紅一点、走る
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1.紅一点、出逢う
~穂積vision~
「……」
その日、俺は資料室に一人篭り、最近一年間の警視庁の事件記録を調べていた。
それも、女性が検挙や逮捕に関わったものだけを。
数日前、我々『警視庁特命捜査準備室』のメンバーが集まって缶コーヒーを飲んでいた時、それはにわかに問題提起された。
男ばかりの仕事場だから、ぜひとも女性が必要だと言う小野瀬と如月(如月は後輩なら誰でもいい)。
明智と藤守は、男でもきつい刑事の仕事を女性が同様にやるのは無理だし、気の毒だという意見だ。
もちろん、小野瀬も如月も、女性に強制労働をさせようとは思っていない。
だがしかし、せめてお茶ぐらい、優しくきれいな手で淹れてもらいたいじゃないか。
辛い仕事から帰って来た時に「おかえりなさい」と言ってもらえたら嬉しいじゃないか。
と、小野瀬チームは訴える。
その説得に心を乱されたのか、藤守が揺れた。
確かに、仕事から帰って来て、そこに可愛らしい女性がいたら素敵ですけどね。
それとこれとは話が別でしょ。
相手は女の子ですが、その前に刑事なんですよ。
明智は頷いているが、帰宅したら女性がいるの素敵、という藤守のロマンに関しては、何故か受け入れられない様子だ。
小笠原は寝ている。
俺は黙って聞いていたのだが、結局、「いい子がいたら入れてみよう」という、俺の当初の意見が採用されてしまった。
かくて俺は警視庁を歩き回って婦警の情報を集めるとともに、過去の事件を読み返す事になったのである。
「……」
今日の聞き込みの結果、最近何度か手柄を立てた女性がいる、という事が分かった。
交通課の新人で、しかも、犯人を逮捕したのは偶然だという。
「ナメタケ銀行強盗事件……」
交通課の彼女は、その日、たまたま、銀行の裏に駐車違反のバイクを見つけて、固定した。
ところがそのバイクは、強盗の逃走用のバイクだったというものだ。
銀行から金を持って飛び出して来た犯人は、用意してあったバイクが動かせず、立ち往生しているうちに取り押さえられた。
「……その半月前には、麻薬の大物売人を、偶然、スピード違反で逮捕……」
警邏中、たまたまスピード違反の車を発見し、停止させたところ、降りてきた運転手に、突然その場で土下座されてしまった。
困った彼女は応援を呼び、ひとまず運転手を確保した。
その後で調べてみると、それは指名手配中の麻薬の売人で、車の中からは時価数千万円相当の違法薬物が見つかったらしい。
「さらにその二ヶ月前には、とあるミニバンを信号無視で捕まえたところ、たまたま、後部座席に誘拐された子供が乗っていた……」
何だこれは。
これが、本当に全て偶然だというのか。
こんなに頻繁に「たまたま」があってたまるか。
俺は調書を読み終えて、胸が震えた。
何という才能。
それにこの名前。
まさか。
もう、じっとしていられなかった。
俺は躍起になってその女性を探し、そして、見つけた。
帰宅途中の彼女が通り掛かるのを見計らって、俺は、彼女の前に立った。
懐かしい、いや少し大人になったその顔を見て、俺は思わず声を上げそうになった。
ああ、この子だ。
やっぱり間違いない。
俺は高鳴る胸を抑えて、出来るだけ落ち着いた声を出した。
「久しぶり」
声を掛けてはみたが、どうやら彼女は、俺が誰なのか分からない様子。
靴から頭まで一通り視線を動かして俺を見たが、彼女の戸惑いは消えない。
そりゃそうだろうな。
185cmの金髪の男だ。知っていて思い出せないはずがない。
「私のこと……覚えてない?」
「……すみません」
彼女は素直に頭を下げた。
「どなたですか?」
困った顔で真正面から訊かれ、俺は軽く微笑んだ。
「穂積泪。警視庁、特命捜査準備室の者です」
彼女は飛び上がった。
「し、失礼しました!」
慌てて敬礼をする。
……これは、ようやく上官だと気付いた、という反応だな。
俺の顔を見て、名前を聞いても、やはり心当たりは無いらしい。
彼女はまだ釈然としない顔で立ち尽くしていたが、俺は続けた。
「今度、新しい部署が出来るんです。現在は準備室ですが、来年には緊急特命捜査室になります」
「……そうですか」
「そこの室長が、私なんです」
彼女は相変わらず、困ったような顔をしている。だが、俺は構わず、本題を切り出した。
「実は、あなたに、私の捜査室に来ていただきたいのですが」
彼女はまた、飛び上がりそうになった。
「あのう、私、交通課のぺーぺーですよ……?」
それが何か、と、俺は言った。
「あなたは、論理ではなく感覚を使って、犯罪者を逮捕しているのではないかと私は考えています」
「まさか」
彼女は否定したが、俺は真剣だった。
「失礼ですが、あなたの解決した事件を調べさせていただきました。あなたは何となくおかしい、と思ってバイクを固定し、スピード違反の車を覗き込み、信号無視の車のドアを開けている」
彼女は、その時の事を思い返しているようだ。
「……後から思えば、確かにそうだったかもしれません。何か、変だなって」
俺は、彼女の言葉を聞いて、満足した。
「でしょう?私は、そういう能力を持った捜査官を求めています」
言ってから、俺はさらに付け足した。
「交通課の山田課長にお聞きしたところ、あなたは、顔を見て、それから名前を聞いた人の事は、決して忘れないのだとか」
「はい、人の顔を覚えるのは得意です」
彼女が頷いた。
「だから、あの、穂積さんのお顔に覚えが無いのを不思議に思いました。……現場で見たことがある人なら、覚えていると思ったので……」
「正解」
俺は拍手をした。
「私はあなたを見た事がありますが、あなたは私を見た事が無いはずなんです」
「は、はあ」
きょとんとした顔に戻った彼女は、またしても俺に対して不信感を持ったのか、不意に、挙動不審になった。
じっと俺を見つめたかと思うと、突然、ぺこんと頭を下げたのだ。
「あの私そんな力ありませんしお誘いは嬉しいですが無理だと思いますこれで失礼いたします!」
早口でそれだけ言って、彼女はそそくさと逃げようとした。
「そうですか。……でも、あなたには、断る権利は無いんですけどね」
分かりやすい彼女の反応が可笑しくて、つい、悪戯をしたくなる。
「そうねー、来月あたり辞令が出るんじゃないかしら?」
混乱した表情で、彼女は振り返った。
「あの、それは、どういう」
俺は笑いを堪えながら、彼女に背を向けた。
「では来月。それまで体力作りをしておくように」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
「あぁ、そうだわ」
俺の口調の変化に、彼女の顔が強張る。
「……『だわ』?」
「一つ、頼みが。いや、忠告かな?」
「何ですか?」
「少々変人が集まっている部署だから、驚かないようにね」
「……え?!」
彼女が何か言ったが、俺はもう振り返らなかった。
俺の希望はもちろん上層部に聞き入れられ、来月付けで、彼女に辞令が出た。
交通課経験数ヵ月にして、特命捜査準備室への異動が決まったのだ。
かなり強引な人事で、交通課の課長には借りを作ってしまったかもしれない。
だが、そんな事も気にならないほど、彼女との再会は、俺の気持ちを高揚させていた。
櫻井翼。
彼女が来月、準備室に加わる。