瀕死の白鳥
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諏訪野龍一が拳銃を?
小野瀬
「本当なの、明智くん?」
明智
「……いえ……初耳です」
諏訪野の言葉に、明智くんの顔色も変わっている。
明智
「諏訪野さん、どこから、その情報を?」
諏訪野
「すまないけど、又聞きだ。俺は現物を見ていない」
明智
「構いません。詳しく聞かせて下さい」
明智くんが黒い手帳を取り出して、メモをとり始めた。
諏訪野
「俺の父親が、愛人に『知り合いから拳銃をもらった』と話しているのを酒場で聞いた、と、知人が教えてくれたんだ。つい先日の事だ」
明智
「お差し支えなければ、その、知人の方のご住所とお名前をうかがえませんか」
諏訪野
「差し支えがあるので教えられない」
諏訪野は薄く笑ったが、目は笑っていなかった。
諏訪野
「彼はいわゆる組員だが、嘘を言う人物じゃない。彼が聞いた父親の言葉はそれだけで、父親はすぐにタクシーで出ていってしまったそうだ」
明智
「……」
諏訪野
「その後、いくつか入って来た話を総合すると、どうやら、父親と取り引きをした薬師寺という男が、マリファナの代金の一部として、拳銃を一挺、手渡したらしい。拳銃の種類はスミス&ウェッソンの38口径。実弾の数は分からない」
明智
「……」
諏訪野
「俺が知っているのは、それだけだ。曖昧な情報で申し訳ない」
明智
「いいえ。ありがとうございます」
明智くんは目を逸らさずに諏訪野の話を聞いて、手帳を閉じると俺を見た。
明智
「……諏訪野龍一が拳銃を所持しているという情報は、今まで入っていませんでした。すぐに室長に報告して、指示を仰ぎます。如月!」
如月
「はいっ」
明智
「神奈川県警にいる小笠原に、今聞いた話を伝えろ。それから、警視庁に連絡して、大至急、留置されている薬師寺を尋問して、拳銃に関する事実確認を取るように言うんだ」
如月
「了解ですっ!」
如月くんは、諏訪野と俺に一礼すると、無線連絡の為に、車に駆け戻って行った。
明智くんの方も、すぐに穂積に電話をかけて報告を始める。
その通話が終わるよりも早く、俺のP‐phoneが鳴った。
神奈川県警からのメールだ。
《諏訪野龍一が拳銃を所持している可能性が浮上したため、藤沢市鵠沼、諏訪野翔所有のマンション周辺の警官は、防弾ベストを着用する事。
現在、事実確認を行い、SIT派遣も視野に入れつつ対策を検討中。
龍一と同室していると思われる女性の保護を最優先し……》
SIT。
警視庁刑事部捜査第一課に所属する、特殊捜査班だ。
小野瀬
「……」
俺は諏訪野に、湘南一帯にいる警察官全員に一斉送信された、そのメールの画面を見せた。
諏訪野は秀麗な顔をぴくりとも動かさずにそれを読むと、俺の手のP‐phoneを、静かに押し戻した。
諏訪野
「……響子さんの自殺未遂の後、父親は、俺が彼女の為に大麻の栽培を引き継いでいる事を知って、余ったマリファナをくれと言って来た」
問わず語りに口を開いた諏訪野の言葉に、俺はただ頷いた。
小野瀬
「……うん」
諏訪野
「俺は、父親が、そのマリファナを売っているのを知ってた」
小野瀬
「うん」
マンションの周りでは警察官たちが慌ただしく動き始めたが、俺と諏訪野の近くにはいない。
諏訪野が淡々と話す声は、喧騒の中にあっても、まるで取調室にいるように、鮮明に俺の耳に届いていた。
諏訪野
「知りながら、止められなかった」
諏訪野の声に、初めて、悔やむような響きが加わった。
諏訪野
「後は、お前も知っての通りだ。俺は地元の組の幹部に根回しをして、父親の取引に見て見ぬふりをしてもらい……、結果として、父親を増長させ、こんな状況に追い込んだ」
小野瀬
「……お前のせいじゃない」
諏訪野は首を横に振った。
諏訪野
「俺は、最初に、父親に言った。湘南の住人をマリファナで汚す事だけはしないでくれ。他のクスリにも、銃にも、絶対に手を出さないでくれ、と。……だが」
諏訪野は、駐車場から、マンションの二階を見上げた。
諏訪野
「……だが……いつかは、こんな事になるだろうとも思っていたんだ」
小野瀬
「諏訪野……」
諏訪野
「それでも、俺は……」
そこまで呟いて口を噤み、父親のいるはずの窓を見つめる、諏訪野の唇が微かに震えていた。
諏訪野の言葉の続きは、俺にも分かった。
それでも、諏訪野は。
諏訪野は、父親に、必要とされていたかったんだ。
小野瀬、頼む。
諏訪野の、心の中の声が聴こえた気がした。
俺の父を死なせないでくれ。
小野瀬
「……」
朝陽の中で、諏訪野の白い姿は、眩しいくらいに輝いている。
昔から、誰よりも気高く、誰よりも優しく、誰よりも強い男だった。
それなのに、どうして、こいつだけがこんなに苦しまなければならなかったんだろう。
もしも、俺が鎌倉に居続けていたら、何かが変わっただろうか。
ずっとこいつの傍にいたとしたら、俺は、こいつの力になれていただろうか。
今からでも、何か、してやれる事は無いのか。
穂積
「説得してみる?」
背後から不意に、穂積の声が割って入った。
小野瀬
「えっ?」
振り向いたそこに、穂積と藤守くん、そして、翼がいた。
さらに、連絡を終えたらしく、こちらに戻って来る明智くんと、如月くんの姿も見える。
小野瀬
「穂積……」
穂積
「SITが出てくると、現場の指揮は別の人間が執る。そうなると面倒だわ。その前に、アンタたちが諏訪野の父親を説得してみるというなら、協力するわよ」
俺は諏訪野を振り返った。
諏訪野はしばらく穂積を見つめていたが、やがて、俺に向かって頷いてみせた。