紅一点、走る
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3.紅一点、目覚める
~翼vision~
特命捜査準備室に私が加入した後、年が改まっても、新しいメンバーが増える事は無かった。
それはつまり、私が一番下っ端のまま、という事。
日々の積み重ねで、お茶を淹れるタイミングと、全員のお茶の好みはマスターした。
室長には毎日たくさんのお使いを言いつけられて、私は、警視庁の隅から隅まで走り回っている。
如月さんは年齢が近いからか、いろいろと親切に教えてくれる。
藤守さん、明智さんは、私にほとんど構わないうえ、何となくぎこちない。
お茶の時間なんかに時々声を掛けてくれたりはするから、嫌われてはいない、と思いたいけど。
小笠原さんには……もしかしたら嫌われてるかもしれない。相変わらずのガン無視だ。
そんな中、『特命捜査準備室』は、いよいよ『緊急特命捜査室』に昇格した。
そして『捜査室』になった途端、盗撮犯や露出魔など、リアルタイムで事件が次々と舞い込むようになった。
ただし、捜査室に主導権のあるものはほとんど無く、あらゆる部署からあらゆる仕事が廻ってくる。
如月さんなんて「これじゃ雑用室だよー」と喚いたけど、誰も反論しなかったし……。
「藤守、応援要請来たから頼むわ。露出狂の容疑者の在宅確認が出来たそうだから急いで」
「明智は盗撮犯人の聴取お願いね。小笠原、明智に同行して記録をとってちょうだい」
「如月は例の件小野瀬にデータもらって、三課と合流して」
「了解!」
室長の矢継ぎ早の号令のもと、それぞれが身支度をして飛び出して行く。
私は拳を握ったまま、出口で「行ってらっしゃい!」と、みんなを見送った。
それくらいしか、出来る事が無かったから。
「……」
みんなが出て行った後、私は、机に残されたコーヒーカップを片付け始めた。
カチャカチャ音を立てながら、お盆に載せる。
先に扉を開けておこうとして振り向いたら、そこには、いつの間にか室長がいた。
以前、小野瀬さんがしてくれたように、扉を開いて待ってくれている。
「あっ、ありがとうございます!」
急いでお盆を持ち、扉の前に立つ室長の傍らを抜けた時、背中越しに、囁くような声が聞こえた。
「焦らなくていいのよ」
給湯室の引き戸は基本開いたままなので、後は楽だ。
シンクの横にお盆を置いて振り返ると、捜査室の扉はもう閉じられていた。
「……」
何だろう。
まるで、「焦らなくていい」って言う為に、扉を開けてくれたみたい……。
給湯室に立ってぼんやりと捜査室の扉を見つめていたら、勢いよくそれが開いて、顔を出した室長がこちらを睨んだ。
「だからってグズグズするんじゃないわよ!」
「はっ、はいいぃっ!」
し、叱られてしまった。
私はまた叱られないよう、急いで洗い物を済ませた。
捜査室に戻った私を席に座らせておいて、室長は、キャビネットからファイルを一冊取り出した。
「はい」
と、それを私の机に載せる。
「?」
何のファイルだろう。私は、自分の右側に立っている室長を見上げた。
「開けてみて」
「はい」
ぺらりと表紙をめくった私は、目に飛び込んできた大きな顔写真に、思わず悲鳴を上げた。
「キャー!」
私の上げた悲鳴に、室長までびっくりしたようだ。
「……どうしたの」
「だだだだ、誰ですか?!」
室長は笑いながら、私が放り投げてしまったファイルを拾ってくれた。
「笹本信之、上連雀二丁目居酒屋チェーン副店長強盗殺人事件犯人」
机の上に戻されたファイルは閉じたまま、室長はすらすらと暗唱した。
「●●年11月24日木曜日、三鷹市上連雀二丁目で発生した、居酒屋チェーン副店長を刃物で殺害した殺人事件の犯人よ」
