瀕死の白鳥
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~小野瀬vision~
ピイイイィッ、という耳障りな音を立てて、俺たち全員のP-phoneが着信を告げた。
メールだ。
from:小笠原
to:緊急特命捜査室+1
subject:櫻井さん携帯からの電波受信
《櫻井さんのものと思われる携帯電話からの微弱電波を、鎌倉市内、由比ヶ浜の基地局が受信した。
その後、サーバーからの待機着信を自動受信した形跡はあるけど、櫻井さんからの発信は確認出来ない。
現在、位置を特定する為、GPSサーチを作動させるとともに、県警本部から由比ヶ浜周辺に複数の捜査班を派遣。
室長、今後の行動について指示して。》
メールの発信者は、横浜の、神奈川県警察本部にいる小笠原くんだった。
この『+1』って俺の事だろうか。
俺が全文を読み終わらないうちに、早くも、隣の穂積が小笠原くんにかけた電話が繋がっていた。
スピーカーに切り替えた穂積の携帯から、双方のやり取りが聞こえてくる。
穂積
「小笠原、ご苦労」
さっきの癇癪の余韻が治まらないのか、穂積はまだ男言葉のままだ。
穂積
「GPSの反応は出たか」
捜査室メンバーの持っている仕事用の携帯電話は、通常、GPSサーチと呼ばれる位置情報の探索に反応するように設定されている。
今の場合、小笠原くんが探索用の発信を行うと、翼の携帯は着信動作を行い、同時に、探索に対する許可を発信する。
その発信地が、即ち携帯の現在地だ。
小笠原
『うん。周辺の、複数の基地局の電波状況も総合して割り出してみると……』
キーボードを叩くカタカタという微かな音の後、小笠原くんからの返事が来た。
小笠原
『由比ヶ浜、《鎌倉リーガルホテル》付近を中心にして、約30m圏内』
俺たちは息を飲んだ。
藤守
「……ビンゴや」
藤守くんが、思わず声を漏らす。
穂積
「『鎌倉リーガルホテル』に、捜査班をひとつ向かわせろ」
ようやく手応えのある情報に頬を緩ませかけた俺たちだったが、穂積だけは、まだ、集中した表情を崩さない。
小笠原
『一班だけで大丈夫?室長たちは?』
場所を突き止めた小笠原くんも、穂積の反応の薄さにちょっと拍子抜けしたようだ。
穂積
「櫻井なら、携帯の電源を入れればすぐにでも俺たちに連絡をして来るはずだ。だが、それが無い」
穂積は小さく舌打ちをした。
穂積
「という事は、電源を入れたのは諏訪野。そして、もう、おそらく二人はホテルにはいない。電話機だけを残した、時間稼ぎだ」
穂積の慧眼に、明智くんや如月くんは声も無い。
もちろん俺も。
穂積
「小笠原、まずは道路だ。由比ヶ浜方面から諏訪野の自宅のある鵠沼に繋がる、藤沢周辺の全てのルートに検問を張るよう手配してくれ」
小笠原
『分かった』
穂積
「自宅が警察に包囲されつつある事は、諏訪野にはもう知られているはずだ。必ず動く」
小笠原
『分かった』
穂積
「検問は、あくまで櫻井の身の安全を守るためのものだ。諏訪野が鵠沼に向かうのはむしろ好都合だから、無理に捕まえる必要はないと伝えろ」
小笠原
『分かった』
俺が明智くんたちと顔を見合わせるだけの一方で、県警本部にいて全体の状況を俯瞰で把握している小笠原くんには、どうやら、穂積の描く絵図面が見え始めたらしい。
穂積
「男女二人乗りの車はもちろんだが、諏訪野、櫻井、それぞれの単独行動も頭に入れておくように念を押すのを忘れるな」
小笠原
『分かった』
穂積
「鵠沼の自宅マンションの方の状況は?」
小笠原
『マンションの周りは、すでに私服警官がぐるりと包囲しているよ。包囲網から出るのは至難の業だと思う』
出る?
