捜査室、始動
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2.藤守 賢史
警察病院。
時々お世話になっているが、こうして誰かの見舞いに来るのは久し振りだ。
受付で面会を申し込み、藤守の病室へ向かう。
少年事件課の課長から聞いた番号の部屋に辿り着くと、そこは二人部屋。だが、手前のベッドは空だった。
しかし、もう一つ、窓側に置かれた方のベッドには、人の気配がある。
カーテンが引かれていて姿は見えないが、どうやら起きている様子だ。
俺は、入り口の扉をコンコン叩いてから、声を掛けてみた。
「藤守。入っていいか」
「はい……?」
標準語とはちょっと違うイントネーションの、若い声が聴こえた。
「警備の、穂積」
まだ正式な辞令は出ていないので、俺はそう名乗った。
「穂積……ぇええっ?!」
藤守はけたたましくベッドを下りると同時に、天井から下がったカーテンを引っ張り、掻き分けて出て来た。
「……し、少年事件課の藤守ですっ!」
「知っている」
「で、ですよねー!今、名前、呼んでくれてましたもんねー!」
藤守は大きな目をぱちぱちさせながら、俺を見つめていた。
入院中でやや薄くなっているが、健康的に日焼けしている。きちんと外回りをしてきた証拠だ。
背は高く、胸板も厚く、体つきはしっかりしていた。
顔立ちもきりっとしていて、なかなかの男前だ。その顔が、今は驚いたまま固まっている。
俺は少し、悪戯心を起こした。
「……その反応は、ワタシのコト、知っているようね」
「……!」
裏声で言ってみると、藤守が身震いした。
「あ、あの、お噂は、かねがね」
「あら、どんな噂なのかしら」
「……」
「正直に言う方が身のためよ」
俺が一歩踏み出すと、藤守はひゃあと叫んだ。
「ええと、……警察庁のキャリアで、今は警備部に出向してて、あ!け、警視庁の、『抱かれたい男ランキング』で、毎年、一、二位を争っている色男!いやー、お噂通りお綺麗で!」
「お前も抱かれてみてえか?」
低い声で凄んでみせながら、俺はさらに一歩踏み出す。
笑顔を作りかけていた藤守が、蒼白になって震え出した。
「ひええ、すんません!」
近付いてみると、俺の方が、藤守よりも数cm背が高いようだ。
縮こまるのを上から見下ろしてやったら、藤守は涙を浮かべた。
「そーれーかーらー?」
「……金髪碧眼の超美形で、超エリートなのに、オカマで、ドSで、傍若無人。通称『桜田門の悪魔』」
ガツン。
俺は藤守の額に、思い切りデコピンをかましてやった。
「い痛ったー!!」
目をチカチカさせて、藤守がしゃがみこむ。
「痛ー!ひどいですやんか!正直に言うたのに!」
「正直に言ったから、この程度で許してやるんだよう」
俺の低い声に、藤守はもう土下座寸前だ。
「すんません!すんません!」
「ところで、ねえ、藤守?」
藤守と同じ高さまで屈み込んでから、俺は一転、裏声で甘く優しく囁くように言った。
「は、はいぃっ」
「アンタ、間違えてるわよ」
「へ…?」
「アンタは、もう、少年事件課、ではないの」
「え…?」
真顔を上げた藤守に、俺は、にっこりと笑ってやった。
「アンタは今日から、ワタシの部下よ♪」
「えええぇーっ!」
仰け反った藤守が、尻餅をついた。
俺はニヤニヤしながら、藤守の反論を待つ。
「そ、そんなん課長から聞いてません!」
「でしょうね。さっき、話し合いで決まったばかりだから」
「話し合いて…はっ、まさか課長にも暴力を、痛い痛い痛い痛い!」
頭を両方の拳で挟んでこめかみをグリグリしてやると、藤守は泣きそうな悲鳴を上げた。
