あたかも風のように
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
~翼vision~
退院から数日が経つと、私の周りには変化が起きていた。
最初の変化に気付いたのは、復帰した捜査室での事だった。
爆発事件に巻き込まれての大怪我だったから、現場にいて責任を感じている明智さんを始めとして、捜査室のメンバーはみんな、私に無理をさせないよう、いろいろと心を配ってくれた。
でも、そうした優しさは以前から感じていた事で、私が入院してから急に、みんなが親切になったわけではない。
むしろ逆だった。
今まで、彼らは時に世話係を競いあうほど私の面倒を見てくれ、過保護ですよと笑うほど、手を貸してくれた。
それなのに今は、何となく、前とは違う距離感が生まれていた。
たとえば、明智さんに私の作った報告書を確認してもらっている時に傍らから覗き込むと、私が近付いた分だけ、明智さんが私から離れる、とか。
一緒に捜査で外回りしていた時、雑談の最中に藤守さんが笑いながらいつものように私の頭をぽんと叩こうとして、あ、と途中で手を止めたとか。
デスクワークをしている時、ふと気付くと、室長が私を静かに見つめていたり、とか。
誰もが私を気遣いながらも、不用意に私に触れないよう、自制しているようだった。
私はそんなみんなの態度を、自分の怪我を心配してくれているせいだと思っていた、のだけれど。
私の感じた微かな違和感は、それが不安や寂しさに変わるよりも早く、原因が明らかになった。
小野瀬
「櫻井さん、コーヒー入れてくれる?」
捜査室の扉を開け、弾むような声と笑顔を惜し気もなく振り撒いて現れたのは、小野瀬さん。
穂積
「櫻井は病み上がりだと言ったでしょう」
席からたしなめる室長の声に「はいはい」なんて返事をしながらも、入って来る小野瀬さんの微笑んだ目は、私しか見ていない。
数日前、退院と前後して小野瀬さんから愛の告白を受け、結ばれたばかりの身としては、その笑顔が嬉しい反面、つい頬が熱くなってしまうほど面映ゆい。
小野瀬
「無理言ってごめんね、櫻井さん」
私のそんな思いを知ってか知らずか、小野瀬さんはコーヒーメーカーの前に立つ私の傍らに来て、作業を見ながらにこにこしている。
小野瀬
「でも、きみの入れてくれるコーヒーの魅力を知ってしまったから、俺、もう、鑑識の味気無いコーヒーには戻れないんだ」
ふん、と室長が鼻を鳴らして、顔を机上の仕事に戻した。
その、すぐ後。
ギシ、と音がした。
如月さんが自分の席で、椅子にもたれて大きく伸びをしたのだ。
如月
「あーあ、本当に、翼ちゃんは小野瀬さんのものになっちゃったのかあ」
口調は独り言みたいだけど、内容は、はっきり、私と小野瀬さんに向けられていた。
藤守
「しゃあないやろ、小野瀬さんやったら勝ち目無いわあ」
藤守さんも同調する。
翼
「あ、あの…」
小笠原
「付き合い始めたんでしょ。小野瀬さんを見てたら分かる」
ナナコから目を離さない小笠原さんの淡々とした言葉に、小野瀬さんが驚いた顔をした。
小野瀬
「えっ俺?」
小笠原
「うん。小野瀬さんから櫻井さんに告白した確率、99.9%」
小野瀬
「えっ?!」
これには私もびっくり。
小野瀬
「俺、そんなに分かりやすいかな?」
小笠原
「みんな、とっくに気付いてるよ。小野瀬さんて、けっこう行動が露骨だから」
明智
「確かに、今にして思えば、爆発が起きる前の現場で、もう、すでに変な雰囲気だった…」
小笠原さんと明智さんが溜め息をつく横で、如月さんは膨れっ面、藤守さんは苦笑い。
如月
「そうそう。特に、退院してからは、小野瀬さん、翼ちゃんに夢中ですもんね」
藤守
「まあ、めでたい事やし、ええやないですか」
小野瀬さんは笑って、私の肩を抱き寄せた。
小野瀬
「そうだよね、いいよね。俺たちは部署も違うし、お互い大人だし、結婚するつもりだし、何の問題もない」
翼
「けっ結婚?!」
いきなり飛躍した単語に、私はおかしな悲鳴をあげてしまった。
それは、男女の仲になった時から意識した事で、私だって、もちろん、小野瀬さんと結婚したい、と思ってはいるけれど……。
小野瀬
「あれ?嫌?」
狼狽えていると、肩を抱いたのとは別の手が伸びてきて、私の顔を小野瀬さんに向けさせた。
私の目の前には、少し頬を紅潮させた、小野瀬さんの綺麗な顔。
