するが、俺は、その言葉は、穂積にこそ相応しい気がした。
穂積
「念のための措置だったけど、運良く『兜町』が現れた。……まあ、誰かさんが『取り押さえます』って言った時には、正直焦ったわ」
翼
「……言いました。……でも、大人しく、警備員さんたちに任せたじゃないですか……」
彼女は赤くなった。
穂積
「当たり前。あんな変態に近付いて、うちの可愛い子に何かあったら、どうするの」
翼
「すみません……」
『兜町』が未来さんに何をしたか、彼女も思い出したのだろう。
しゅんと下を向いてしまった彼女が、何だか可哀想になってしまった。
小野瀬
「穂積、そういう時には、『《俺の》可愛い子に何かあったら』って言うんだよ」
穂積
「お前はまた余計な事を」
厭そうな顔をした穂積だったが、櫻井さんに見上げられて、うっと言葉に詰まった。
さっきの太田のように、穂積がみるみる赤くなる。
翼
「室長、すみません。私、これから気をつけます」
ほら、彼女だってお前に言って欲しいんだよ。
俺と櫻井さんに見つめられて、穂積は弱りきった顔をした。
けれど、ようやく諦めて、溜め息を一つ。
穂積
「……気をつけろ。……お前に何かあったら、俺は、どうすればいいか分からない」
彼女の顔が、ぱあっ、と笑顔になった。
隣に座る穂積の肩に身を寄せて、えへへ、と幸せそうに笑う。
小野瀬
「穂積、《可愛い》が抜けてたよ」
穂積
「お前ぶん殴るぞ!」
それから、数ヵ月後。相変わらずの、鑑識室の昼休み。
穂積
「フトシー。卵焼きちょうだい」
太田
「はーい、穂積さん」
未来さんは事件のあった店をたたみ、今は商店街の中にある、スーパーマーケットのお弁当コーナーで働いている。
太田とは相変わらずラブラブのようだ。
穂積はまだ知らないが、実は、太田の朝の弁当は、売り物ではない彼女の手作りになった。
それをいつ穂積に打ち明けるかが、現在の鑑識室の課題。
そして、穂積の弁当がいつ彼女の手作りになるのかも、鑑識室での関心事のひとつ。
太田と穂積にあてられて、俺も美味しいお弁当を手作りしてくれる彼女が欲しくなってきた、今日この頃。
~END~