「アンタ失礼ね。ちゃんと、100円払ったわよ。これは正当な取引なの」
「100円?…100円?」
俺はもう一度、満面の笑みを浮かべて胸を張った。
「そう。私はアンタを、課長から100円で買ったのよ」
「イヤー!」
藤守は何か叫んで、その場にへたりこんだ。
「……悪夢や……」
「まあ、ワタシはオカマでドSで傍若無人で悪魔かも知れないけど、鬼ではないから、退院するまでは待ってあげるわ」
「退院したくない……」
跪いている藤守に顔を近付けて、俺は、藤守の頬を優しく優しく撫でてやる。
「神経性胃炎だっけ?軟弱ねー。いいわ、これからビシバシ鍛えてあげる」
後半は指で藤守の顎を持ち上げ、睨み付けてやった。
「ひいっ」
フン、と鼻を鳴らしてから藤守を放し、俺は立ち上がって踵を返した。
振り返って見れば、藤守はまだ尻餅をついたままだ。
「いいか、軟弱者。早く退院して来い。逃げたら…分かってるだろうな」
見下ろして、突きつけた拳をゴキリと鳴らしてやれば、藤守はコクコクと頷いた。
「よろしい」
素直で、非常によろしい。
上機嫌で準備室に帰った俺は、早速、藤守の為の備品申請書を書き始めた。
机、椅子、電話にパソコン、そうだ、ロッカーも要るな。
藤守賢史。
お前の退院が待ち遠しい。
俺はあっという間に申請書を書き上げ、誰もいない準備室でそれを眺めながら、独りニヤニヤした。
退院してきた藤守は、その足で大人しく、特命捜査準備室に来た。
「先日は、お見舞い、ありがとうございました」
何となく顔色が良くないのは、病み上がりのせいだと思っておこう。
「よく来てくれたわね、藤守。どうもありがとう」
俺が頭を下げると、藤守が飛び上がった。
「や、やめて下さいよ、室長!」
「ふふ」
俺が笑ったので、藤守は不思議そうな顔をした。
「?何ですか?」
「室長、って呼ばれたの、初めてだから」
「えっ、……そうなんですか?」
「特命捜査準備室に、ようこそ」
藤守の表情が、何故か嬉しそうに緩んだ。
「事件を解決するのはもちろんだけど、藤守。ワタシはね、出来る事なら、事件を、未然に防ぎたいと思っているの」
藤守は神妙な顔で頷く。
我ながら青臭い理想論だ。
そんな事は不可能だし、そもそも警察の領分じゃない。
けれど、小さい事件をおろそかにしない事が、新たな事件の芽を摘み、大きな事件を防ぐ事に繋がる。
それがどれほど重要な事か、この藤守は身を以て知っているはずだ。
「アンタは今のままでいいわ」
「……へ?」
「加害者の過去、被害者の未来。アンタはどちらも慮る事が出来る。だからその柔らかい心のまま、刑事の良心として、ワタシの傍らにいて欲しいのよ」
「……はい!」
「憎まれ役はワタシが引き受けるわ」
俺が笑いかけると、藤守が、目を輝かせた。
「了解です、室長!」
ピッと敬礼した藤守に、俺も、笑顔で敬礼を返した。
「ああ、そうそう藤守」
「はい」
お互い、微笑みを浮かべたまま会話する。
「アンタの標準語、イントネーションがちょっと変よ。ワタシの前だけでも、普通に喋ってちょうだい」
「室長のおネエ言葉も、変ですけどね」
にっこりと笑ったまま、俺は藤守の頭に手刀を落とした。
「痛い!」
「これには深い事情があるのよ。……まあ、アンタには、そのうち話すわ」
「え……ホンマですか」
またしてもニヤけ始める藤守を受け流して、俺は、室長席に腰を下ろした。
藤守も、据えたばかりの自分の席に着く。
新しい部署の、初めての部下。
初めての、仲間。
なんと愛おしいのか。
藤守が、こちらを向いてにっこりと笑う。
俺は藤守に、掛け値無しの笑顔を返した。