夏のイベント大作戦
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明智さんと池上署
翼
「ええと……交通安全教室でしたら、経験がありますので、少しはお役に立てるかと思いますけど……」
穂積
「アンタ、腹話術とか出来る?」
翼
「……はい?」
室長は、手にしたファイルをペラペラ捲った。
穂積
「池上署の『交通安全のつどい』があるわよ。今回は、ステージだけど」
室長は開いたページの向きを変えて、そのファイルごと、私に手渡した。
《池上署 イベント 交通安全のつどい》
《実施日 ○○年9月8日(土)
時 間 :午後2時00分~午後4時00分
場 所 :大田区民プラザ大ホール
参加人員 500名 》
《内 容:
第1部「講演」
第2部「交通安全教室」女性警察官による腹話術
第3部「アトラクション」都立**高校 和太鼓部による演奏》
翼
「……想像してたのと違う」
全員が、どっと笑った。
私は恥ずかしくて小さくなる。
翼
「うう……腹話術は出来ません……」
穂積
「出来なくていいわよ」
室長が、頭を撫でてくれた。
穂積
「一度、この手の交通安全も見ておく方が良さそうね。明智に付いて行きなさい」
翼
「はい」
私が明智さんを見ると、明智さんは優しく微笑んでくれた。
《交通安全のつどい》会場。
開場前のロビーで、明智さんは、主催者から受け取ったメモを見せてくれた。
明智
「今日の仕事は、入退場の整理と誘導だ。定員500人だからな、忙しいぞ」
翼
「はい、頑張ります」
明智
「その代わり、入場の誘導が終わったら、空いている席で、観客と一緒にステージを見ていていいそうだ」
翼
「えっ、本当ですか」
明智
「終了まではな。終わると一斉に出てくるから、怪我人の出ないよう、誘導が必要だ」
翼
「はい」
本当に、それだけでいいのかしら。
明智
「楽しい仕事じゃないぞ。だが、俺は隣にいるからな」
翼
「?」
私が言葉の意味を聞く前に、明智さんは時計を見た。
明智
「そろそろ開場の時間だ。櫻井、扉を開けてくれ」
翼
「はい」
明智さんは通路の奥、ホールの入口近くで待機してくれている。
私がガラス張りの大きな扉に近付くと、すでに、外には百人以上の人たちが並んでいるのが見えた。
私は鍵を外して、片方ずつ扉を開けた。
待っていた人たちは一様に笑顔になって、置いた荷物を持ち上げたりしながら、私の指示を待っている。
翼
「大変お待たせいたしました。ホールの入り口は左右にあります。お席はじゅうぶんありますので、ゆっくりと中へお進み下さい」
左右の入り口にはそれぞれ、明智さんと別の署員が待機している。
行列が動き始め、私は声を掛け続けながら、行列が切れるまで、誘導を続けた。
開始時間5分前になり、入場者もまばらになったので、私は明智さんの方に戻った。
明智さんに伴われてホールに入ると、いつの間にか二階まで満席。
明智さんは抜かりなく座席を確保してくれてあって、そこに並んで座った。
翼
「盛況ですね」
明智
「ほら」
明智さんがパンフレットをくれたので、私はそれを広げた。
最初は講演、『講師』の欄には、私も知っている俳優さんの名前。
顔写真を見て、あっ、と思った。
翼
「この人、半年ぐらい前に、娘さんが、交通事故で」
もう、声が震えてしまった。
春、小学校に入学したばかりの一人娘が、青信号で横断歩道を渡っていたところ、前方不注意のトラックに轢かれて亡くなったのだ。
トラックの運転手は現行犯逮捕されたけれど、娘さんは結局、助からなかった。
私が概要を話すと、明智さんが頷いた。
明智
「世田谷の事故だな」
