選ばれた乙女
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~小野瀬vision~
翼が爆発に巻き込まれ、入院してから、間もなく一週間。
治療とリハビリの成果で、痛みもだいぶ薄れ、体調は落ち着いてきたようだ。
本当に、良かった。
毎日、会いに来るたびに、彼女が元気になっていくのを感じるのは幸せな事だ。
今までたくさん辛い思いをさせた、その何倍も幸せにしたいと思う。
彼女の力になりたいと、心から思う。
胸の奥から、閉じ込めてきた想いが溢れて、抑えきれない。
けれど、その想いに身を任せるのは、なんて甘美で心地好いんだろう。
こんな感覚は初めて。
俺は、俺に向けられる翼の笑顔を見つめながら、彼女の髪を撫でた。
……髪。
小野瀬
「……ねえ、翼」
翼
「はい」
小野瀬
「シャンプーしてあげようか」
翼
「……はい?」
彼女は面白い顔をした。
タオルやシャンプーの準備をしながら盗み見すると、翼は百面相をしていた。
恥ずかしいから断りたいけど、俺が張り切っているので断り切れない、そんな顔。
それから、実は甘えてみたい気持ちも、ちょっぴり。
小野瀬
「俺、迷惑?」
意地悪く訊いてみれば、彼女は慌てて、真顔で首を横に振った。
翼
「嬉しい、けど」
翼は真っ赤になって、俯いた。
ごめんね。
これまでの女性に、こんなに強く、一緒にいたいと思う相手はいなかった。
だから、自分でも加減が分からないんだよ。
とても自分自身の台詞とは思えないような事を言って、俺は彼女にキスをした。
小野瀬
「これから、俺、きみには感情を制御しないから」
だから、嫌な時には叱って。
そう言うと、彼女は頬を染めて、うん、と頷いた。
洗髪室に準備を調えた俺は、病室に戻って、待っていた彼女の顔を覗き込んだ。
小野瀬
「お待たせ」
翼
「ううん」
ああ、笑ってくれた。
けれど、なかなか、動こうとしない。
小野瀬
「もしかして、恥ずかしい?」
翼
「……恥ずかしい、です」
俺は彼女の耳元に顔を寄せて、低い声で囁いた。
小野瀬
「大丈夫。……すぐに、何も考えられなくしてあげる」
翼
「……それ、シャンプーの時の台詞じゃないですよね?」
俺は翼のささやかな抵抗に耳を貸さず、彼女の左腕の下に肩を入れ、両膝の裏に腕を差し込んだ。
翼
「!」
力を込めると、彼女の身体は、ふわりと俺に抱き上げられていた。
小野瀬
「やっぱり、軽いね」
ひゃー、と彼女が喚いた。
暴れると危ないよ。
翼
「ご、ごめんなさい!歩けるから!」
小野瀬
「どうして謝るの?それに、俺がこうしたいだけ」
そう言って笑い、俺は彼女をお姫様抱っこしたまま、廊下に出た。
このままどこかへ連れ去ってしまいたかったけど、洗髪室はすぐそこだ。
一時間しか使えないしね。
俺は彼女を抱えて、洗髪室に運び込んだ。
小野瀬
「はい、到着」
洗髪室に入って彼女をそっと椅子に降ろすと、俺は、後ろ手に扉の鍵をかけた。
それから彼女の傍らに戻って、甘く囁く。
小野瀬
「やっと、二人きりになれたね」
翼
「……だから、それは、シャンプーの時の台詞じゃないですよね?」
照れ隠しに口答えする翼の唇に指を押し当てると、彼女は大人しくなった。
そのまま、額に、ちゅ、とキスする。
小野瀬
「これからは、恋人の時間」
翼
「え」
真っ赤になって、きみは本当に可愛いね。
小野瀬
「……全部、俺に任せて」
肩にタオルを掛けてブラッシングを始めると、翼は顔を上げて、俺を見た。
小野瀬
「なあに?」
翼
「ううん。ブラシも上手だなって」
微笑む翼は、表情も言葉遣いも、少し和らいだよう。
小野瀬
「ありがとう。きれいな髪だからね、丁寧に扱ってあげないと」
ブラッシングの行き届いたところで、俺はもう一度、彼女を抱き上げた。
備え付けの椅子にマットを組み合わせた、即席のベッドに仰向けに寝かせる。
髪が洗髪台に入るように位置を合わせて、首の後ろに丸めたタオルを当てた。
小野瀬
「頭、重くない?」
翼
「……うん、とっても、楽」
小野瀬
「翼?」
彼女は涙ぐんでいた。
翼
「こんなに大切にしてくれて、ありがとう、葵」
ヤバい。俺も泣きそう。
小野瀬
「どういたしまして」
俺はわざと明るい声で応えてから、シャワーのお湯をぬるま湯に調整した。
