山茶花 *せつな様のリクエスト
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~翼vision~
身支度を整えて化粧室を出ると、廊下の先の休憩スペースに、室長の姿を見つけた。
どこにいても目立つ容姿は、まさに端麗。
こうして離れた場所から見ると、金色の髪から手入れの行き届いた靴の先まで、その長身は引き締まっていて、全く無駄が無いのがよく分かる。
それから我が身を振り返れば、いま鏡の前で確かめたばかりなのに、また何となく裾など直してみたくなってしまう。
今日は、久し振りに、交通課の時の同僚たちとの食事会。
捜査室でのいつものスーツから、カジュアルだけど、それなりにお洒落な服に着替えたつもりなんだけど。
穂積
「櫻井?」
室長が私に気付いて振り返り、声を掛けてくれる。
穂積
「へえ、可愛い。見違えたわ」
目が合うと微笑んで、こちらに向かって歩いて来た。
いいこいいこと頭を撫でられて、私は少し面映ゆい。
翼
「ありがとうございます……」
真っ赤になってしまった顔を隠すように、私はぺこりと頭を下げた。
翼
「室長、お先に失礼します」
室長は頷いて、腕時計を確かめた。
穂積
「6時からだったわね。……8時頃には終わる?」
翼
「え?……あ、はい多分。みんな、明日も仕事ですし」
どうして、そんな事を聞くのかな。
穂積
「その頃、迎えに行っていいかしら」
どきん、と胸が鳴った。
どうして?
私が変な顔をしたのか、室長は、ふふ、と目を細めた。
穂積
「言い方が悪かったわね。……8時ならワタシの仕事も終わるから、一杯、付き合ってもらえないかと思って」
あ、ああ、そういう事か。
って、私、室長に誘われてる?!
翼
「あの……いいんですか?」
室長は首を傾げた。
穂積
「こちらから誘ったつもりなんだけど」
翼
「そ、そうですよね!すみません。あの……よろしくお願いします」
もう一度、慌てて下げた頭に、温かい掌が、ぽん、と乗った。
穂積
「終わったら電話をくれる?」
翼
「はい!」
穂積
「じゃ、後でね」
……約束しちゃった。
室長が去った後も、私は、しばらく、ぽーっとしていた。
楽しみにしていた食事会ではあったけれど、そして実際楽しかったけれど、私は歓談に集中出来なかった。
私の意識はもう、ほとんど、食事会の後の、室長との待ち合わせに奪われていたからだ。
ちょっと後ろめたい気持ちになりながらも、8時過ぎ、友達と別れた後で、私は、室長に電話を掛けた。
穂積
『穂積だ』
翼
「あっ、あの、櫻井です。今、終わりまして、駅の近くの、ええと、『山茶花』って書かれた、居酒屋さんの大きな看板の下にいます」
一拍置いて、電話の向こうで、室長が噴き出した。
穂積
『やまちゃばな?お前、それは……まあ、後でいい。近くの駐車場にいるから、すぐに行く』
翼
「はい、すみません。お待ちしてます」
私は、一人でペコペコしながら電話を切った。
……今、何で笑われたのか分からない。
けれど、分からないで首を傾げているうちに、徒歩で現れた室長が、横断歩道を渡ってきた。
うわあ。
車で来ると思っていたから少し驚いたけど、それよりも、ロングコートで歩く姿の格好良さに見惚れてしまう。
コートの裾を翻して傍らに来た室長は、看板の文字を見上げた後、私に笑顔を向けた。
穂積
「……これな、『さざんか』と読むんだ」
翼
「ええっ?」
穂積
「知らないかな。椿に似た花だが、椿のようにぽとりと落ちず、はらはら散る」
室長の博識に感心し、と言うか自分の無知に赤面しながら、促されるまま、私は室長と並んで歩き出した。
うう、恥ずかしい。
穂積
「お前って、面白いな」
室長は、くすくす笑った。
あれ?
今頃気付いたけど、さっきから室長、オカマ口調じゃない。
何かがいつもと違っていて、何となくくすぐったい。
翼
「あの……どうして今日、誘って下さったんですか?」
ん?と、室長が私を見下ろす。
穂積
「前にレストランに行った時、服装を気にしていただろ?だから、今日なら誘っていいかと思ってな」
翼
「そんな事を覚えていてくれたんですね」
穂積
「雰囲気も大事なんだろ、こういうのは」
……こういうの?
室長の話は、私には、すぐに分からない事ばかり。
室長に連れられて着いたのは、意外にも、待ち合わせ場所から近い、小さな公園。
室長は、自販機で私にはミルクティを、自分にはカフェオレの缶を買った。
一杯って……てっきり、どこかでお酒を呑むものだと思っていたのに。
私の視線に気付いて、室長は微笑んだ。
穂積
「呑んだら、信じてもらえないだろう?」
翼
「?」
室長は私をベンチに座らせ、隣に腰を降ろした。
穂積
「……前から、ずっと伝えたかった。だが、事件が一段落するまでは、と思って…」
翼
「はい」
穂積
「……櫻井」
翼
「はい」
熱いカフェオレの缶を両手で転がしながら、室長が、私を見つめた。
穂積
「俺と、交際してみないか?」
翼
「…………えっ?!」
室長は微かに頬を染めたけれど、真顔のまま、視線は逸らさなかった。
穂積
「お前の事が、好きなんだ」
翼
「……」
穂積
「俺と、付き合って欲しい」
ど。
どうしよう。どうしよう。
嬉しい。嬉しいけど。
心の準備が出来てない。
穂積
「……嫌か?」
嫌だなんてとんでもない!
私はかろうじて、ぶんぶんと首を横に振った。
翼
「う、嬉しいです。本当です。でも、……急で……やっぱり、信じられなくて……」
ふ、と笑う声が聴こえ、室長の顔が近付いた。
前髪が、触れ合う。
室長のさらさらの髪が、私の頬を撫でた。
穂積
「キス、しようか」
間近で囁くように言われて。
長い睫毛が瞬くのが見えて。
私は、こくんと頷いていた。
穂積
「……好きだよ」
唇が、そっと触れた。
私の気持ちを確かめるような、優しいキス。
穂積
「ずっと前から、好きだった」
二度目は、もう少し長く。
室長の唇は柔らかくて、温かくて……気持ちいい。
穂積
「……お前は?」
三度目のキスの前に、室長が囁く。
私は?
翼
「……好き……です」
私も、この人が。
きれいで強くて、完璧で。時々意地悪で怖いけど、本当はとても優しい人。
キスされて、その心地好さで、改めて自覚する。
翼
「私……、室長が、好きです」
穂積
「その言葉、忘れるなよ」
翼
「はい」
穂積
「……翼」
抱き締められた腕の中で、私は、室長の声を聞いた。
穂積
「大切にする。俺から離れるな」
翼
「はい」
室長の温もりに包まれて、私はもう一度、優しい唇を受け入れた。