瀕死の白鳥
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
小野瀬
「……どういう事?」
急き込む俺に、明智くんは冷静に答えた。
明智
「俺がもし薬師寺で、売人である諏訪野翔の特徴を言えと言われたら、真っ先に、『髪も肌も、睫毛まで真っ白な男だ』と答えます」
……それは、そうだろう。
諏訪野はアルビノだ。
あんなに白い男、滅多にいるものじゃない。
そこまで考えて、俺はハッとした。
小野瀬
「そうか!」
明智
「はい。にも関わらず、薬師寺の供述した人物像は、『暴走族にも暴力団にも関係無いらしい』『三十歳ぐらいの、垢抜けた男前』でした」
俺の思考をなぞるように、明智くんが説明を続けた。
明智
「室長と俺は、諏訪野翔の写真を見て、薬師寺の供述に違和感を感じました。それで、改めて調べ直したところ、諏訪野翔の父親、諏訪野龍一の存在が浮かび上がったんです」
ようやく、俺にも話が見えてきた。
昔、舎弟たちから噂で聞いた事がある。
諏訪野は、両親がともに十五歳の時に生まれた子供だ、と。
それが本当なら、諏訪野の父親はかなり若い。
当時から愛人がいたという話も聞いている。
身綺麗にしていれば、薬師寺の目に、三十歳ぐらいに見えても不自然はなかったかもしれない。
穂積
「小野瀬」
穂積が戻って来た。
穂積
「お前、諏訪野と初めて会ったのは由比ヶ浜だと言ってたな」
こいつはいつも唐突だ。
ここへ来るまでの道すがら、俺は穂積たちに、翼に聞かせたのと同じような、俺の知っている限りの諏訪野の話をした。
その中で、初対面の場所が由比ヶ浜だと確かに話してもいた。
だが、それの何が、穂積の琴線に触れたのだろうか。
小野瀬
「うん」
穂積
「その時、諏訪野は、何故、由比ヶ浜にいたんだ?」
小野瀬
「……えっ?!」
……そんな事、考えてみたことがなかった。
鵠沼に住み、藤沢の高校に通っていた諏訪野が、夏休みとはいえ、夜中に由比ヶ浜にいたのは不自然だ。
言われてみれば、その通りなのだが……。
穂積
「諏訪野の母親は、諏訪野が小学生の時にはすでに愛人と暮らしていたんだろう?それが、由比ヶ浜だったんじゃないのか?」
小野瀬
「……」
穂積の言葉で、俺は思い出していた。
その行方不明の母親を、高校時代、諏訪野の舎弟たちが躍起になって探していた事を。
そして、ついに見つけ出していた事を。
諏訪野の母親と愛人とが暮らすその洋館が、由比ヶ浜に建っていた事を。
小野瀬
「もしかして、今、諏訪野が由比ヶ浜にいるのは、母親に会うためだとでも言うのか?……だけど、諏訪野の母親は、高校生になった諏訪野に会うのを拒んだと聞いた。諏訪野の方も愛人を嫌悪していた。今さら、まさかそんな場所には行かないだろう」
穂積
「そうか?由比ヶ浜に行ったのには、ホテルで服を買った以外にも意味があると思ったんだがな……」
交番の前に、藤守くんの車と、如月くんの車が到着した。
穂積
「それに、自分が逮捕されると思ったら、母親に会いたくなるものじゃないか?」
小野瀬
「……」
俺には分からない。
穂積は俺をじっと見つめてから、ぽん、と肩を叩いた。
穂積
「とにかくそこに行ってみよう。小野瀬、藤守の車に乗れ。明智は、如月の車に乗って、ついて来い」
明智
「はい」
穂積が、藤守くんの車の助手席に乗り込む。
続いて俺も後部座席に乗り込むと、藤守くんは、車を発進させた。
座席に腰を据えると、穂積が再び電話をかけ始めた。
穂積
「小笠原?諏訪野翔の母親と、その愛人の事を調べてちょうだい。地元の暴走族の元リーダーの母親で、もう二十年以上、一緒に暮らしてるのよ。何か情報があるはずだわ」
小笠原
『分かった』
電話を切った助手席の穂積に、俺は、後ろから身を乗り出すようにして尋ねた。
小野瀬
「なあ、穂積。もしも、薬師寺にマリファナを売ったのが、諏訪野の父龍一だったとしたら、諏訪野は、翔の方は、事件とは無関係なのか?!」
穂積
「そう思いたいな」
期待を込めて聞いた俺に対して、頷いたものの、穂積の言葉は、そこでは終わらなかった。
穂積
「だが、残念ながら、諏訪野翔の容疑は消えない」
小野瀬
「何故だ?……櫻井さんを連れ去った事は、彼女が無事で、俺さえ納得すれば、罪にはならない。そうだろう?」
穂積
「そうだ。……だがな……」
穂積は振り返り、憐れむような目で俺を見た。
穂積
「諏訪野龍一という男は、一度も働いた事が無い。親の遺産を食い潰して、今なお無職で、息子の諏訪野に食わせてもらっているような男だ」
穂積は俺に、諏訪野龍一の身上が書かれている、携帯のメール画面を見せた。
警視庁から送られてきたものだろう。
いつの間にそこまで調べていたのか。
穂積
「当然、マリファナを作る能力は無いし、地元の暴力団の縄張りの中でマリファナの取引をして許される才覚も無い」
穂積は溜め息をついた。
穂積
「残念だが、龍一が売ったマリファナは、諏訪野から入手したものに間違いないだろう。そして、売買に関しては、諏訪野が地元の暴力団に大金を渡し、龍一の行動を見逃してもらっていた可能性が高い」
小野瀬
「……」
諏訪野。
暴走族を束ねている時も、剣道で無敗を誇った時も変わらず、いつもどこか清々しく輝いていた。
母親を追い出して愛人を囲っていても、独り暮らしの部屋を与えたきりで諏訪野を顧みなくても、それでも、諏訪野は父親を慕っていた。
裕福だと思っていたのに、父親に食いものにされていたなんて、知らなかった。
諏訪野。
今、どこにいる?
お前は今、何を考えている?
俺は前を向いて、外を見た。
ヘッドライトが照らす夜の道路は、もうじき、由比ヶ浜に差し掛かろうとしていた。