捜査室、始動
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5.如月 公平
八月半ば、本日も真夏日。
明智、藤守の二人はそれぞれ、別々の夏祭り警備の手伝いに駆り出されている。
小笠原は、小野瀬に、強引に鑑識の仕事に引き摺られて行った。
夏は事件が増えるから、警察はどこも忙しい。
俺は冷房の効いた特命捜査準備室の室長席に座り、自販機で買ったカフェオレを飲みながら、今朝届いた書類を眺めていた。
『異動申請書』
表書きは子供っぽい文字で書かれているが、これは、れっきとした正式書類だ。
「如月公平、か」
またしても警察庁の人間だ。
緊急特命捜査室(今は特命捜査準備室)は、警視庁にある。
小笠原は科警研からだが、俺と藤守、明智は警察庁からの出向だ。
所属を超えた機動性汎用性、という設立目的を考えれば、俺としてはそろそろ、警視庁の人間を入れたいと思っていたのだが。
まあ、向こうから入りたいと言うのを、断る理由も無いだろう。
俺は行動表の行先に「面接」と書いて、準備室を後にした。
俺は、如月の上司である捜査三課長に許可を取って、小会議室に如月を呼んだ。
ノックの音がし、課長が「どうぞ」と返事をすると、明るい色のソフトスーツを着た、男子高校生みたいな刑事が現れた。
中に座っていた上司と俺の姿に一瞬、驚いた様子だったが、あっという間に、明るい表情で敬礼する。
「自己紹介しなさい、如月」
「はい!如月公平でぇす!」
「こちらは警視庁特命捜査準備室の、穂積室長だ」
「穂積です」
俺が立ち上がって一礼すると、如月は大きな目をキラキラ輝かせた。
「うわぁ、直々に、ですか」
「こら、如月!」
上司が慌てて遮るが、如月はニコニコして俺に頭を下げた。
「すみません。噂以上に超カッコいいから、俺、テンション上がっちゃって!」
「如月!」
「えー、でも課長も言ってたじゃないですか。二十代で室長なんて、さすがキャリアだって」
ふん。
俺は、如月の言葉に満更でもない風を装って、微笑を浮かべてみせた。
可愛い顔してるが、コイツは油断ならないな。
「だから、穂積室長の新しい捜査室、俺、凄く興味あるんです」
如月が続ける言葉を、俺はたいした感慨も無く聞き流していた。
如月が、俺をじっと見ていた。俺の反応を探っている目だ。
俺は課長に礼を言った。
「課長、ありがとうございました。少し、如月と二人で話をさせてもらいたいのですが」
「あ、はい分かりました。こう、……如月。くれぐれも失礼の無いようにな!」
「ハイ!」
では私はこれで、とペコペコ頭を下げながら、課長は小会議室を出て行く。
三課の課長が、何故あんなに低姿勢なのか俺には分からない。
課長は去り際、如月に、くれぐれも失礼の無いように、と念を押して去った。
果たして、如月に課長の真意は届いたかどうか。
「失礼しました。お世辞はお嫌いみたいですね」
扉が閉まり、二人きりになると、如月はペコリと頭を下げ、俺にニコニコと話し掛けてきた。
「今までの相手には、結構喜ばれたんですけど」
悪戯を見つかったように、如月が笑った。
「世渡りは上手なようね」
如月は黙って笑っている。
「さて本題に入りましょう。如月公平くん、捜査室への異動を希望してくれてありがとう」
「ハイ!」
如月が笑顔になる。
俺は、机に広げてあった書類を、トンと揃えて封筒に戻した。
「ワタシの部下に、お世辞を言うような卑屈な奴はいらないわ」
如月自身の提出した申請書類を封筒のまま胸の前に突き返すと、如月の表情が変わった。
「人の顔色を窺い、心に無い事を言い、服従する気が無いのに尻尾を振るような部下は、いらないのよ」
「……!」
如月は蒼白になっていた。
「以上よ。この話は無かった事にしてちょうだい。悪かったわね」
俺は立ち上がった。
「ま、待って下さい!」
「どきなさい」
扉に向かうのを押し止めようとする如月を、俺は冷たい目で見下ろした。
「すみませんでした!」
すがりついた如月の悲痛な声に、俺は足を停めた。
「今さら何を謝るの?」
小柄な如月は、困ったような顔で口をぱくぱくしながら、俺を見上げている。
「ほ、本当の事言います!」
「……いいわ、聞きましょう」
俺は如月を一瞥してから、席に戻った。
如月も席に戻って、取り出したハンカチで汗を押さえた。
「……俺、中学生の時に、柔道の全国大会で、明智さんが優勝したのを見た事があるんです」
如月は真っ赤になった。
「で、入庁したら明智さんがいて、近付きたくて、追い掛けてSATの試験も受けたんですけど、落ちちゃって……」
「つまりアンタは、明智に憧れて、捜査室に入りたいわけね」
如月は、ますます赤くなった。
「新しい部署に興味があるのは本当です。でも……すみません」
俺は、下を向きかけた如月を、醒めた声で引き戻した。
「明智に会ってどうするつもり?」
如月はパッと明るい表情になって、顔を上げた。
「え、そりゃ、ずっと憧れてましたって言います!」
「それから?」
「SATは残念でしたねって、でも、気にする事ないですよって言います。それから、同じ部署になれて嬉しいです、って!」
「残念でした、って言うのね」
俺の表情を見ていた如月の顔が、みるみるうちに強張った。
「……あ……」
「気にするな、って言うのね?」
俺は静かに尋ねる。
「それから?」
「あの……俺……」
「答えなさい。それから、何と言って、明智の誇りを傷付けるつもり?」
「……すみません!」
如月は立ち上がって、勢いよく頭を下げた。
「……すみませんでした!……俺、俺、自分の事ばっかり考えてて……!」
俺はゆっくりと立ち上がった。
「室長、俺、色々間違ってました」
如月の目が潤んでいる。
こんな短時間で変われるなんて、やっぱり若いな。
「明智さんと仕事がしたい気持ちは変わりません。でも、もっと真剣に考えます。……室長に、許してもらえれば、ですけど」
まだまだ欠点も多いけれど、正直で、柔軟な心を持つ若者。課長が如月を可愛がる気持ちが、ようやく俺にも分かる気がした。
俺は、ゆっくりとひとつ、息を吐いた。
「その言葉を信じるわよ、如月。……きつい言い方をして、悪かったわね」
俺が言うと、如月の目に涙が滲んだ。
「……いいえ……俺っ……」
如月は俯いて、首を横に振った。
「アンタ、柔道が黒帯で俊足、と書いてあったわね」
「……あ、はいっ」
如月は戸惑っていたが、俺が見つめると、ごしごしと袖で涙を拭いた。
俺はその手から、そっと、先ほどの封筒を取った。
「引き継ぎを終えたら、特命捜査準備室にいらっしゃい。待っているわよ」
「……」
「ただし。明智の為にではなく、ワタシの為に、全力で走る覚悟が出来てからね」
まだ信じられない、という顔をしている如月に、俺は笑顔を消し、わざと睨んだ。
「返事は?」
如月は、大きく息を吸い込んだ。
「はいっ!!」
外で聞き耳を立てている三課の課長にも、きっと聞こえただろう。
俺はもう一度如月に向かって微笑んでから、扉を開いた。