誰も寝てはならぬ
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~小野瀬vision~
警視庁管内で連続発生した、5件の強盗致死傷事件。
そのうち3件の致死事件は1課が担当する事になり、即日、捜査が開始された。
そして、2件の致傷事件を緊急特命捜査室が扱う事になり、これもまた、すぐに捜査が始まった。
もっとも、誰が担当しようと、俺には関係ない。
なぜなら……どうせ全部鑑識にまわってくるのだから。
如月
「おっはよーございまーす」
朝一番、まずは爽やかな笑顔の如月くんが現れた。
捜査室の室長、穂積の常套手段だ。
小野瀬
「おはよう、如月くん」
如月
「小野瀬さん、実は、この証拠品の分析をですね」
小野瀬
「ダーメ。致死案件の1課が優先」
如月くんが、俺の机の上に、A4サイズの茶封筒と、ビニール袋に入ったデジカメを素早く置いた。
そうして、胸の前で祈るように手を組む。
如月
「お願いします!サービスしますから!妹キャラがいいですか?女王様がいいですか?」
小野瀬
「きみからのサービスはいらない。はい、帰った帰った」
俺は置かれた証拠品に触れもせず、手の動きだけで、しっしっ、と如月くんを追い返した。
忙しいんだから。
藤守
「こんにちはー」
続いて独特のイントネーションと笑顔で入って来たのは、藤守くん。
ふわりと食欲をそそる、甘いソースの香り。
藤守
「小野瀬さん、差し入れでーす。細野さんたちの分もありますよー」
奥で、細野や太田たちが礼を言う。
小野瀬
「ありがとう、藤守くん。でも、まだ、そっちの分析には手も付けてないよ」
藤守くんは、持参したたこ焼きの袋をテーブルの隅に置きながら、にこにこ笑った。
藤守
「如月のでしょ?ええですよ。それより、もう10時ですよ。キリのいい所で休憩して下さいねー」
で、と言いながら、藤守くんは、如月くんと同じように、証拠品らしき靴と、A4の茶封筒を置いて、「よろしくお願いしまーす」と去っていった。
空腹だったので、ありがたくたこ焼きをつまみながら分析を続けていると(2、3個食べたところで、食べたそうにしていた太田に残りをやってしまったが)、「こんにちは、差し入れです」という低い声がした。
明智
「今日は大変多忙だとうかがいましたので、おにぎりを作って来ました」
ラボの全員から歓声が上がった。
明智くんの手料理は絶品で、しかも、今日は買い出しに行く間も、箸を持つ間も惜しい。
明智くんは、手を汚さないようにラッピングされたおにぎりを、数個ずつ全員に配って歩いてくれた。
もちろん、ペットボトルのお茶を添えて。
揃ってすぐには食べられないが、これには感謝するしかない。
もしお時間が出来ましたら、と言い添えて、明智くんもまた、証拠品らしきマッチ箱とA4の茶封筒を置いて去っていった。
入れ替わるように現れたのは、櫻井さん。
翼
「差し入れですけど」
彼女が来てくれると、殺風景なラボがぱあっと華やぐ。
翼
「あの、座りっぱなしだとうかがいましたので。私、せめて、肩をお揉みしますね」
小さい頃から親の肩を揉んでいたという彼女のマッサージは、乗せてくれる熱いタオルの快感と相まって、それはもう至高の腕前。
全身マッサージなら穂積の方が上だが、丁寧に肩や手の凝りを解してくれる彼女の指先からは懸命さが伝わってきて、それはそれは気持ちいいのだ。
施しを受けた鑑識の面々が恍惚とする中、お邪魔しました、と頭を下げて、櫻井さんは去っていった。
片隅に証拠品らしき雨傘と、A4の茶封筒を置いて。
満腹になり、肩の凝りもほぐれて作業のペースは維持されているものの、1課からの山のような分析依頼を消化していくだけで、その結果生まれた膨大なデータの整理に始まる解析や推考は、日暮れを迎えても、まだまだ全く手付かずだった。
そこへ。
小笠原
「手伝いに来たよ」
現れたのは、人間コンピューターの小笠原。
疲労困憊の鑑識官たちから、安堵の声と歓声とが沸き上がった。
小野瀬
「小笠原、自分の仕事は終わったの?」
うん、と頷く小笠原に、経験の浅い鑑識官のひとりが、早速席を譲る。
小笠原
「捜査室の強盗致傷2件は、もう室長が報告書をまとめている段階だよ。明日からは、俺たちも1課の事件の応援にまわされるからね。だから来た」
