山茶花 *せつな様のリクエスト
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~翼vision~
穂積
「……理詰めで来たか」
私の話を聞き終えた室長は大きく息を吐き、腕組みをしたまま、椅子の背にもたれた。
ここは、終業後の捜査室。
残っているのは、私と室長の二人だけ。
私は室長の机の横に自分の椅子を引いてきて、昨夜の一部始終を室長に打ち明けたところだ。
穂積
「……」
翼
「……室長」
穂積
「うん?」
翼
「……言っても怒りませんか?」
私が言うと、室長は、身体を起こして座り直した。
穂積
「言ってみろ」
翼
「……室長が好きなのは、室長の作り上げた私の幻だっていう小野瀬さんの言葉……私、妙に納得してしまっ、て、痛い痛い痛ーい!」
室長の手が、私の左頬をつねり上げた。
穂積
「お前は、馬鹿か!」
翼
「だって!」
穂積
「小野瀬にちょっと揺さぶられたぐらいで、ふらつくんじゃねえ!」
翼
「だって、だって!」
室長がやっと離してくれた頬を押さえながら、私は言い返した。
翼
「だって、私、自信が無いんです!」
穂積
「自信が無ければ俺を信じろ!」
室長がさらに怒鳴る。
穂積
「小野瀬の言葉に納得して、俺の言葉を疑うのか、お前は!」
私はハッとした。
怒鳴っていたはずの室長は、悲しい顔をしていた。
翼
「……ごめんなさい」
室長が、はあっ、と息を吐く。
穂積
「たった一日違いだろうと、お前は俺の恋人だ。……小野瀬には悪いと思うが、お前は俺だけを見ていればいい」
室長は私の手をとり、握り締めた。
穂積
「それに……、俺が好きになったのは、高校生のお前だ。お前の笑顔を見て、忘れられなくなった」
翼
「え?」
穂積
「……だから、おかしくないだろうが!それをあの馬鹿野郎は、余計な事まで言いやがって……」
室長は、今度こそ不機嫌に言い放った。
穂積
「俺に言わせればな、あいつこそ幻を見ている。『家族はこうあるべき』っていう幻想だ」
自分が得られなかったのは思春期の家族。
小野瀬さんは、そう言った。
穂積
「未熟なまま結婚した親が、分別がついて別れた。それが、小野瀬の思春期に重なった」
私の手を離した室長は、もう一度、腕組みをして椅子にもたれた。
穂積
「だが、家は裕福だし、家族は別れても小野瀬を愛している。意地を張って、拒絶してるのはあいつの方だ」
……室長も小野瀬さんも、お互いの家庭環境まで全部知ってるんだな。
穂積
「俺の戸籍は覗き込んだくせに、自分が恵まれている事に気付かない。甘いんだよ。だから、依存しあう相手が欲しいんだ」
相変わらず、室長の話は、私には要領を得ない。
きっと、小野瀬さんが聞けば分かるんだろうけど。
翼
「……」
穂積
「どうした」
翼
「室長、小野瀬さんと喧嘩しないで下さい」
涙ぐんだ私に、室長は眉をひそめた。
穂積
「陰口だと思ってるのか?今、お前に聞かせたぐらいの話なら、俺は、何度も本人の前で言ってるぞ」
そうじゃない。
何でも言い合える、その関係を、私なんかのせいで壊してほしくないだけ。
穂積
「心配なら、俺の言葉をそのまま小野瀬に伝えろ。弱虫だと笑ってた、と付け加えてもいい」
小野瀬
「さすがは穂積だね」
小野瀬さんは、室長の言った通り、全く動じていないようだった。
小野瀬
「話の内容は、ひとつも間違ってない。それに、心配したきみを、俺の所に来させた措置もね」
深夜にも関わらず、鑑識室を訪ねた私に、小野瀬さんはコーヒーを淹れてくれた。
小野瀬
「でも悪いけど、きみには通じない話も多いんじゃない?あいつは、思考速度が速すぎるから」
マグカップを私の前に置きながら、ふふ、と小野瀬さんは笑った。
良かった。今まで通りの小野瀬さんだ。
翼
「小野瀬さんには、何でも分かるんですね」
小野瀬
「きみの事ばかり考えているからね」
当然でしょ?と微笑まれて、いったい、何と返事をすればいいのか分からない。
小野瀬さんは、ふと、私のカップの傍らに手をついて、私の顔を覗き込んだ。
小野瀬
「……実はね、俺はいいんだよ、このままでも。きみがそれを望むなら」
翼
「えっ?」
私の頭は、いよいよ、小野瀬さんの言う事まで分からなくなってきてしまったのだろうか。
小野瀬
「条件はひとつだけ。きみが、どちらも選ばないこと」
どちらも選ばない?
小野瀬
「俺と穂積に順位をつけない」
翼
「……」
どうしよう、分からない。
小野瀬
「具体的に言えば、『穂積に身体を許さない。プロポーズも受けない』」
私は息を飲んだ。
小野瀬
「それなら俺も、穂積と同じ条件できみと接する」
小野瀬さんは、私の前についていた手を、肘に代えて、私の鼻先に綺麗な顔を差し出した。
小野瀬
「方法はもうひとつある。『どちらも選ばない』というのは、『どちらも得られる』というのと同じだからね」
小野瀬さんは、その場所で微笑んで、私の顎に手を添えた。
小野瀬
「もうひとつは、『俺と穂積の、共通の恋人になる』こと」
翼
「!」
立ち上がりかけた私の肩を、小野瀬さんの手が軽く押さえた。
それだけで、私は動けない。
小野瀬
「悪くない話だと思うけどな。むしろ、唯一の解決策だと思うけど」
小野瀬さんの声が、魅力的な麻薬のように染み込んでくる。
小野瀬
「どう?」
小野瀬さんの顔が近付き、私と唇が重なるのを、私は、他人事のように見ていた。
室長とこの人を、両方。
霞のかかった思考の中で、私はいつしか、小野瀬さんからの熱い口づけに応えていた。