夜桜を観に行こう
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~拍手御礼SS vol.4~
*夜桜を観に行こう*
~ヒロインと捜査室&小野瀬~
~翼vision~
揺れる窓から見える景色は、どこもかしこも、春。
夕暮れ間近の電車の中は、帰宅する人たちで混んでいるが、出勤ラッシュほどではない。
私は窓に背を向ける長椅子の中ほどに座って、顔だけ外に向け景色を見ていたが、再び、顔を車内に戻した。
私の右隣には、一抱えもある重箱を風呂敷に包んで膝に乗せた、明智さん。
目が合うと、やわらかく微笑んでくれた。私も、つられて微笑む。
その向こうは椅子が切れ、手すりの先には藤守さんが立って、ドアの窓から景色を眺めている。
藤守さんが子供のような顔で一人微笑んでいるのは、たぶん、電車に乗るのが好きだから。
通路を挟んだ向かい側の席から、如月さんが笑顔で手を振ってくれた。
私ももちろん、同じように振り返す。
如月さんの隣に、顔色のすぐれない小笠原さん。
人混みの嫌いな小笠原さんだけど、最近は、短い時間なら電車にも乗れるようになったみたい。
すごい進歩だと思うけど、しっかりとPCを抱えている両手が白い。大丈夫かな、小笠原さん。
私の左隣には、小野瀬さん。
さっきからうとうとしていたけど、目を閉じたと思ったら、少しずつ私の肩にもたれてきた。
きっと昨夜も徹夜だったんだな。
その小野瀬さんのジャケットの内ポケットから、鮮やかな手口でマネークリップが引き抜かれた。
そのまま自分のポケットにそれを入れたのは、室長。
小野瀬さんは全く気付かす、すやすや眠っている。
私が呆れ顔を上げて睨むと、室長は吊革に捕まっていない方の手で、しー、と自分の唇に人差し指を当てて見せた。
向かい側の席では、如月さんと小笠原さんが私たちのやりとりに大受けして、声を出さずに笑っている。
小野瀬さんが無防備なのもいけないんだけど、室長のスリの腕前が巧み過ぎて怖い。
いけないと思いつつ、私も自然と笑ってしまった。
今日は定時で仕事を切り上げて、みんなで夜桜見物をするつもり。
桜田門でも大きな桜が満開になっていたけど、あまり近くや花見の名所では、身内(警察官)が多くて落ち着かない。
うっかり見つかって、花見の警備を手伝わされないとも限らない。
それなら電車でぶらり旅、と言い出したのは、もちろん藤守さんだ。
電車なら、花見でお酒も飲めますよ。穴場のいいトコありますよ。
それが決定打になって、電車もたまにはいいかもねと採用されたのだ。
明智さんがお弁当を作ると言ってくれて。いつものように小野瀬さんも誘って。
全員、明日も仕事だから、終電から逆算するとそう遠くへは行けないけど。
普段と違うシチュエーションに、私は内心わくわくしていた。
藤守さんが先導してくれて、降りた駅から歩く事五分。
住宅街を抜けると、川が見えた。
翼
「わあ」
川の両岸に、見上げるほどの桜が延々と植えられていて、それが、見事に満開を迎えていた。
藤守
「周りが田んぼですからね、多少なら騒いだかて迷惑にならないでしょ」
なるほど、川とは言っても、灌漑用の水路なのかもしれない。
けれど、桜の下が遊歩道になっているので、所々に淡いオレンジの街灯が点いていて、とても幻想的だ。
翼
「素敵……」
明智
「確かに穴場だな」
如月
「遠ーくの対岸に花見仲間発見!」
小笠原
「静かで最高」
小野瀬
「ロマンティックだね」
穂積
「藤守、お手柄よ。ありがとう」
室長に褒められて、藤守さんも嬉しそう。
穂積
「さー、始めましょ」
室長の号令で、如月さんと小笠原さんが遊歩道にシートを敷く。
広いので、遊歩道の通行にも支障は無さそう(誰も通らないけど)。
全員が座って飲み物も行き渡ったところで、室長が藤守さんを指名した。
藤守
「えー、ほな、乾杯!」
全員
「乾杯!」
全員が声を揃えて応えた。
明智さんが、重箱を次々に開いていく。
そのたびに豪華なお料理が現れて、わあっ、と歓声が上がった。
藤守
「んー、最高!」
如月
「うまー!」
如月さんと藤守さんが、どんどん料理を平らげていく。
