瀕死の白鳥
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
~翼vision~
コーヒーの芳香と優しい指先の両方に鼻をくすぐられて、私はとろとろと心地好い微睡みから覚めた。
小野瀬
「翼、おはよう」
瞼を開かないうちに降りてくるキス。
翼
「……ん……」
小野瀬
「可愛い声」
ギシッ、とベッドのスプリングが鳴った。
小野瀬さんがベッドに座ったのだ。
小野瀬さんがゆっくりと覆い被さってきて、一旦離れた唇が、再び重ねられた。
まるで昨夜の続きのような、深くて長くて官能的なキス。
そんな風にされたら、まだ身体の奥底に残っている熱が、蘇ってきてしまいそう。
そっと瞼を開いてみると、小野瀬さんの、伏せられた長い睫毛が見えた。
……きれいな人。
それに……気持ち良さそうな顔をしてくれてるの……嬉しいな……。
私ももう一度目を閉じて、小野瀬さんを感じる。
ここは彼の部屋。
カーテン越しの、静かな朝の光の中に二人きり。
キッチンのプレイヤーからか……流れてくるピアノの調べ。
腕を伸ばして両手を広い背中にまわしたら、くすり、と小野瀬さんが笑ったのが分かった。
小野瀬
「欲しくなっちゃった?」
唇の合間から、小野瀬さんが囁いた。
翼
「…………うん……」
小野瀬
「ふふ、翼、顔が真っ赤。……でも、恥ずかしがらなくていいよ。……そうなるように、したんだから」
意地悪な瞳を避けるように俯きながらも、私は、背中に掛けた手に力を込めて、小野瀬さんを引き寄せた。
甘える私を、小野瀬さんが強く、優しく抱き締めてくれる。
小野瀬
「可愛いよ……翼」
小野瀬さんは微笑んで、何度も私の唇を食む。
小野瀬
「翼……ねえ、翼。もっと俺を欲しがって。身体も心も。ひとときも離れたくないって言って、俺を縛りつけて」
ねだるような甘い声。
こんな素敵な人に、こんな風に求められたら、本当に離れられなくなってしまいそう。
けれど……
ピピピピッ、と、小野瀬さんからアラームの音がした。
翼
「?!」
私はびっくりした弾みに、危うく小野瀬さんの舌を噛みそうになる。
ちゅ、と上手にリップ音を立てて、小野瀬さんが唇を離した。
小野瀬
「残念。本当は、翼と、ずっとこうしていたいけど……時間切れ」
翼
「え……」
小野瀬
「遅刻しちゃうからね」
翼
「あっ」
ハッとして枕元の時計を確かめれば、確かに、もう、身支度しなければいけない時間。
翼
「大変」
小野瀬さんがベッドを下り、私を抱き起こしてくれる。
小野瀬
「朝ごはん、メロンでいい?あと、カフェオレを準備してあるよ」
翼
「どうもありがとう。ごめんね、葵はお休みなのに」
早く食べて、シャワーを浴びて、着替えて、出勤しなくちゃ。
遅刻なんてしたら、小野瀬さんまで室長に叱られちゃう。
頭ではそう思うのだけれど。
中途半端に火を点けられてしまった身体がもどかしい。
……私、いつからこんないやらしい子になったんだろう。
ひとり赤面してベッドから脚だけを下ろし、唇を尖らせながら手櫛で髪を梳いていると、私の前に膝をついた小野瀬さんが顔を覗き込んできて、笑った。
小野瀬
「まだ離れたくない、って顔だね?……俺も同じ気持ちだよ」
それから、ちゅ、と、触れるだけのバードキスをくれる。
小野瀬
「早く入籍したいね」
入籍。
この頃、小野瀬さんは時々その言葉を使う。
私の父親の猛反対で実現せずにいるけれど、小野瀬さんは本当にそうしてくれようとしているみたい。
これまでずっと憧れてきた小野瀬さんが、今は私の恋人だというだけでも、まだ夢を見ているようなのに。
これからもずっと、私のものでいると約束してくれるなんて……。
