スポットライト・穂積編with小野瀬
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~小野瀬vision~
警視庁に配属されて、二度目の新春。
まだ松が取れたばかりのこの時期に、早くも今年一番の受難を迎えた男がいる。
そいつの名は穂積泪。
現在、警視庁警備部に所属する、俺の悪友だ。
穂積に災難が降りかかったのは、昨年の終わり。
ある日の終業後、共有スペースで休憩していた俺の元に、何やら文字の書かれたメモを手にした穂積が、難しい顔でやってきた。
小野瀬
「よっ」
穂積
「ああ」
それだけの会話で、穂積は俺の隣に腰を下ろした。
小野瀬
「浮かない顔だね」
実は俺は、その理由を知っている。
鑑識である俺の元には、どんな情報もいち速く集まる事になっているのだ。
なんてね。
本当は、俺の周りに寄ってくる女の子たちからの報告。庁内の噂話なら、この情報網の伝達速度は最速だ。
俺は、穂積の端整な横顔に笑いかけた。
小野瀬
「当ててみせようか。新年にやる警備部親睦会の余興、女装カラオケ大会……」
言い終わる前に、穂積にじろりと睨まれた。
小野瀬
「おっと」
俺はわざとらしく、両手で口を押さえた。
だが、いつも余裕たっぷりの穂積の苦虫を噛み潰したような顔が可笑しくて、つい、声を殺して笑ってしまう。
穂積
「……はあ……」
穂積が溜め息をついた。
穂積
「俺が女装して面白いか?」
すっごく面白いと思うよ。
穂積はクォーターで、髪はほとんど金髪、目は碧眼。
そのままでも女性より遥かに綺麗な顔立ちをしている。
185cmの長身で、線は細いが警備仕込みの身体はしなやかな鋼のよう。
おまけに、全国26万人の警察官のうち500人しかいない、警察庁採用の超エリート、キャリアの一人だ。
その穂積が歌って踊る。
しかも女装で!
小野瀬
「俺、絶対録画する」
ごん、と拳で殴られた。
穂積
「人の不幸を笑うんじゃねえ!殴るぞ!!」
たった今殴られたよ。
小野瀬
「で、何を歌うか決めた?やっぱりアレ?『CAT●S EYE』?」
穂積
「何だそれ」
小野瀬
「昔のアニメソングだよ。美人の三人姉妹で、猫のマークの予告状を使う怪盗の」
俺の説明で、穂積は何となく思い当たったようだったが、その曲と、自分との関係が分からない様子。
小野瀬
「三人姉妹の長女の名前が、泪。次女が瞳。お前のところの兄弟と同じ名前……」
ごん。
穂積
「どういう冗談だ!」
小野瀬
「お前の親に聞け!」
殴られた頭を押さえながら、俺は反論した。
小野瀬
「ちなみに仕事着はレオタード」
穂積
「かえって目立つだろうが……」
穂積は片手を振って、俺の案を却下した。
穂積
「とにかく、そんなのは歌わない」
代わりにこちらに差し出したのは、さっきから手にしていた、一枚のメモ。
穂積
「これ知ってるか?」
俺は手渡されたメモを開いた。
穂積
「上司から『これリクエスト』って渡されたんだが……」
《ジュ●ィ・オングの名曲『魅せられて』(注:衣装はオリジナルに忠実な物を用意する事。)》
小野瀬
「ぶーっ!わあっはっはっはっ!」
俺がいきなり噴き出したので、穂積はびっくりしたようだ。
穂積
「な、何だ?小野瀬、大丈夫か?!」
笑いの発作に襲われてげほげほ噎せている俺の背中を、穂積が慌てて擦ってくれる。
俺はしばらく悶絶した後、涙を拭きながら顔を上げた。
小野瀬
「……穂積!これ、イイよ!」
穂積
「よく分からんが、そんなに破壊力あるのか、これ」
小野瀬
「来い。動画サイトで観よう」
その後、休憩室で昭和の歌姫の動画を見た穂積は衝撃を受け、先刻の俺と同じ発作を起こした。
しかし、二人でげらげら笑いながら動画を見終わった後は、衣装の斬新さと女性歌手の歌唱力を褒め、「これならやってもいい」と頷いた。
決断すれば穂積の行動は速い。
『魅せられて』の衣装は、光沢のある純白のロングドレス。
特徴的なのは、肩から床まで達する長く薄い布地が、ドレスと一体化している所だ。
さらさらと波打つ白い布は透明感があり、両手に持つ棒の先までたっぷりと覆い隠す長さとボリューム。
エーゲ海をイメージした青色のステージ上、歌いながら両腕を上げて衣装を広げてゆくその姿はさながら白い孔雀のようであり、優雅で美しい。
当時、人々がこの衣装を真似したがった為に、白いシーツやカーテンが飛ぶように売れたという。
シーツの真ん中に穴を開けて頭を通し、両手を広げると雰囲気が出る。
もちろん、やると決めたらとことんやる派の穂積は、シーツなどで代用したりしない。
その日のうちに布地を扱う店に行き、画像を見せて事情を話し、採寸して発注してきた。
当然、歌を一曲覚えるぐらい、穂積にとっては容易い事だ。