何か引っ掛かったが、小笠原くんはさらに続けた。
小笠原
『報告によれば、諏訪野の自宅には、現在、愛人である女性も同室している。今は、突入も視野に入れながら、同じマンションに住む他の住人たちを、少しずつ外に出す作業中』
小野瀬
「待って」
俺は、たった今の会話の内容が理解できず、思わず聞き返していた。
藤守
「どうしました、小野瀬さん?」
小野瀬
「ちょっと待って、……何か、矛盾が……」
藤守くんが心配そうに俺を振り返ってくれるが、俺は小笠原くんと穂積の会話を追い掛けるのに必死だ。
穂積
「諏訪野を逮捕するのには、大規模な妨害が入る可能性もある。交通課や組織犯罪対策課の協力を得て、暴走族や、暴力団との衝突を避けるよう……」
小野瀬
「ちょっと待ってくれ、穂積!」
電話を遮って俺が叫ぶと、穂積が、怪訝な表情でこちらを向いた。
穂積
「何だ」
小野瀬
「『何だ』って……諏訪野はまだ由比ヶ浜にいるんじゃないのか?それとも、もう藤沢、鵠沼にいるのか?それに、愛人と同室、って……!じゃあ、櫻井さんは?!」
自分で言いながら、混乱しそうだ。
畳み掛けるように質問する俺に、だが、眉をひそめた穂積が顔を向けたのは、明智くんだった。
穂積
「明智、小野瀬に説明していないのか」
説明?
穂積に問われて、ハッと思い出したように明智くんが狼狽えた。
明智
「あっ、……申し訳ありません。県警本部で会った時、説明するつもりだったのですが……その……」
穂積
「何だ」
明智
「……説明する前に、室長が小野瀬さんを殴り飛ばしてしまったので……」
穂積
「……ああ……」
そうか、と呟くと、穂積は、がりがりと頭を掻いた。
穂積
「小笠原、県警への指示は以上よ」
不意に、穂積がオカマに戻った。
穂積
「ホテル以外の由比ヶ浜の捜査班には、周辺に展開して、諏訪野と櫻井の行方を探してもらってちょうだい。ワタシたちも、引き続き二人の行動を追うわ」
小笠原
『分かった』
穂積
「……一つ聞くけど、小笠原。アンタ、神奈川県警の部長たちに、その調子でタメ口きいてないでしょうね?」
小笠原
『まさか。ちゃんと敬語を使ってますよ』
小笠原くんの口調も変わった、と、思ったのだが。
小笠原
『じゃあ、また何か分かったら連絡する。バイバイ』
穂積
「バ……」
穂積が言い返す前に、小笠原くんの方から通話が切れた。
穂積
「……アイツも後でぶん殴ってやる!」
穂積が、忌々しそうに毒づいて電話を切る。
それからすぐに、藤守くんと、如月くんを振り返った。
穂積
「藤守、如月、車出して来て」
藤守
「はい」
如月
「はい!」
駐車場に向かう藤守くんと如月くんを見送った穂積は、次に、明智くんを振り返った。
穂積
「明智、改めて、小野瀬に説明してやって」
そう明智くんに言い残して、穂積は当直室の方へ入って行った。
おそらく、俺たちがいる間休ませていた、この交番の巡査たちを起こしに行ったのだろう。
穂積の背中を見送って、俺は、明智くんを振り返った。
明智くんは、俺と目を合わせると、静かに話し始めた。
明智
「実は、自分たちも、神奈川に着いて、諏訪野翔の顔写真を見てから気付いたんです」
含みのある明智くんの言葉に、俺は眉をひそめた。
小野瀬
「何に?」
俺の問いかけに、明智くんは、諭すように答えた。
明智
「二人いる事にです」
小野瀬
「えっ?」
思わず聞き返した俺に、明智くんは、言葉を補って、もう一度、繰り返した。
明智
「諏訪野は、二人いるんです」