紅一点、走る
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4.紅一点、涙する
~翼vision~
ようやく、最近一番の懸案事項だった、石原事件が完全に解決した。
たくさんの経験をして、捜査室のみんなとの距離も、かなり縮まった気がする。
慣れてしまえば、捜査室の人たちは、全員、とても優しい。
それに、全員、とても素敵だ。
……今頃、こんな事を言うのも変だけど。
突然の新しい仕事場に慣れなくて、右も左も分からなくて、嵐のような毎日だった。
だから、周りを見る余裕なんか無かった、というのが正直な気持ち。
周りに男の人がたくさんいるのは分かってたけど、恋愛対象として意識はしてこなかった。
恋愛って……仕事に慣れた途端にこれって、私、不謹慎だよね。
こんな事だと、お父さんに怒られちゃう。
「警察なんて辞めろ」と言われないよう、真面目に頑張ろう……。
私は最近、時間さえあれば指名手配犯のファイルを開くようにしていた。
最初は室長に言われたからだったけど、徐々に、一人一人に興味が湧いてきた。
圧倒的におじさんが多いけど、若い男の人もいるし、もちろんおばさんもいる、キレイなお姉さんもいる。
この人たちは、どうして、事件を起こしたんだろう。
「感心だな、櫻井」
柔かい低音で話し掛けてきてくれたのは、明智さん。
「ありがとうございます」
「だが、何か難しい顔をしてたぞ。どうした?」
「うーん、犯人の気持ちを考えていたんです」
明智さんは微笑んだ。
「そうか。それは、大切な事だな」
「明智さんにそう言ってもらえると、嬉しいです」
「そ、そうか」
少し頬を染めて微笑んでから、明智さんは席に戻って行った。
明智さんは優しいな。お母さんみたいに、なんて言ったら失礼だろうけど。
「櫻井は、ホンマ、頑張り屋さんやねー」
嬉しい事を言って、藤守さんが、大きな手で私の背中をぽんと叩いてくれた。
「最初、無理やとか言うて悪かったわ。ゴメン!」
藤守さんが拝むように両手を合わせたので、私は笑ってしまった。
初対面の時、藤守さんはちょっぴり変な標準語だった。
不思議に思っていたら、しばらく経って、実は関西の人で、方言が恥ずかしくて隠そうとしていたのだと白状してくれた。
今は普通に話してくれるのが、嬉しい。
「いいえ。その言葉のお陰で頑張れたのかもしれませんし」
その時。
「今週の更新状況」
小笠原さんが、プリントアウトした紙をひらひらと振った。
私は小走りで、小笠原さんに駆け寄る。
「ありがとうございます」
「三人減って、五人増えた」
「良かった。この人たち、逮捕されたんですね。新たに手配されたのは、食い逃げ、ひったくり……」
私は書類を見つめた。
「小笠原さん……今回捕まった、この、合田って人なんですけど」
「何?」
椅子に座ったまま、小笠原さんが私の持った紙を覗く。
「あの、逮捕されたのとは全く別の事件ですけど、振り込み詐欺の引き出し役で、文京区のATMの防犯カメラに映っていた人物に似てませんか?」
「……確認するよう、担当部署に連絡してみる」
小笠原さんはカチカチとキーボードを操作し始めた。
「君のそういうの、馬鹿に出来ないからね」
「ありがとうございます!」
小笠原さんが再びキーボードを打ち始めたので、私は席に戻ろうと振り向いた。
すると、全員が無言で私を見つめていたのに気付く。
私は、全身の血がカーッと顔に集まるのを感じた。
「お前、凄いなあ」
「す、すすすすすみません!ただ気になったというだけで、私なんかが小笠原さんを使ってしまって」
おたおたする私に、明智さんが笑った。
「藤守は別に嫌味で言ったんじゃないと思うぞ。お前自身を褒めたんだ」
「そうや!褒めたつもりなんや!」
藤守さんもおたおたしている。
「お前、関東の指名手配犯の顔と名前を全部覚えてるやろ?」
「本当に凄い才能だ。捜査での閃きも冴えているしな。室長はそれを瞬間記憶とか、直観力とか言ってたが」
「もう、交通課のお嬢さんじゃないね」
明智さんや藤守さんから、それに、一番遠く感じていた小笠原さんから、こんな言葉を掛けてもらえるなんて。
私は胸が熱くなった。
「あっ、翼ちゃん、その顔やめて!泣かないで!」
如月さんの声だ。
如月さんは、最初から私を受け入れてくれた。如月さんがいつも声を掛けてくれたから、私は顔を上げていられた。
その如月さんが駆け寄って来て、私の顔を覗き込んでくれる。
「大丈夫?泣かないで、ね?」
それは逆効果なのに。
「うう、うわーん」
とうとう涙が零れてしまった。