小野瀬
「ご機嫌は直りましたか、姫?」
笑いながら、やわらかく頬をつついてくる小野瀬さんの指が冷たい。
そのせいで私は、自分の頬が熱くなっていて、しかも嬉しさに緩んでしまっている事に気付いた。
翼
「もう!」
赤くなった頬を両手で隠すと、小野瀬さんは笑って、私の鼻先に、ちゅっとキスしてくれた。
小野瀬
「さあ、続きはまた今度。これ以上遅くなると、翼の頭の中で、俺よりも、穂積の占める割合の方が大きくなっちゃうからね」
まるで、門限に遅れた帰り道で、家で待つ父親の顔を思い浮かべながら走った時の気持ちと、そっくり同じ。
小野瀬さんの車が信号で停まったり渋滞したりするたびに、私は、捜査室で待つ室長の美しい顔が、般若のように変わってゆく様を思い浮かべた。
結局、せっかく小野瀬さんに送ってもらったのに、出勤した時には朝のミーティングが始まっていて、私は、予想通り、室長からのお叱りを受ける事になってしまった。
穂積
「遅い!」
翼
「申し訳ありません!」
平身低頭する私の隣で、小野瀬さんが両手を合わせる。
小野瀬
「ごめんね、穂積」
室長が、小野瀬さんをじろりと睨んだ。
穂積
「どうして小野瀬が謝るの」
小野瀬
「だって、櫻井さんの遅刻は、俺が家に泊めたせいだし?」
きゃー!
みんなが聞いているのに!
私はもう、顔から火が出そう。
室長が、醒めた表情で、ふん、と鼻を鳴らした。
穂積
「どこに泊まろうと、遅刻は本人の自覚が足りないからでしょう?ねえ櫻井」
翼
「はいっ、おっしゃる通りで」
小野瀬さんが、私を庇うように肩に手を置く。
小野瀬
「俺が夜通し運動させて、疲れさせちゃったのがいけなかったんだよ。ねえ櫻井さん?」
やーめーてー!
その手を、室長が捻り上げた。
穂積
「夜通し触ってたならもう充分だろう。触るな」
小野瀬
「痛たた!何だよ!妬いてるの?」
穂積
「妬いてなんかいねえ!」
オカマ口調が消えてる。
室長は、捻り上げた手を、さらに、小野瀬さんの背中側に勢いよく捩った。
小野瀬
「痛い痛い痛い!」
関節を極められて、小野瀬さんが呻き声を上げる。
小野瀬
「穂積!櫻井さんが俺を好きなのが気に入らないの?!それとも、俺が櫻井さんに夢中だから嫉妬してるの?!」
穂積
「妬いてなんかいねえって言ってるだろうが!じゃあ俺も訊こう。お前は櫻井を庇いたいのか?それとも俺に締め上げられたいのか?」
小野瀬
「両方かな」
穂積
「てめえっ!」
ごきり、と嫌な音がして、小野瀬さんが悲鳴を上げた。
小野瀬
「痛ー!」
穂積
「俺の娘を毒牙にかけた上に、今まで仕事に遅れた事の無いこいつを遅刻させやがって!盗人猛猛しいんだよ!」
小野瀬
「悪かったよ!だから謝ってるでしょ!やっぱりやきもちじゃん!」
穂積
「うるせえ!そもそもお前は今日休みだろうが!とっとと帰れ!」
室長が小野瀬さんを蹴飛ばす。
はあ、と、私の傍らで明智さんたちが溜め息をついた。
明智
「また始まったか」
藤守
「櫻井、気にする事ないで」
明智さんが私の肩を抱き、藤守さんが頭をぽんぽんと撫でてくれる。
如月さんと小笠原さんも傍に寄ってきて、左右から私の頬を指先でつんつんと突く。
如月
「そうだよ。翼ちゃんへの説教は、とっくに終わってるんだから。あの喧嘩は、あの人たちのコミュニケーション」
小笠原
「痴話喧嘩」
穂積
「痴話喧嘩言うな!」
小野瀬
「あと彼女に触るな!」
凄い勢いで、室長と小野瀬さんからツッコミが入る。
朝から大騒ぎの緊急特命捜査室。
……私のせいだけど。
結局、この日のミーティングが再開されたのは10分後、小野瀬さんが室長に捜査室から蹴り出され、明智さんが熱いお茶を淹れ直してくれてからの事だった。