瀕死の白鳥
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~小野瀬vision~
~神奈川県警察本部~
俺と藤守くんが到着した時、横浜にある神奈川県警本部はざわめいていた。
小野瀬
「……こんな時間なのに、何だか騒がしいね」
藤守
「何となく、理由が想像出来ますけど……」
囁きあいながら向かったのは、刑事部のある階。
途中で擦れ違った神奈川県警の職員たちのほとんどは俺たちの事を知らない。
しかも藤守くんはいつもの仕事のスーツだが、俺は私服だ。
受付で名乗った以外では警視庁の刑事と鑑識官だと気付かれないまま、俺たちは刑事部の中にある、組織犯罪対策本部に到着した。
扉を開けた途端、聞き慣れた声が耳に飛び込んで来た。
穂積
「諏訪野が暴力団から盃を受けていない事は、既に分かっています。わたしが知りたいのは、この辺りの暴力団、また昔からの有力者、地元に影響力のある企業、そういう輩と諏訪野との繋がりです。さらに言えば、大金を渡している事実があるかという事です」
俺は、目の前の光景に目を疑った。
ここは神奈川県警本部のはずだ。
しかし目の前では、数十人の刑事たちが席と席の間の通路に起立して整然と並び、真剣な顔を壇上の穂積に向けていた。
穂積
「わたしの部下である女性捜査員が、諏訪野と行動を共にしています。が、現在、所在が掴めません。何かに捜査を阻まれているのです。事態は急を要します。どうか、県警の皆さんのお力を貸して下さい」
穂積がそこまで話し終えると、穂積の傍らにいる、おそらく刑事部長だろう、が、一歩、前に出た。
刑事部長
「この事件は、そもそもこちらの交通第五方面隊と静岡県警、そして、穂積警視の緊急特命捜査室が参加した、箱根での暴走族取り締まりに端を発している。そこから禁止薬物の取り引きが見つかって特命捜査室に捜査命令が下り、神奈川在住の被疑者に結び付いたものだ」
刑事部長はさらに続ける。
刑事部長
「本件に関しては、警察庁及び本庁刑事部長からも、電話にて協力を依頼された。我々としても、当然、禁止薬物の蔓延は防ぎたい。総員、同行している櫻井捜査員の安全に留意しつつ、穂積警視に全面的に協力するように」
全員
「はいっ」
さらに、もう一人。
組織犯罪対策本部長
「被疑者である諏訪野翔は、過去に数千人単位の暴走族を束ねていた男だ」
こちらは、暴力団を担当する部署である、組織犯罪対策の本部長らしい。
組織犯罪対策本部長
「現在は総長を引退しているが、諏訪野の暴走族自体は別の総長が継いで、今も勢力を拡大している。そのような人物が、県下の暴力団と繋がって、さらに活動の資金源となっているとしたら、由々しき事態だ。我々の方こそ警視庁の力を借りて、この機会に、黒い金の流れを明らかにするのだ!」
全員
「はいっ!」
刑事部長
「ここに本件の捜査本部を設置する。現場での責任者は穂積警視だ。事件解決まで、穂積警視の命令は、私と、組織犯罪対策本部長の命令だと思って従うように!」
全員
「はいっ!」
百人近い刑事たちが一斉に穂積に敬礼を向け、穂積がそれに敬礼を返す。
こんな時なのに、俺は、壇上で輝く穂積の姿を眩しい思いで見ていた。
隣で藤守くんも目を潤ませている。
やはり、将来の穂積の姿を、その目に思い描いたのだろうか。
穂積
「ありがとうございます。では、具体的な指示に移らせて頂きます。まずは組織犯罪分析課、暴力団対策課、薬物銃器対策課から……」
あっという間に、穂積の周りに人が集まる。
俺と藤守くんに気付いていたらしい明智くんが、その人垣を抜けて近付いてきた。
明智
「遅くなってすみません」
小野瀬
「いや……」
明智
「室長が指示を出し終えるまで、外で待ちましょう」
明智くんに促され、俺と藤守くんは廊下に出た。
明智
「小笠原と如月は?引き続き櫻井を探していますか?」
小野瀬
「うん。ただ、時間が遅くて、街頭の聞き込みははかどらない。今は、長谷を中心に、営業中の宿泊施設に片っ端から電話して、宿泊客の状況を聞いてくれていた」
明智
「後でお渡ししますが、捜査室全員と小野瀬さんの分のP-phoneを借りる事が出来ました。明日の午前中には湘南を中心とした地域課の警察官にも貸与されますから、諏訪野が動き出せば、すぐにも緊急配備が敷かれるはずです」
P-phone。
撮った写真を一斉配信出来るほか、五人同時に通話が出来る、警察用の携帯端末だ。
無線を使えない地下やビルでも使えるうえ、GPS機能で警察官の位置も把握出来る。
すでに幾つかの詐欺事件や誘拐事件で成果を上げているがまだ数が足りず、警察官の標準装備にはなっていない。
穂積や小笠原くんが以前、官給品を改造しようとしていたのも、これが手に入らなかった為だ。
先に支給されていれば、今回のように翼を見失う事もなかったはずだ、と思うと、俺にとって忌々しい機械ではある。
休憩所の自動販売機で明智くんに紅茶、俺にコーヒーを買って、藤守くんが戻ってきた。
