瀕死の白鳥
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~小野瀬vision~
物思いに耽っていた俺は、突然鳴り響いた穂積からの着信音で、現実に引き戻された。
小野瀬
「……はい、おの」
穂積
『バカ野郎!今すぐ櫻井の所に行け!』
たちまち、電話口から噴き出した穂積の怒声が部屋に響き渡った。
小野瀬
「翼?……翼なら、ここに……」
俺は穂積に急かされるようにして立ち上がり、室内を見回してハッとした。
いない。
そういえばさっき、「室長に電話してきます」と言われたような……。
……まさか、電話をするのに、部屋の外に出たのか?
穂積
『ロビーだ!電話を切られた!』
初めて聞くような穂積の切羽詰まった声に、やっと、俺は我にかえった。
穂積との電話を繋いだままで部屋を飛び出し、階段を駆け降りる。
そこはすぐにロビーだったが、見渡す限り無人で、翼の姿は無い。
小野瀬
「翼」
呼んでみた。
返事はない。じわり、と恐怖が襲ってくる。
小野瀬
「翼!」
すると、ロビーの片隅から、遠慮がちな声が応えた。
「あの、お連れ様でしたら、先ほど、男性の方とお車で外出なさいましたが」
小野瀬
「えっ?!」
フロントの女性は、戸惑ったように続けた。
「髪が真っ白な若い男性で、スーツを着てらして……その方に笑顔で話しかけられて出ていかれたので、お知り合いかと……」
…………諏訪野!
再び、どこからか声がしているのに気付いて、俺は自分の手を見た。
放心していたせいでだらりと下げていた手の中の携帯電話から、穂積が大声で俺を呼んでいたのだ。
小野瀬
「穂積!」
穂積
『聞こえた』
穂積の声は、さっきとは一変して、氷のように冷たかった。
小野瀬
「やられた、諏訪野だ!どうすればいい?!」
分かっている。
真っ先にするべきは、翼が誘拐されたと神奈川県警に訴えて、緊急配備を要請する事。
だが、俺は警視庁勤務の鑑識官だ。
しかも翼は現役の女性刑事。
マスコミに知られれば、世間はあっという間に大騒ぎになる。
交際を知られる事で、じゃない。
現役刑事の身に起きた誘拐事件に、だ。
それが諏訪野を刺激して、最悪の方向に向かわせたらどうなる?
俺のせいで、翼の身に何かあったら?!
穂積
『まずは落ち着け』
携帯を耳に押し当てている自分の手が震えているのに気付いて、俺はその手を押さえた。
小野瀬
「ごめん……俺が、ついていながら……」
穂積
『ついていなかったから拐われたんだろうが』
唇を噛む俺に、穂積は容赦が無かった。
穂積
『お前はすぐに謝る。そういう奴はな、その場しのぎに謝罪のポーズを見せてるだけだ。本気で反省してなんかいないんだよ』
小野瀬
「頼む穂積、説教なら、後でいくらでも聞く。それより、翼を……!」
穂積
『お前に頼まれるまでもない』
冷たいまま、穂積の声が低くなる。
おそらく俺と話しながらも、こいつの頭脳はずっと高速で働いて、その対策を打ち出していたに違いない。
穂積
『櫻井の行方は小笠原と如月に追わせている。藤守を今からそちらに向かわせる。俺と明智も、こちらを片付けたらすぐに行く』
小野瀬
「まだ、そう遠くには行っていないはずなんだ。藤守くんが来るまで、俺も、車を調達して辺りを探してみる!」
穂積
『小野瀬』
溜め息を含んだ穂積の声は、気持ちの逸る俺を足止めさせるのに充分な重さを持っていた。
穂積
『俺は、櫻井に、一人になるな、と言った。……間に合わなかったようだがな。だが、お前にも同じ事を言うぞ』
俺はようやく、穂積の声の中に、深い後悔と、抑え込まれた激しい怒りの響きとを聞き取った。
穂積
『一人になるな、小野瀬。俺に、お前の命まで心配させるな』
小野瀬
「穂積……」
穂積
『おとなしく、待て。いいか、勝手に動いてみろ……。てめえ、説教だけじゃ済まさねえからな』
地獄の底から響いて来るような穂積の低い声は、けれど言葉の内容に反して温かく、俺を守るように包み込む。
俺の為に、真剣に腹を立ててくれる相手がいる。
その事が、これほど心強いなんて知らなかった。
小野瀬
「…………分かった」
胸の奥が熱くなってくるのを感じながら、俺は頷いていた。
ふと気付くと、暗くなった窓ガラスに、俺の姿が映っている。
この闇の向こうに、翼がいる。
きっと、俺が行くのを信じて。
翼。
待ってて。
必ず、必ず、助けに行くから。