明智さんに取り分けてもらって、小笠原さんも、手鞠寿司を頬張った。
室長は今日は日本酒。
一人烏龍茶の小野瀬さんはいつものように、みんなの世話をやいてくれている。
明智さんと小野瀬さんは、職場では時々険悪になる時もあるけど、今は、まるで二人お母さんがいるみたい。
私は、左右に室長と小野瀬さんという、各々のファンクラブが見たら卒倒されそうな贅沢な席で。
目の前には明智さん、藤守さん、如月さん、小笠原さん。大勢の、大好きな人たちに囲まれて。
短いけれど、幸せで幸せで、楽しい楽しい時間を過ごした。
あっという間にお開きの時間になり、それぞれ持ち場を片付けていると、明智さんがそっと、小さな包みを私にくれた。
明智
「お前だけに特別なデザートだ」
デザートなら、桜餅をたくさん作って来てくれたのに。
そおっと開いて見たら、小さな可愛い三色の花見団子が二本。
お礼を言おうとすると、「言うな」という風に手を振って笑ってから、背中を向けてしまった。
それをバッグに入れていると、小笠原さんが近付いて来た。
小笠原
「……帰りは隣に座ってね」
小声で言った後でじっと見つめるので、笑い出したくなるのを堪えて、頷いた。
小笠原
「……約束」
小笠原さんが去って行くと、次に来たのは如月さん。
如月
「あー楽しかったねえ!」
翼
「はい」
ニコニコしながら、如月さんは桜を見上げた。
如月
「桜っていいよね!」
私が頷くと、如月さんは声をひそめた。
如月
「翼ちゃん、本州の花が終わったら、俺と、北海道へ花見に行かない?」
翼
「えっ」
返事をする間もなく、如月さんはクスクス笑いながら、シートを抱えて歩いて行ってしまう。
私も歩き出そうとして、ふと、藤守さんが足を止めて、川の向こうを眺めているのに気付いた。
視線を追ってみると、遠くの線路を電車が走っているのが見えた。
藤守
「夜の電車も好きやねん」
少しうっとりとしたように、藤守さんが呟いた。
翼
「光が温かくて、いろいろな人が乗っているのが分かりますね」
振り向いた藤守さんが、嬉しそうな顔をした。
藤守
「うん、そう。その人たちの人生を考えるのが好きなんや」
分かる気がする。
藤守
「乗ったらもっと楽しいで。今度、一緒に……」
私が顔を上げると、藤守さんはたちまち打ち消した。
藤守
「なんてな!」
翼
「あっ」
逃げちゃった。
小野瀬
「相変わらずシャイだねえ、藤守くんは」
ふわりと近付いて私の肩に手を乗せたのは、小野瀬さん。
小野瀬
「駅からは、俺がお送りいたしますからね、姫」
確かに、この人なら、女の子を誘い損ねるような事は無いだろう。
小野瀬
「よろしければ、この後、二人きりでお茶でもいかがですか?」
翼
「ふふ、ありがとうございます。でも、父が厳しいので」
小野瀬
「父?」
穂積
「お~の~せ~」
近付いて来る室長の姿を見て、小野瀬さんは、あーあ、と呻いて肩から手を離した。
小野瀬
「仕方ないなあ。また今度、邪魔が入らない所でね」
小野瀬さんは室長から逃げるように、先に、駅へ向かって歩き出した。
穂積
「相変わらずねえ、あいつも」
翼
「ふふ」
室長は、そんな小野瀬さんの背中を睨んでから、私を見下ろした。
穂積
「楽しかった?」
翼
「はい、とっても!」
私は笑顔で答える。
不意に、室長が手を伸ばして、私の髪に触れた。
翼
「?」
じっとしていると、室長はふっと微笑んで、その手を私の前で開く。
穂積
「付いてた」
室長の掌には、数枚の、桜の花びら。
いつの間に。
翼
「ありがとうございます」
お礼を言う私に目を細めてから、桜を見上げて、室長が呟いた。
穂積
「……山桜 霞の間より ほのかにも 見てし人こそ 恋しかりけれ」
翼
「え?」
室長は、ふふ、と笑った。
穂積
「さ、帰りましょ」
私は返事に詰まって、ただ頷いた。
電車の旅で、満開の桜と、美味しいお料理。
皆からの優しさと、お酒の香りに、何だか、ほんのりと酔ってしまいそう。
切符を買おうとした小野瀬さんがマネークリップの無い事に気付いて室長と大騒ぎを始めるまであと数分。
私は室長と並んで歩きながら、楽しかった花見の余韻を、静かに味わっていた。
~END~