山茶花 *せつな様のリクエスト
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~翼vision~
その夜の小野瀬さんとの出来事を、私は、室長に打ち明けられなかった。
私はただ室長の言葉を伝えた事だけを話し、小野瀬さんが、間違いないと答えた事だけを話した。
室長は勘が鋭いから、私の様子から何か気付いたかもしれないけど、とにかく、それから数日は、何事もなく過ぎた。
均衡が崩れたのは、唐突だった。
終業後、私は足早に、警視庁の通用口を目指していた。
小野瀬さんに『どちらかを選んで』と迫られて以来、私は小野瀬さんとも、そして、室長とも距離をおいていた。
怖かった。
揺れる心を室長に、小野瀬さんに、知られる事が。
そして、どちらかを選ばなければならない日の来る事が。
穂積
「おい」
あと一歩、という所で私の腕を掴んだのは、室長だった。
そのまま腕を引かれて、物陰に連れ込まれる。
穂積
「何故、俺を避ける?」
碧色の目に射竦められて、私は動けなくなった。
鼓動が、早鐘を打ち始める。
翼
「……避けて、なんか……」
穂積
「俺に嘘をつくな」
静かな、けれど、有無を言わせない声。
私は壁を背にして、室長と向き合った。
穂積
「迷ってるのか」
ひときわ高く、心臓が音を立てた。
言えない。
どちらも選べないなんて。
どちらも欲しいだなんて。
穂積
「言ったはずだ。俺を、選べと」
室長の語気が強くなる。
穂積
「俺から離れるなと」
覚えている。
嬉しかった。
本当に嬉しかった。
出来る事ならそうしたかった。
今でも。
穂積
「……」
室長が、再び、ぐいと私の手を引いた。
その足は、外に向いている。
翼
「室長……!」
私が声を出した途端、室長の足は止まった。
その眼差しの先に、小野瀬さんがいた。
小野瀬
「穂積」
今日の小野瀬さんは、青ざめた顔をしていた。
小野瀬
「……彼女を奪わないでくれ」
翼
「小野瀬さん……!」
大勢の中から、私を選んでくれた。
なりふり構わず、求めてくれた。
あなたが必要としてくれる以上に、私にはあなたが必要だった。
望むようにしてあげたかった。
今でも。
穂積
「……小野瀬」
お願いだから。
二人とも、そんな悲しい顔をしないで。
どちらかなんて、選べない。
どちらもなんて許されない。
翼
「二人とも、好き」
私は叫んでいた。
本当の気持ちを。
二人が同時に、私を振り返った。
翼
「二人とも、大好き。愛してる。愛してるの」
もう一度叫んで、室長の手と小野瀬さんの眼差しを振り切って、私は暗闇に駆け出した。
私を呼ぶ二人の声が、いつまでも聞こえた。
街灯も疎らな住宅地。
走り疲れてとぼとぼ歩き出した私の目に、道端に張り出した生け垣から、はらはらと散る花びらが見えた。
椿に似たその花に気付いた時、私はその場に立ち尽くした。
きれいに掃き清められた地面に降り積もった美しい花弁が、涙で滲む。
翼
「……あ」
私は両手で、顔を覆った。
翼
「……あ、ああ、あ」
堪えていた涙が溢れ出す。
大好きな人が、笑いながら名前を教えてくれた花。
あの時に戻りたい。
何も知らなかったあの時に。
微かな光を受けて輝きながら、その花は音も無く散ってゆく。
山茶花。
~END~