事故の詳しい状況や、小さな女の子の最期を看取った親の気持ちなどは、登場した俳優さんが、涙ながらに、けれど気丈に話してくれた。
私も涙が止まらない。
明智さんが、ずっと、背中を擦っていてくれた。
『もうこれ以上、誰も、交通事故で深い悲しみと喪失感を味わう事が無いよう、心から祈ります』と言って、講演は終わった。
拍手と会場の啜り泣きは、ステージが腹話術になっても、なかなかおさまらなかった。
高校生の太鼓は会場の雰囲気を変えてくれたが、おそらく全員の記憶に、あの俳優さんの涙は刻み込まれたと思う。
閉会の言葉が読まれる前に、私と明智さんは退場者を誘導する為、通路に出た。
私はまだハンカチを握り締めていた。
明智
「櫻井、今度は奥にいろ。俺が表に出る」
涙で顔がぐしゃぐしゃの私は、明智さんの言葉に甘える事にした。
翼
「すみません」
明智さんは私の頭をぽんぽんと撫でて、ロビーの方へ歩いて行った。
その後ろ姿を見ながら、私はぼんやりと、今朝の事を思い出した。
穂積
『一度、この手の交通安全も見ておく方が良さそうね』
室長は知っていたんだ。
ステージ上の、たった一人の生の声が発揮する力を。
その真実の訴えが、会場の人々の心にもたらす効果を。
だから、行け、と言った。
それに、明智さんも。
知っているから、『楽しい仕事じゃない』と、『俺は隣にいるから』と言ってくれたんだ。
交通課で、何度も、「信号をよく見て渡ろう」「車に気をつけよう」という言葉を口にした。
それなのに私自身が、信号を守っていても、車に気をつけていても、それでも事故は起きるという事実から、逃げてきた。
今日、二人は私に、現実を教えてくれた。
明智
「櫻井、帰ろう」
明智さんの声に、私は顔を上げた。
翼
「はい」
心配そうに覗き込んでくれる明智さんに、私は首を振り、精一杯の笑顔で応えた。
翼
「ありがとうございました」
明智さんは私をじっと見つめた後、微笑んで、背中を押してくれた。
~明智編 END~
翼
「ええと……交通安全教室でしたら、経験がありますので、少しはお役に立てるかと思いますけど……」
穂積
「アンタ、腹話術とか出来る?」
翼
「……はい?」
室長は、手にしたファイルをペラペラ捲った。
穂積
「池上署の『交通安全のつどい』があるわよ。今回は、ステージだけど」
室長は開いたページの向きを変えて、そのファイルごと、私に手渡した。
《池上署 イベント 交通安全のつどい》
《実施日 ○○年9月8日(土)
時 間 :午後2時00分~午後4時00分
場 所 :大田区民プラザ大ホール
参加人員 500名 》
《内 容:
第1部「講演」
第2部「交通安全教室」女性警察官による腹話術
第3部「アトラクション」都立**高校 和太鼓部による演奏》
翼
「……想像してたのと違う」
全員が、どっと笑った。
私は恥ずかしくて小さくなる。
翼
「うう……腹話術は出来ません……」
穂積
「出来なくていいわよ」
室長が、頭を撫でてくれた。
穂積
「一度、この手の交通安全も見ておく方が良さそうね。明智に付いて行きなさい」
翼
「はい」
私が明智さんを見ると、明智さんは優しく微笑んでくれた。
《交通安全のつどい》会場。
開場前のロビーで、明智さんは、主催者から受け取ったメモを見せてくれた。
明智
「今日の仕事は、入退場の整理と誘導だ。定員500人だからな、忙しいぞ」
翼
「はい、頑張ります」
明智
「その代わり、入場の誘導が終わったら、空いている席で、観客と一緒にステージを見ていていいそうだ」
翼
「えっ、本当ですか」
明智
「終了まではな。終わると一斉に出てくるから、怪我人の出ないよう、誘導が必要だ」
翼
「はい」
本当に、それだけでいいのかしら。
明智
