両手に花 *せつな様のリクエスト
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~小野瀬とシングルベッド.2~
とはいえ、自分で言うだけあって、室長は本当に野暮ではなかった。
部屋に帰ってコートを脱ぐが早いか、まだ靴も脱がずにいた私と、小野瀬さんの所に来た。
穂積
「……俺、バーでもう少し呑んでくるよ」
小野瀬
「あ、そう?じゃあ、俺も」
翼
「それなら私も」
穂積
「……やっぱ、やめた」
そうして部屋の端まで行って、また戻って来る。
穂積
「……下の階のサウナに行こうかな」
小野瀬
「じゃあ、俺も」
翼
「それなら私も」
穂積
「……やっぱやめた」
今度は窓辺に近付いて、また戻って来る。
穂積
「……一時間くらい、外を散歩して来るかな」
小野瀬
「俺も」
翼
「私も」
穂積
「お前ら、いいかげんにしろ!」
とうとう室長が怒鳴った。
穂積
「何で、俺について来ようとするんだ!」
小野瀬
「穂積が、俺たちに気を遣おうとするからだろ?」
小野瀬さんはわざとらしく耳を塞いで、ソファーで長い脚を組んだ。
穂積
「遣うだろう普通!俺に構わず二人で過ごせよ!」
コートを脱ぎながら、私も言ってみる。
翼
「一緒にいてくれるって言ったじゃないですか」
穂積
「言ってねえし!」
翼
「あれえ?」
穂積
「……お前、小野瀬に似てきたんじゃねえのか……」
室長に睨まれてしまった。
小野瀬
「穂積」
不意に、小野瀬さんが立ち上がった。
そして、コートのポケットから小さな箱を出して、テーブルの上に置く。
小野瀬
「お前が気にしてるのは、これだろ?」
翼
「指輪?」
穂積
「……」
室長が黙り込む。
小野瀬
「俺が、この指輪を彼女に渡すところを見たくない。……だろ?」
え。
どういう意味?
穂積
「……分かってるなら、俺のいない場所で渡せ。俺に見せようとするな」
室長の表情も、それを受け止める小野瀬さんの表情も、どちらも険しい。
何故?
どういう事なの?
不穏な空気に、私の胸は早鐘を打ち始める。
小野瀬
「駄目だ。穂積にこそ、見て欲しいんだ」
穂積
「見たくないと言ってるだろう!」
小野瀬さんは構わずラッピングを解き、箱を開いた。
そこには、純白のリングピローに載せられた、二つのリング。
私はハッとした。
これって……まるで……
穂積
「……っ」
室長が目を逸らす。
小野瀬さんは、そこから小さい方の指輪を取り出して、私の前に膝をついた。
小野瀬
「受け取って、翼」
私は、緊張と困惑で声も出ない。
私の薬指に指輪を嵌めた小野瀬さんが、騎士のように、その指輪に口づけした。
翼
「おのせ、さん……」
小野瀬
「愛してる、翼」
見つめられて愛を告げられて、戸惑いながらも、嬉しさが込み上げてくる。
あの小野瀬さんが、私を、私だけを見つめてくれている。
じわり、と目頭が熱くなった。
零れそうになった涙を、私は指先で拭った。
翼
「嬉しいです。私も……」
穂積
「……う、うっ……」
翼
「…………」
ん?
私よりも先に、誰かが嗚咽を漏らしている。
背中を震わせ、顔を手で覆っている、それは……
翼
「室長?」
穂積
「見るな!」
室長はさらに、拳で顔をごしごしと擦りながら、顔を背けた。
翼
「泣いてるんですか?」
穂積
「泣いてねえ!」
私が追うと、室長はその分だけ顔を背ける。
翼
「どうして泣くんですか?」
穂積
「泣いてねえ!」
これではきりがない。
私は助けを求めて、小野瀬さんを見た。
小野瀬さんは、穏やかな眼差しで、私と、そして室長を見つめていた。
小野瀬
「花嫁の父の心境なんだよ」
えっ?