俺と話をしながら、何の説明もしていないのに、小笠原は容疑者の足取りを地図に書き込むマッピングを始めている。
見るからに明晰な小笠原の横顔と、たちまち片付いていくデータの山を見ながら、俺はつくづく、捜査室のメンバーたちの多才ぶりに感じ入っていた。
もちろん1課も2課も多才だが、鑑識に対して、櫻井さんや小笠原まで投入してのサービス精神は、他の部署には無いものだ。
俺はふと、小笠原もまた、A4の封筒を持参してきている事に気付いた。
小野瀬
「そう言えば、今朝から、みんなこの封筒持って来たよね。これ、何?」
小笠原
「あ、それ、差し入れ。なんだ、見てなかったの?もったいない」
小野瀬
「え?」
小笠原の淡々とした言い方が、俺の背筋に冷たいものを走らせた。
俺は小笠原の封筒から、中に入っていたコピー用紙を取り出し……そして叫んだ。
小野瀬
「うわぁっ!!」
それは、現在1課が必死になって探し回っている容疑者の、詳細な行動予測。
事件の背景から動機付け、殺害方法から犯行時刻、逃走手段とその経路、潜伏先まで事細かに推察されている。
立ち上がった俺は、如月くんから始まったA4茶封筒の中身を、次々に取り出した。
読み進みうち、血の気が引いた。
3件の強盗致死事件のうち、2件はまだ犯人の特定さえされていないはずだ。
ところがそのA4の紙には、殺害動機から推察した、残る2件の容疑者が、住所氏名まで挙げられている。
それどころか、事件に使用した薬物の内容から入手先は研究機関であるとか、あるいは凶器に使われた刃物の特徴から外国人の関与の疑いありとか、いずれも一目で事件の全貌が見えてくるものだ。
全てに『要調査』と書かれてはいるものの、それらは、今朝からの鑑識の作業を軽減し、一気に効率よく精査を進める事を可能にする内容ばかりだった。
小野瀬
「……」
細野
「うわわぁっ!」
俺が書類を回し読みさせた細野が、俺以上の悲鳴を上げて腰を抜かした。
他の鑑識官たちも、ぞろぞろと集まってくる。
俺は全部の封筒を細野に渡し、このとんでもない悪魔の文書をこしらえた張本人に会う為に、ラボを飛び出した。
小野瀬
「穂積ーー!」
俺が飛び込んだ時、捜査室に居たのは一人だけ。
室長席でパソコンに向かっていた穂積の向こうにある窓には、夕闇のせいで、室内の光景が反射している。
そこでは俺が、肩で息をしながら、穂積と向き合っていた。
穂積
「お疲れ」
穂積がPCから一瞬だけ顔を上げ、俺に微笑んだ。
小野瀬
「……」
穂積
「その様子だと、たった今、ワタシからの差し入れを読んだようね」
くそう。
何もかもお見通しだ。
小野瀬
「……」
穂積
「あら、うちの連中、『差し入れ』だって言わなかった?」
言ったけど。
確かに言ったけど。
でも、A4茶封筒に関しては、証拠品の付属書類だと思ってて。
いや、そう思い込んでいて、確認さえしなかった俺も悪いんだけどさ。
穂積
「うちからの証拠品は、全部、致傷の方の物だから。1課の案件優先でいいわよ」
小野瀬
「……」
何か言ってやろうと思うのだが、思い付かない。
穂積
「あ、これ?……2件の強盗致傷の報告書。裏付けのとれない部分はまだ空白だけど、とりあえず、出来る部分だけ作っておこうと思って」
俺が、穂積の作業を気にしていると思ったのか、穂積は、自分のPCを指で弾いた。
穂積
「鑑識の証拠品分析が終われば、記入して提出出来るようにね。明日からは、強盗致死事件の応援にまわされるのよ」
小野瀬
「……」
穂積は、凝った肩を解しながら時計を見、PCを閉じた。
穂積
「悪いわね、これから夜通し会議なの。アンタも徹夜ね。ま、お互い頑張りましょ」
PCとファイルの束を抱えて、穂積が立ち上がる。
穂積
「解決したら一杯やろう、な」
ぽん、と俺の肩を叩き、颯爽と出て行った穂積を見送って、俺は回れ右をした。
鑑識に戻ると、すでに細野が作業計画を大幅に見直し、太田と小笠原が細かい指示を出していた。
細野
「あ、御大」
俺に確認を求めて来た細野に頷いて、俺はラボを見渡した。
小野瀬
「さあ、1課の案件を片付けよう。それが終わったら、続けて捜査室の強盗致傷事件の証拠品鑑定に取り掛かる。今夜は徹夜になるよ」
「今夜『も』、でしょ?」と、元気を取り戻した仲間たちの声が返ってきた。
小野瀬
「そうだね」
俺は笑って、言い直した。
小野瀬
「さあ、今夜も張り切って徹夜しよう!」
~END~