「うわあ如月!泣かすなや!」
「え、俺?俺ですか?小笠原さんでしょ?」
藤守さんと如月さんが、私の周りでオロオロしている。
「櫻井、大丈夫か?ええと、ほら!ティッシュ!それとも、ハンカチか?タオルがええか?」
「藤守さん、どさくさ紛れに翼ちゃんの頭を撫でるのはやめてくださいよ!」
「どさくさ紛れて何や!」
「……櫻井、マフィン食べるか?生キャラメルも作ってきたぞ」
明智さんまで。
……だからそれは逆効果なのに。
「えーん、えーん!」
その時、強烈な音を立てて扉が蹴破られた。
「うちの娘を泣かせてるのは、誰!!」
「わー!すんません!」
室長は、ずかずか部屋に入って来て、藤守さんを締め上げる。
「お前か!」
藤守さん、どうして今謝っちゃったんだろう?きっと条件反射だ。
「し、室長、聞いて下さい!誤解です!」
「あの!」
私もみんなを弁護しようとした時、背後から、ふわりと肩を抱かれた。
「櫻井さん、大丈夫?……おいで。俺の胸でよければ、好きなだけ泣くといいよ」
ほのかに漂う柑橘系の香り。
小野瀬さんは背中から腕をまわして、私のお腹の前で手を組んだ。
「ぎゃー!」
「小野瀬さん!櫻井!」
「うわー、ああすれば良かったんか!」
「藤守さん心の声が!」
「……ホント、くだらない」
遠くでぼそりと、小笠原さんが呟いている。
「どう……?櫻井さん、落ち着いた?」
小野瀬さんが後ろから私の顔を覗き込んで、微笑んだ。
いえ落ち着きません。
世の女性たちを惑わせる、甘く魅力的な笑顔。この人は、いつもこんな風だ。
でも、最初の頃、小野瀬さんは私に冷たかった。
そもそも、捜査室に女性を入れる方がいいと主張したのは、如月さんと小野瀬さんらしい。
ところが室長が連れて来た私を最初に見た時、あまりの未熟さにガッカリしたそうだ。
だから、小野瀬さんは私に対して、「成長しないと相手にしないよ」という態度だった。
最初の大きな事件だった、業平工業事件の捜査の中で、少しずつ、少しずつ、小野瀬さんは、その態度を軟化させてくれた。
何事にも妥協しない小野瀬さんが、私の成長を認めてくれる。私はそれが嬉しかったのだ。
でも、今は……少々、軟化し過ぎなのでは?
「あ、あの、小野瀬さん」
「ん……?なあに?」
「くぉら!小野瀬!」
突然現れた室長の手が、小野瀬さんの顔面を掴んで私から引き剥がした。
「うちの娘から離れろ!」
ぐいと私の腕を引く。
私はそのまま、室長の胸に飛び込むように引き寄せられた。
「し」
けれど、顔を赤らめる隙も無く、室長は私を、後ろにいた明智さんに押し付けた。
「!」
「!」
いきなり明智さんの腕に抱かれて、私はパニックになりかけた。
明智さんも顔が真っ赤だ。
「穂積ー、姫を返してー」
室長は間に立って、迫る小野瀬さんを睨み付けている。
「寄るな!お前みたいな※△*☆に渡せるか!明智!そいつを守れ!」
「やだなあ、※△*☆はお前だろ。いやむしろ、■◎※●かな」
この人たち、こんなにキレイな顔してるのに、どうしていつもこう下品なの。
私を連れて離れようとした明智さんに、室長と牽制しあったまま、小野瀬さんが猫なで声を出す。
「明智くーん。姫を返してー」
「室長から預かったんです」
明智さんは、私を背中に庇って小野瀬さんを睨んだ。
「いいぞ明智!男前!」
「室長、オカマキャラ忘れてます」
室長は藤守さんの額にデコピンをかまして悶絶させてから、小野瀬さんに向かって中指を立てて見せた。
「おほほほ、分かったでしょう小野瀬!ここは捜査室、アンタに勝ち目は無いわ。尻尾を巻いてさっさとお帰り!」
「尻尾なんか無いけど」
小野瀬さんは、高笑いする室長をはじめとした捜査室の全員に睨まれているのを知って、肩をすくめた。
「わーかった、分かったよ。今日のところは引き下がる。でも、俺のラボでだったら、邪魔はさせないからね」
もはや、室長と小野瀬さんはどちらが悪役か分からない。小野瀬さんは、苦笑いしながら去って行った。
「よし!」
扉が閉まると室長は振り返り、みんなとハイタッチした。
何故か私にも。
すると、明智さんがそっと、私を室長の方へと押し戻す。
それに気付いた室長は、私の方に手を伸ばし、乱れた髪を丁寧に直してくれた。
室長は仕事では厳しいけど、いつも私の事を気に掛けて、助けてくれる。
「大丈夫?ひどい目に遭ったわね。小野瀬のせいで」
「ありがとうございます」
私は可笑しくて、くすくす笑ってしまった。
「それで?」
室長は笑顔で優しく私の髪を撫でながら、残った男性陣をじろりと見渡した。
「うちの娘を泣かせてたのは、誰?」
全員が凍りついた。