赤羽の夜
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車が走り出してから、俺は室長の事を考えた。
……室長が、キャストにねえ。確かに、身長185㎝のモデル体型で、金髪碧眼の超美形だからね。
オレはだいぶ見慣れて来たけど、初めて室長に会った捜査員だったら、キャストと間違えて捕まえちゃっても無理ないかも。
薄暗かったし。
赤羽の生活安全課までは、まだ悪魔の噂が届いていなかったのかなあ。
でも、これでまた、桜田門の悪魔の名が有名になっちゃうかもね。
いろんな意味で。
赤羽警察署。
早朝の静けさの中、留置所の廊下だけが騒がしかった。
見れば、何人かが留置所の中に向かって、正座している。
俺はそれが、ゆうべの指揮官だと気付いた。
指揮官は室長が応援に来てる事を知ってて、しかも正面の入り口にいた。
だから、この人が、裏口から入る室長の特徴を、正面入り口のチームに伝えておけば、こんな騒ぎにはならなかったのに。
正座させられてるのは気の毒だけど、オレだって、貞操の危機にさらされたんだからね!
俺と小野瀬さんは、できるだけ見ないようにしながら通路を抜けて、留置所に入った。
そして、いくつめかの鉄格子の中に、たった一人、手枕で寝転がっている室長を見つけた。
その長身の前にはカップのコーヒーをはじめ、たくさんのおにぎり、サンドイッチ、新聞に、まっさらのタバコと灰皿まで供えられている。
室長は、そのうちのどれにも、全く手を触れていないのがすぐに分かった。
小野瀬さんが、俺の脇腹を肘で軽くつついた。
如月
「……室長」
室長が、ぴくんと反応した。
即座に反転し、跳ね起きる。
穂積
「如月!お前、無事だったか?」
鉄格子に駆け寄ってくれた室長に、不覚にも、泣きそうになってしまった。
如月
「……はい。……室長こそ……、ひどい目に遭ってたんですね。すみません、俺、知らなくて」
室長は温かい手で、俺の頭をくしゃくしゃ撫でた。
いつもなら逃げるところだけど、今はそれが心地好い。
室長は真っ直ぐに俺を見て、温かく微笑んだ。
穂積
「お前はよくやってくれた。危険な潜入だったが頑張ったな。……俺が捕まったのと、お前の働きは無関係だ。気にするな」
如月
「はい」
ああ、これだ。
俺は、この人に、こんな風に褒められたかったんだよ。
穂積
「何だ、小野瀬も来たのか」
小野瀬
「刑事部長に頼まれて、いやいやだけどね」
穂積
「嘘つけ。面白がって見物に来たんだろうが」
小野瀬
「当たり。いやー、さすが穂積。笑わせてくれる」
穂積
「同じ目に遭えばいいのに」
二人は相変わらずの会話。
穂積
「まあいい、ありがとう」
室長は鉄格子の向こうで、軽く頭を下げた。
穂積
「じゃ、帰るか」
そう言うと、室長は自分で鉄格子の扉を開いて、出てきた。
鍵、閉まってなかったんだ。
小野瀬
「どうも、お邪魔しました」
小野瀬さんが言うと、正座していた指揮官たちは小さくなり、そのまま、土下座で俺たちを見送る。
けれど、室長は一度も、彼らを振り返らなかった。
穂積
「あー、やっぱり娑婆はいいわねえ」
機嫌が直ってオカマに戻った室長が、リクライニングさせた助手席で、伸びをした。
如月
「お勤め、ご苦労様でした」
穂積
「あんたもね」
室長は頭を反らせて、後部座席の俺を仰ぎ見た。
穂積
「まあ、全員逮捕出来たし、勾留される気分も分かったし、赤羽の署長には貸しが出来たし」
室長は、くっくっと笑う。
如月
「収穫ありましたねえ」
俺は、つられて笑った。
穂積
「腹ペコだから、どこかでモーニングでも食べましょうか」
如月
「賛成ー!」
小野瀬
「じゃあ、組長の出所祝いに、俺がご馳走しましょうか」
小野瀬さんが言い、俺たちはみんなで笑った。
長い長い夜が明け、また、警視庁での一日が始まる。
そんな、赤羽の朝の話。
~END~