問題は化粧だが、これは当日俺がしてやる事になった。
穂積に化粧したいと希望する同僚の女性職員が殺到し、あっという間に警備部の結束が乱れる事態にまで発展したからだ。
まあ、気持ちは分かる。
普段、穂積は女嫌いで通っている(この時期、まだオカマキャラではなかった)。
その穂積と、数cmの距離に近付けるチャンスだ。
そりゃ、立候補するよね。
しかし、年末年始の特別警戒中に、庁内で不協和音を出すわけにはいかない(しかも穂積の女装が原因では)。
そこで、穂積と親しく、警備と関係の薄い部署の俺に、大役(笑)がまわってきたのだ。
思わぬ事態に俺も何となく緊張しつつ、ひそかに歌姫メイクの勉強を始める事になった。
そうして、明けて新年。
いよいよ今日は本番だ。
俺は、メイク道具を持って、出演者の集まっている控え室に入った。
暖房のきいた部屋の中で、穂積は、ボクサーパンツに白いハイヒールを履いただけの姿で椅子に座って脚を組み、煙草を吸っていた。
穂積
「おう、小野瀬。悪いな」
心臓が強いにも程がある。
小野瀬
「衣装は?」
穂積
「そこに掛けてある」
穂積は、傍らのハンガーに向かって顎をしゃくった。
穂積
「俺は五人目だそうだ。順番は真ん中あたりだな」
俺は、壁の時計と進行表とを交互に見た。
小野瀬
「じゃ、メイク始めるか」
と言っても、上下に付け睫毛とアイライン、緑のアイシャドー、赤いルージュを引くだけだけど。
穂積
「頼む」
穂積は煙草を揉み消した。
大広間で行われている宴会は、酒も入って、ますます賑やかになってきていた。
ここにいるのは、ほとんどが、警備のお偉いさんと中堅職員たちだ。
穂積のメイクと着付けを終えて、俺はそっと宴席に加わる。
もちろん、三脚を立てて、ビデオカメラをセットするのも忘れない。
ステージでは、女装カラオケ4人目の出演者が、酔客たちからやんやの喝采を浴びていた。
いかつい男が似合わないセーラー服で腰を振るのは見るに耐えないが、会場は大盛り上がりだ。
そしてその盛り上がりは、演者の去ったステージの明かりが消え、次に現れる『穂積泪』の名前が呼ばれた途端、最高潮に達した。
「待ってました警備の華!」
「期待してるぞ穂積ー!」
「キャリアの実力見せてやれ!」
拍手と声援の中、イントロが流れ出し、スポットライトが、輝く穂積の姿を照らし出した。
俺は、ビデオカメラのファインダー越しに見る穂積の美貌に、息を呑んだ。
たったあれだけのメイクなのに、現れたのは絶世の美女。
……これは、シャレにならない。
俺が直感した通り、穂積が歌い始めると、さっきまで騒いでいた会場は、徐々に静まり返ってゆく。
テノールの歌声が、完璧な音程で会場に響き渡る。
やがて、曲に合わせて穂積が衣装を広げてゆくと、全員が、その演出の華やかさに見惚れた。
長身の穂積は、ステージによく映える。
白い孔雀のような衣装が完全に開くと、ようやく、拍手と歓声が上がった。
穂積は最後まで見事に歌い上げ、鳴り止まないアンコールの中で頭を下げると、スポットライトの明かりと共に消えた。
穂積の消えた後の会場は、いつまでも、いつまでもざわめきが消えなかった。
小野瀬
「穂積、お疲れ」
俺が控え室に戻ると、穂積は、床に胡座をかいてハイヒールを脱いでいるところだった。
小野瀬
「すごく良かったよ!」
穂積
「そうかぁ?」
確実に会場の全員を魅了したのに、穂積は浮かない顔だ。
穂積
「思ったより、受けなかったよな」
小野瀬
「そんな事ないよ」
穂積
「お前と動画で観た時には、あんなに大笑いしたのになあ」
穂積は首を傾げた。
穂積
「やっぱり、ジュディ・●ングは凄えよ」
どうやら、こいつは、自分の女装で観客が爆笑するものと予想していたらしい。
ジュディ・オ●グを何者だと思っているんだろう。
思惑が外れてしょげていた穂積だが、何と、このカラオケ大会では、女装・歌唱・演出の三冠を独占してしまった。
賞品の缶ビール3箱を受け取って、ようやく穂積の機嫌が直る。
化粧も落とし、いつものスーツに戻った穂積は、部署の先輩たちに優勝報告と賞品を届け、身軽になって、待っていた俺の元に戻って来た。
穂積
「今回は、小野瀬にも世話になったからな。何かおごる」
小野瀬
「おや珍しい。じゃあ、いつものバーでよろしく」
穂積
「おう」
爽やかに笑う穂積は、とても、さっきまでの妖艶な美女と同一人物だとは思えない。
俺たちは笑いあいながら、新春の街へと繰り出して行った。
男でも女でも、穂積はやっぱり面白い。
録画の存在は、当分内緒にしておこう。
~END~
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