ため息
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~小野瀬vision~
小野瀬
「櫻井さん、おはよう。んー、いい香り」
翼
「おはようございます、小野瀬さん。今コーヒー淹れますね」
最近、これが朝の日課になりつつある。
緊急特命捜査室は同期の穂積が室長を務める小人数の部署で、俺にとっては居心地のいい場所だ。
そこへ最近加わった彼女のお陰で、俺はますますここに入り浸るようになった。
翼
「はい、お待たせしました」
ミーティングテーブルの俺の前に、コーヒーの入ったカップが丁寧に置かれた。
ごくありふれたコーヒー豆を挽いて、フィルターペーパーで濾した、ごくありふれたコーヒー。
でも、彼女の手にかかると、そのコーヒーが、極上の安息の香りを放つ気がする。
紅茶や緑茶を淹れる事にはこだわりのある明智くんが、コーヒーを淹れるのは彼女に任せきりなのが、その証拠だと思う。
翼
「お疲れのようでしたら、チョコレートもご一緒にどうぞ」
カップの傍らに添えられた数個の一口チョコレートに、俺はじわりと癒される。
小野瀬
「ありがとう、助かるよ」
俺がお礼を言うと、彼女はにこりと笑ってお辞儀をしてから、離れて行った。
代わりに近付いて来たのは穂積だ。
穂積
「それ飲んだら、とっとと鑑識に帰りなさいよ」
小野瀬
「ひどいなあ。今、彼女との会話の余韻に浸っていたのに」
穂積
「飲み終わるまで待ってやるだけ有り難いと思いなさい」
そう言って席に戻って行く穂積は、本当に忙しそうだ。だったら俺なんて放っておけばいいのに。
顔を見るとちょっかい出さずにはいられないんだね。まあ、逆なら俺もそうするけど。
今日のところは、大人しく言われた通りにする方が良さそう。
俺はカップを口につけながら、何となく櫻井さんの姿を探していた。
彼女は小笠原くんと時々会話をしながら、何かPCに打ち込んでいた。
小笠原と雑談出来る女の子なんて初めてだ。
人間嫌いで有名な小笠原が、彼女に声を掛けられると、嬉しそうに、とは言えないまでも、振り向いて返事をしている。
数年前ならあり得ない光景だ。
彼女が笑うと、室内の空気が和むのが分かる。
若い藤守くんや如月くんが色めき立つのはもちろんだが、明智くんも穂積も、彼女を常に見守っているのがよく分かる。
彼女に手を出したら、それが誰でも、ここにいる全員を敵にまわす事になるだろう。
困難が大きいほど、恋愛は燃えると言うけれど。
俺にとっての難関は、むしろ周りの男たちではない。
俺が見つめていると、ふと顔を上げた彼女が、俺と目が合って、花が開くような笑顔を見せた。
あの反応を見れば、彼女が俺に好意を持っていると感じてもいいはずだ。
いいはずだというのに。
翼
「小野瀬さん、お代わりですか?」
小野瀬
「え、いや、大丈夫。……チョコレート、もう少しもらってもいいかな」
穂積が声を殺して笑っている。
俺は席を立って、自分から彼女の方へ行った。
翼
「はい、どうぞ」
彼女は引き出しからチョコレートをたっぷり一掴み取り出して、俺の手に載せてくれた。
翼
「細野さんや太田さんにも分けてあげて下さいね」
小野瀬
「ありがとう、喜ぶよ。コーヒーも、ご馳走さま」
ニコニコしている彼女から離れて、俺は捜査室を出た。
扉が閉まると同時に、中から、堪えきれなくなった穂積の高笑いが聞こえた。
あの野郎覚えてろ。
そう、櫻井さんはいつもこんな調子。
事件では恐ろしい程の想像力と直観の冴えを見せるのに、普段の彼女ときたら、ほとんど鈍いんじゃないかと思うほど。
それなのに、気付けば俺は彼女を探している。
真珠のように愛らしい姿、湧水のように清らかな心。
そんな、女性。
彼女は汚れた俺の全てを受け入れて、渇望の全てを満たしてくれるだろうか。
そんな事を望む俺を、抱き締めて癒してくれるだろうか。
ふわふわと柔かで、純白。
俺にそれを求める資格があるだろうか。
俺はまた溜め息を洩らす。
これはきっと、君に恋をしているから。
~END~
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