「楽しい仕事じゃないぞ。だが、俺は隣にいるからな」
翼
「?」
私が言葉の意味を聞く前に、明智さんは時計を見た。
明智
「そろそろ開場の時間だ。櫻井、扉を開けてくれ」
翼
「はい」
明智さんは通路の奥、ホールの入口近くで待機してくれている。
私がガラス張りの大きな扉に近付くと、すでに、外には百人以上の人たちが並んでいるのが見えた。
私は鍵を外して、片方ずつ扉を開けた。
待っていた人たちは一様に笑顔になって、置いた荷物を持ち上げたりしながら、私の指示を待っている。
翼
「大変お待たせいたしました。ホールの入り口は左右にあります。お席はじゅうぶんありますので、ゆっくりと中へお進み下さい」
左右の入り口にはそれぞれ、明智さんと別の署員が待機している。
行列が動き始め、私は声を掛け続けながら、行列が切れるまで、誘導を続けた。
開始時間5分前になり、入場者もまばらになったので、私は明智さんの方に戻った。
明智さんに伴われてホールに入ると、いつの間にか二階まで満席。
明智さんは抜かりなく座席を確保してくれてあって、そこに並んで座った。
翼
「盛況ですね」
明智
「ほら」
明智さんがパンフレットをくれたので、私はそれを広げた。
最初は講演、『講師』の欄には、私も知っている俳優さんの名前。
顔写真を見て、あっ、と思った。
翼
「この人、半年ぐらい前に、娘さんが、交通事故で」
もう、声が震えてしまった。
春、小学校に入学したばかりの一人娘が、青信号で横断歩道を渡っていたところ、前方不注意のトラックに轢かれて亡くなったのだ。
トラックの運転手は現行犯逮捕されたけれど、娘さんは結局、助からなかった。
私が概要を話すと、明智さんが頷いた。
明智
「世田谷の事故だな」
事故の詳しい状況や、小さな女の子の最期を看取った親の気持ちなどは、登場した俳優さんが、涙ながらに、けれど気丈に話してくれた。
私も涙が止まらない。
明智さんが、ずっと、背中を擦っていてくれた。
『もうこれ以上、誰も、交通事故で深い悲しみと喪失感を味わう事が無いよう、心から祈ります』と言って、講演は終わった。
拍手と会場の啜り泣きは、ステージが腹話術になっても、なかなかおさまらなかった。
高校生の太鼓は会場の雰囲気を変えてくれたが、おそらく全員の記憶に、あの俳優さんの涙は刻み込まれたと思う。
閉会の言葉が読まれる前に、私と明智さんは退場者を誘導する為、通路に出た。
私はまだハンカチを握り締めていた。
明智
「櫻井、今度は奥にいろ。俺が表に出る」
涙で顔がぐしゃぐしゃの私は、明智さんの言葉に甘える事にした。
翼
「すみません」
明智さんは私の頭をぽんぽんと撫でて、ロビーの方へ歩いて行った。
その後ろ姿を見ながら、私はぼんやりと、今朝の事を思い出した。
穂積
『一度、この手の交通安全も見ておく方が良さそうね』
室長は知っていたんだ。
ステージ上の、たった一人の生の声が発揮する力を。
その真実の訴えが、会場の人々の心にもたらす効果を。
だから、行け、と言った。
それに、明智さんも。
知っているから、『楽しい仕事じゃない』と、『俺は隣にいるから』と言ってくれたんだ。
交通課で、何度も、「信号をよく見て渡ろう」「車に気をつけよう」という言葉を口にした。
それなのに私自身が、信号を守っていても、車に気をつけていても、それでも事故は起きるという事実から、逃げてきた。
今日、二人は私に、現実を教えてくれた。
明智
「櫻井、帰ろう」
明智さんの声に、私は顔を上げた。
翼
「はい」
心配そうに覗き込んでくれる明智さんに、私は首を振り、精一杯の笑顔で応えた。
翼
「ありがとうございました」
明智さんは私をじっと見つめた後、微笑んで、背中を押してくれた。
~明智編 END~