穂積
「うるせえ!」
ようやく振り返った室長の目は赤く潤んで、淡い色の長い睫毛は、紛れもない涙で濡れていた。
穂積
「俺の娘を毒牙にかけやがって。不憫で泣けてきたんだよ!」
小野瀬
「幸せにするから」
穂積
「選りにも選って、小野瀬とだなんて」
小野瀬
「彼女に相応しい男になるから」
穂積
「当たり前だ。こいつを泣かせたら許さん!」
鈍い私にも、ようやく分かってきた。
小野瀬さんの想い。そして、室長の想い。
翼
「……ありがとうございます、室長……」
室長はもう潤む瞳を隠さずに、私を見つめた。
穂積
「……おめでとう」
聞き取れないほど小さな声で、けれど、微笑んで、室長は言った。
それからコートと荷物を掴み、素早く靴を履く。
追いかけようとした私を、小野瀬さんが手でそっと制した。
視界から消える直前、振り返った室長は拳を握って中指を立て、ドアの隙間から大声で叫んだ。
穂積
「小野瀬のバカ阿呆!☆※■エロ△*●※野郎!」
小野瀬
「俺は☆※■エロ△*●※じゃない!」
凄い勢いで反論した小野瀬さんだったけど、追い掛けてドアを開いた時には、もう、室長はそこにいなかったようだ。
小野瀬
「小学生か、あいつは……」
溜め息をついて戻って来る姿が、涙で滲んだ。
小野瀬さんに背中を撫でてもらっているうちに、ようやく、気持ちが落ち着いてきた。
顔を上げると、小野瀬さんは、そっと涙を拭いてくれる。
小野瀬
「……翼。俺にも、指輪を嵌めてくれる?」
翼
「はい」
小野瀬
「ごめんね。本当は、もっと、カジュアルなクリスマスプレゼントにするつもりだったんだ。でも、きみに『指輪は重い』って言われた途端に……きみを縛りたくなった」
翼
「小野瀬さん……」
小野瀬さんが手の平に乗せてくれたそれを、私は小野瀬さんに向けて持ち直す。
裏に私と小野瀬さんの名前が刻印され、象嵌で彩られた指輪。
ペアのリングだけど、小野瀬さんのは、丸みを帯びた私のリングとは違い、男性ものらしく平打ちされている。
小野瀬さんの薬指に嵌めると、彼はその手をかざして、眩しそうに指輪を見つめた。
小野瀬
「ありがとう」
翼
「私こそ、ありがとうございます」
小野瀬さんの手に並べるようにかざした私の手を、小野瀬さんは握り締めてくれた。
小野瀬
「……俺も、きみに、縛られたい」
引き寄せられて、唇が重なった。
情熱的なキスに懸命に応えているうちに、私の頭の中は徐々に、小野瀬さんでいっぱいにされてゆく。
抱き合うと、身体じゅうで小野瀬さんを感じる。
いつも、不安だった。
好きだと言われても、身体を重ねても。
けれど、今夜は、互いに指輪をひとつ着けただけの姿になっても、何も怖くない。
私に触れる小野瀬さんの指に指輪を感じるたび、私の胸の奥が温かくなる。
熱くなる身体を、小野瀬さんが悦んでくれる。愛してくれる。
幸せにするから。
相応しい男になるから。
神様の前で誓うのはまだ先だけど、小野瀬さんは室長に誓ってくれた。
今でももうじゅうぶんに幸せ。
小野瀬さんの全てを受け入れ、柑橘系の香りに包まれて抱き締められていると、女に生まれて良かったと思う。
この人に出会えて、良かった。
私は涙とともに、真っ白な光の世界を感じた。
おやすみなさい、小野瀬さん。
幸せな夜をありがとう。
……愛してる。
~小野瀬とシングルベッド.END~