小野瀬
「お父さんにも、きっと認めてもらえるよう努力するよ。だから」
翼
「小野瀬さん……」
小野瀬
「いいよね?」
すると突然。
穂積
「いいわけないでしょう!」
さっきまで席に座っていたはずの室長が、いきなり私と小野瀬さんの間に現れて、二人を引き離した。
穂積
「櫻井判事が交際を認めるまで、そして、小野瀬が過去の女性関係を清算するまで、捜査室内でイチャつくのは禁止!!」
翼
「えっ?!」
小野瀬
「えぇー?」
私の視界は、室長の青いスーツの広い背中に塞がれていた。
小野瀬
「ひどいよ穂積、警視庁の中でここだけが唯一、安心してイチャつける場所なのに」
穂積
「ふざけんじゃないわよ!」
室長は、私に向かって伸ばされた小野瀬さんの手を、ぴしゃりと叩き落とした。
穂積
「どこでイチャつこうと、櫻井に肩身の狭い思いをさせないようにする事が、アンタの努めでしょ!」
うっ、と小野瀬さんが返事に詰まる。
穂積
「櫻井、アンタもよ」
室長はくるりと向き直って、今度は私に指を突き付けた。
翼
「えっ?」
穂積
「『どうして私なんか』なんて卑屈になるのも、『遊びじゃないのかな…』なんて考え過ぎるのも、禁止!付き合うからには、小野瀬を信じなさい。いいわね?」
私はどきりとした。
穂積
「いいわね?!」
翼
「は、はい」
こくこく頷いていると、やれやれ、と小野瀬さんが溜め息をついた。
小野瀬
「職場のお父さんも厳しいなあ」
小野瀬さんの呟きに、室長が、ぎろりと冷たい流し目を向けた。
穂積
「職場のお兄さんたちも見張ってるのを忘れるんじゃないわよ」
明智
「ですね」
阿吽の呼吸で、明智さんが頷いた。
明智
「小野瀬さん、櫻井を泣かせたら、引き金を引きますよ」
小野瀬
「おいおい…」
藤守
「櫻井を傷付けたら俺、小野瀬さんを軽蔑しますわ」
如月
「翼ちゃんを大事にしないと、俺、小野瀬さんを投げ飛ばしちゃうかも」
小笠原
「たとえ櫻井さんが許しても、どこに逃げても、必ず見つけるからね」
口々に言いながら、私の盾になるかのように、みんなが次々と立ち上がって小野瀬さんを取り囲む。
全員の背中を順々に見つめて、私の胸は熱くなった。
涙が溢れそうになって顔を上げると、私を見つめる室長と目が合った。
穂積
「愛してるわよ、櫻井」
思わず息を飲むほど、真剣な表情と眼差し。
穂積
「小野瀬に飽きたら、いつでも帰って来なさい」
私が室長にぎゅっ、と抱き締められた途端、背後で、わあっ!と大勢の声が上がった。
如月
「あっ、室長ずるい!」
藤守
「いくらお父さんでもそれはアカン!」
小野瀬
「俺の櫻井さんを口説くな!」
明智
「室長、冗談に聞こえません」
口々に言われて、室長の腕が緩む。
穂積
「冗談なんかじゃないわよ!」
あ、そ、そうか、冗談か、びっくりした。
ドキドキする胸を押さえようとした手を、今度は小野瀬さんに引き寄せられた。
穂積
「小野瀬!」
小野瀬
「分かってるよ、穂積」
改めて肩を抱かれて見上げれば、室長と、みんなに向ける小野瀬さんの眼差しは穏やかだ。
小野瀬
「みんなが大切にしてきた女の子だからね、絶対に悲しませたりしないよ」
その眼差しが、私に向けられた。
小野瀬
「俺はもう迷わない、迷わせない。だから、信じて」
翼
「小野瀬さん……」
はい、と頷けば、また大騒ぎになった。
穂積
「ああ可愛い!やっぱり小野瀬なんかに渡したくない!」
小笠原
「室長、本音だだ漏れ」
藤守
「櫻井!別れたらアカンけど、俺も、俺もおるからな!」
明智
「そうだな、別れないよう祈っているが、万が一という事もある」
小笠原
「その時は俺が幸せにしてあげる」
如月
「翼ちゃん、如月公平、如月公平をお忘れなく!」
小野瀬
「だから、俺の櫻井さんを口説くなったら!」
どこまでが嘘か本当か、いつになく必死な小野瀬さんと、みんなの優しさにもみくちゃにされて、私は泣き笑い。
私の涙に気付いた小野瀬さんが、ぎゅう、と私を抱き締めた。
小野瀬
「櫻井さん」
捜査室のメンバーからひときわ大きなブーイングが沸き起こるのをそのままに、小野瀬さんの掌が私の頬を包む。
小野瀬
「これからのきみの涙は、全部、嬉し涙にする」
そう言って、零れた私の涙を口づけで掬い取る。
小野瀬
「誓うよ」
それから小野瀬さんはみんなの見ている前で、私に唇を重ねた。
あたかも風のように~END~