自分の腕の内側に湯を掛けてみて、少し物足りないぐらいの温度にしておく。
小野瀬
「顔にタオルを掛けるね」
翼
「うん」
小野瀬
「一度、髪を流すからね」
翼
「うん」
彼女が力を抜いた。そう。リラックスしていてくれたら、俺も嬉しいよ。
俺は彼女の髪にたっぷりとぬるま湯を掛けて、丹念に汚れを洗い流した。
小野瀬
「翼、熱くない?」
翼
「うん。ぬるめで、ちょうどいい」
次に、シャンプーを手に取り、ネットを使ってよく泡立てる。
それからその泡を使って、生え際から頭頂部に向かって、地肌を優しくマッサージするように洗い始めた。
俺の指が髪の間を滑るたび、彼女が穏やかな吐息を洩らす。
小野瀬
「気持ちいい?」
滑らかな髪と肌の熱さに、俺の方も軽く息が上がってきた。
さらに指を動かすと、翼が、はあっ、と息を吐いた。
翼
「すごく……気持ち…いい……」
うっとりした声に、俺の方は、ちょっと後ろめたい気持ちになってくる。
いけない、いけない。
邪念を振り払いつつ、こめかみのツボもマッサージしてあげてから、ぬるま湯で、よーく洗い流した。
軽く搾って、次はトリートメント。
頭皮につかないよう、毛先まで髪に馴染ませる。
小野瀬
「このまま、五分くらい置くね」
翼
「うん」
俺は一旦、翼の顔のタオルを外した。
上気した頬の翼が、伏せていた瞼を開く。
小野瀬
「疲れてない?」
翼は、うん、と言った。
小野瀬
「飲み物、持って来ようか」
翼
「ううん……」
翼は首を振って、両腕を俺の方に伸ばした。
翼
「ここにいて、葵……」
翼の艷やかな唇が、俺の名前を呼んだ。
どくん、と身体の芯が疼く。
小野瀬
「翼」
横たわる彼女の腕に引き寄せられるように、俺は、翼と唇を重ねた。
翼の手が俺の背中と、髪の中で俺を求める。
むせるようなトリートメントの香りにくらくらしながら、俺は翼の舌を絡めとり、吸い上げ、唇を食んだ。
翼の唇は柔らかくて甘くて熱くて、俺はもう理性が飛びそう。
その時。
不意に、翼の腕から力が抜けて、俺の背から滑り落ちた。
小野瀬
「?」
……しまった!
俺は跳ね起き、翼の虚ろな目と真っ赤な顔を見て、血の気が引いた。
小野瀬
「翼っ」
慌ててタオルを冷水で絞り、翼の顔に当てる。
小野瀬
「翼、翼っ!」
翼
「……ふにゃ~……」
ぐったりして目を回しているが、翼が返事をした。
俺はひとまずホッとし、ほとんど温度の無いお湯で、急いでトリートメントを残さず洗い流した。
濡れた髪をタオルで挟み、ひとまとめにして翼を抱き上げる。
涼しい病室に戻って来る頃には、翼も意識を取り戻していた。
翼
「……あおい……」
タオルで髪の水気を取っていると、翼が泣きそうな声を出した。
翼
「……ごめんなさい……」
いや、謝るのは俺の方だし。
小野瀬
「本当に、ごめん。シャンプーの最中にあんなキスしたら、のぼせるに決まってるよね」
思い出したのか、翼はまた真っ赤になった。
小野瀬
「髪が傷むから、早く乾かそう」
翼
「うん」
俺はマイナスイオンのドライヤーで、素早く翼の髪を乾かした。
トリートメントの香りが鼻をくすぐるたびにおかしな気分になるけれど、病室なのが幸いして、無事に乾かす事が出来た。
仕上げに綺麗にセットして、はい、出来上がり。
翼
「うわあ、しっとりさらさら。どうもありがとう」
翼の喜ぶ声に、俺は安堵と罪悪感。
翼
「葵、美容師さんより上手」
小野瀬
「本当?じゃあ、今度から毎日洗ってあげる」
俺の言葉に、しまった、という顔をした翼だが、もう遅いよ。
小野瀬
「明日は身体を拭いてあげるね」
翼
「えっ!いやあの、身体は大丈夫だから!」
予想通り、翼は飛び上がって驚いた。
小野瀬
「遠慮しないで。ハーブとフローラルと、どっちの清拭剤がいいかなあ」
翼
「どっちも遠慮します……」
俺は声を立てて笑ってから、むくれている翼の唇にキスした。
小野瀬
「シャンプーしてる時の翼も、色っぽかったよ」
翼
「もう!」
翼は顔を真っ赤にしたまま、小さな拳で、俺の胸をぽかぽか叩いた。
大切な大切な、俺の恋人。
念のために言っておくけど、俺は本気だよ。
明日はきっと、身体を拭いてあげるからね。
~END~
おまけ
小野瀬
「……と、いう目に遭わせちゃった。ごめん」
穂積
「そんな報告はいらん!!」