瀕死の白鳥
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数日後。
箱根の暴走族の一斉取り締まりでは、予想以上に多数の違反者や検挙者が出た。
無免許やスピード超過といった交通違反を皮切りに、未成年者の飲酒、喫煙、深夜徘徊、さらには、警官に対する暴行での公務執行妨害……などなど。
そのため、各担当部署から応援の要請が相次いで寄せられ、複数の案件を同時に引き受ける始末になってしまった捜査室は大わらわ。
たった六人の部署だけど、捜査室には試験的に幅広い捜査権限が与えられているおかげで、頼む側からすれば手続きが少なくて使い勝手がいいらしい。
そんな中、思いがけない事件の処理が持ち込まれてきた。
しかも、捜査室に一任されるという形で。
暴走行為に加わっていた五十人ほどの男女のうち、数人から、違法薬物の反応が出たのだ。
穂積
「その連中に薬物を渡したと思われる人物を取り調べ、薬物の流れを突き止めるのが、今回のワタシたちの仕事よ」
室長がペンを持ち、事件の概要をホワイトボードに書き込み始めた。
穂積
「被疑者の氏名は『薬師寺進』24歳、独身。住所は横浜……、職業は会社員で、IT企業に勤務……、薬物はマリファナ」
緑のマグネットでボードに貼られた薬師寺の顔写真は、私の目には、ごく普通の、真面目そうな会社員に見える。
自分とそう年齢の違わない社会人が、暴走族と関わって禁止薬物に手を染めているという現実に、思わず眉をひそめずにはいられない。
穂積
「現時点での薬師寺の容疑は、本人名義の車の中から、小分けされた粉末のマリファナが発見され、押収されたというものよ」
室長の説明が続いている。
穂積
「本人は黙秘を続けているけれど、現場の状況から、売人である疑いが強いわ。……取り調べの結果しだいでは、組織犯罪対策部との連携捜査に切り替わるから、そのつもりでいてちょうだい」
全員
「はい」
そこで言葉を切って、室長は明智さんに顔を向けた。
穂積
「準備が整い次第、薬師寺の取り調べは明智とワタシで行う。明智、露出狂の方の報告書は、もう提出出来るわね?」
明智
「はい」
明智さんが頷く。
私の知る限り、この二人組の取り調べを受けて、黙秘を貫けた被疑者はいない。
穂積
「その間、藤守は少年課、如月は生活安全部、櫻井は交通課に協力して、未成年者の処分を片付けてくれるかしら」
藤守
「はい」
如月
「はい」
翼
「はい」
室長が矢継ぎ早に指示を出す。
穂積
「小笠原は取り調べまでに、ガキどもの身体や薬師寺の車から出たマリファナの成分分析を手伝って、データを集めておいて」
小笠原
「分かった」
穂積
「『わ、か、り、ま、し、た!』」
こんな時でも、ぴん、と小笠原さんの額を指で弾いて言葉遣いを注意してから、室長は私を見た。
穂積
「櫻井、組織犯罪対策部との仕事は初めてね?」
私はびくりと背筋を伸ばした。
組織犯罪対策部。
話の流れから予測は出来たけど、実際にその名を聞くと、やっぱり緊張してしまう。
翼
「はい」
穂積
「先に言っておくけど、石原事件の時みたいに勝手な行動をとったら、今度こそ死ぬわよ」
にこりともせずに言う室長。
これは、捜査室に入ったばかりの頃、私が不用意な行動をしたせいで爆発に巻き込まれ、入院する羽目になった事件を挙げて、釘を刺されているのだ。
翼
「はい。肝に命じます」
私はぎゅっと拳を握った。
穂積
「よろしい」
室長は私の返事に頷いた後、全員を見渡すように、真剣な眼差しを向けた。
穂積
「櫻井だけじゃなく、アンタたち全員に念を押しておくわ。……暴走族、クスリ、組織犯罪対策部。つまり、この事件は、暴力団に繋がっている可能性があるということ」
全員
「はい」
全員が姿勢を正す。
穂積
「今後はどんなに細かい事でも、必ずワタシに報告して指示を待つこと。公私を問わず、絶対に単独での行動はしないこと。これは、厳命よ」
全員
「はい!」
こうして私たちは、薬師寺の事件の捜査を開始した。
暴走族、そして一人の麻薬の売人の取り調べから始まるこの事件が、後に、私と小野瀬さんの運命を大きく左右する事になるなんて知らないままに……。