礼を言って受け取りながら、俺は自分が、豪田と会った喫茶店以来、ずっと何も口にしていなかった事をようやく思い出した。
警視庁ではないが警察の空気を吸い、明智くんや穂積の顔を見たからだろうか。
冷えきっていた血が巡り始め、自分の身体が息を吹き返していくようだ。
小野瀬
「明智くん、藤守くん、ありがとう。きみたちが来てくれて、助かった」
困惑した顔で首を横に振る明智くんと藤守くんに、俺は深々と頭を下げた。
藤守
「やめてくださいよ小野瀬さん!」
明智
「まだ、櫻井の行方が分かったわけじゃないんですから……」
穂積
「その通りよ」
声が変わった、と思った次の瞬間、肩を掴んで引き起こされた俺は、腹に物凄い衝撃を撃ち込まれていた。
身体が浮くほどの威力と破壊力に、くの字になった俺の身体は一撃で壁に叩きつけられ、背中を打って廊下に崩れ落ちる。
一瞬呼吸が止まって、俺は気を失いかけた。が、猛烈な吐き気がそれを許してくれない。
小野瀬
「……!……」
穂積
「腑抜けた顔してるんじゃねえ!」
カツン、と音を響かせて目の前の床に革靴が現れ、頭上から罵声が浴びせられた。
小野瀬
「…………ほ……づみ、…………」
見上げれば、端整な美貌を怒りに染めた穂積が、逆光になって俺を見下ろしている。
鳩尾を殴られて悶絶し、呼吸困難に陥っている最中だというのに、その顔を見た途端、俺の目からは、生理的なものではない涙が零れた。
穂積
「諏訪野ってのは、アルビノなのか?」
小野瀬
「……え?」
穂積
「運転免許証の写真を見たが、髪も肌も真っ白じゃねえか。眼鏡をしてて分かり辛いが、目の色も薄い」
人を殴り倒しておいて、何事も無かったかのように聞いてくるこの男の神経が怖い。
だが逆に言えば、取り敢えず、今はこれだけの制裁で済んだと考えるべきで。
小野瀬
「……本人に確かめた事は無いけど、たぶん、そうだと思う。目の色は薄い茶色だ」
ぜいぜいしながら俺は答えた。
藤守
「『アルビノ』って、たまーにTVなんかで白いカラスとかが紹介されますけど、確か、色素欠乏症とか、先天性……なんとかいうんでしょ?血管が透けてて、目の色はみんな赤いんと違いますか?」
俺の傍らに膝をついて肩を貸してくれた藤守くんが、どちらにともなく尋ねる。
小野瀬
「白化の程度によるんだよ。……アルビノだという事は、知り合ってだいぶ経ってから、周りに聞いて知った。俺も、高校生の当時は、藤守くんと同じような知識しかなかったから」
答えてから、俺は壁に手をつき、痛みを堪えながら、藤守くんの身体を支えにゆっくりと立ち上がった。
小野瀬
「それに、初対面の時に『その髪ブリーチだろ、似合うね』なんて言ってしまっていたから、もう、後から本人には確かめられなくて……」
感傷的になる俺に、穂積はあくまでもドライだった。
穂積
「俺が聞きたいのは、諏訪野は昼間、太陽の下でも普通に行動するのか、って事だ」
ああそうか、と俺は気付いた。
考えてみれば、日本人なのに金髪碧眼の穂積が、諏訪野の、他人と違う見た目なんかを気にするはずが無い。
もしかしたら自分などより、穂積の方が、諏訪野を理解出来るのではないかとさえ思った。
小野瀬
「視力は弱いが、剣道の大会で優勝したぐらいだから、日常生活には問題ないと思う。昼間は普通高校に通っていたし……。むしろ、夜の車のヘッドライトや、カメラのフラッシュなんかを嫌ってたかも」
穂積
「それでよく暴走族の総長が務まったな。運転技術より、カリスマ性に優れてたってやつか?」
腕組みをしていた穂積が、右手の拳を唇に当てる。
殴ったこいつも痛かったのかな、と思っていると、じろりと睨まれた。
穂積
「藤守、すぐに小笠原と如月の所に行って、P-phoneを渡し、そのまま小笠原と交代してちょうだい」
穂積の口調がオカマに戻る。
藤守
「はい」
穂積
「諏訪野の身柄が確保され、大麻所持の疑いが固まれば、裁判所から令状が出る。小笠原には、それまで、この捜査本部に集まる情報を整理して、逐一ワタシに報告してもらうわ」
藤守
「はい」
穂積
「アンタは如月と二人で、鎌倉駅に向かって。ワタシたちもここが落ち着いたら向かうから、それまでに、引き続き宿泊の状況を調べ、鎌倉周辺のタクシー会社に連絡して、今夜の運行履歴を提出するよう準備させておいて」
藤守
「はい」
藤守くんは穂積に「何故ですか?」とは聞かない。
穂積を理解しているからというよりは、穂積を信じているからだ。
何を命じられても従い、穂積が喜んでくれるなら、藤守くんは笑顔でどんな危険な場所にでも向かうだろう。
かつては俺にもそんな舎弟たちがいた。
諏訪野にはまだ数千人いるという。
穂積
「さあ行くぞ、小野瀬」
穂積が、俺の手にP-phoneを乗せた。
表面には警察の紋章である、金色の旭日章が施されている。
穂積がそれを指差した。
穂積
「この紋章の意味を知ってるか?」
小野瀬
「旭日章の?……確か、太陽と、日の光を表してるんじゃなかったかな……」
穂積
「そうだ」
俺を見つめて、穂積が力強く頷く。
穂積
「誰であろうと、どこにいようと、太陽の光から逃れる事は出来ねえよ」