「……」
私は、改めてファイルを開いて、強盗殺人犯のページを見直した。
そこに書かれた容疑の内容は、今の室長の言葉通りだ。
「凄いです、室長!」
感動して見上げた私に、室長は苦笑で応えた。
「ありがとう。でもね。警視庁管内で、五年以上前から指名手配されている犯人よ。よく見てごらんなさい、コンビニにも貼ってある顔でしょ」
「あ、そう言われて見れば……」
落ち着いて見れば、全くその通りなのに。
さっきは、室長の顔を見た直後にいきなり凶悪犯の顔を見たので、とても同じ人類とは思えなかったのかも(失礼)。
「アンタも知ってる顔だと思ったから見せただけ。こんな大物は狙わなくていいわ」
「狙う?」
室長は私の机に手をついて、写真を見ていた私の顔を、横から見た。
「前にアンタ、顔と名前を覚えたら忘れない、って言ったわよね」
すぐ近くからきれいな顔で見つめられて、私はどきりとした。
やっぱり、凶悪犯とは顔の造形が根本的に違う(失礼)。
「はい、それは、自信あります」
「見当たり捜査、って、知ってる?」
室長はにこりとして、キャビネットを指差した。
「ここに、逮捕状は出ているけれど現時点で行方が分からない、つまり、指名手配されている犯人の写真や似顔絵が入っているわ」
「はい。……え?……もしかして……」
「そう。覚えてもらうわよ」
私は思わずキャビネットを振り返った。
「えっ、全部ですか?!これ……北海道から並んでますけど」
「まずは関東圏ね。とり急ぎ警視庁管内から始めましょうか」
室長が、にっこりと微笑んだ。
室長の笑顔はとても優美。こんな近くで見てるのに、欠点を見出だせないほど完璧だ。
でも、そのきれいな顔が、今はもはや怖い。
「アンタの強運と記憶力には期待してるわ。検挙率No.1も夢じゃないはずよ」
さらりと恐ろしい事を言って、室長は私の机についていた手を離し、身体を起こした。
「そうすれば、立派な戦力になる」
「!」
私はぎょっとした。
……室長は、私の気持ちを見抜いていたんだろうか。
いつまでも半人前、役立たずでお客様扱い、そう思っていた。
みんなの役に立ちたいと思いながら、私は今まで何をしてきたんだろう。
室長は、お茶汲みをさせる為に私を呼んだんじゃない。私の能力に期待してくれたのに。
「やります!」
私は、室長を見上げて叫んでいた。
「私、頑張ります!」
そう言って、私は視線をファイルに戻した。
「頑張りますから!」
「いい子ね。櫻井、これあげるわ」
そう言ってから、室長は私の前で、手にした携帯を開いてみせた。
差し出された画面には、指名手配犯の情報が列挙されている。
警視庁のHPにも似ているけど、それは、事件内容よりも、犯人の外見や行動範囲などに特化しているように思えた。
「これは小笠原に作ってもらったの。情報はリアルタイムで更新される仕組みになっているし、顔写真の画面からすぐ、担当部署に信号を送れるのよ」
「室長……これ、もしかして、私の為に」
熱いものが込み上げてくる。
頭を下げかけた私を制して、室長は、その携帯を私の手に握らせてくれた。
「頭を下げる相手はワタシじゃないわよ」
小笠原さん。
私、嫌われているとばかり思って、少し苦手だな、なんて思ってたのに。
「これは、仕事用の携帯として使いなさい。捜査室全員の番号も入れてあるから」
「……はい……」
嬉しい。
嬉しい。
初めて捜査室の仲間になれたような気がして、私は、頂いたばかりの携帯を抱き締めた。
「ありがとうございます……!」
「期待してるわよ、櫻井」
「はい!」
捜査室の中で迷子になりかけていた私は、ようやく目の前に道を見つけた思いだった。
「ただし、頑張り過ぎないこと」
室長はそんな私を見ながら、優しく笑ってくれた。