金色の粉
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穂積
「小野瀬、今夜は、飲んだらそのままお前のところに泊めてもらうつもりなんだが」
いつの間にか男の声に戻って、穂積がこちらを向く。
小野瀬
「うん?まあ、俺も、そのつもりだけど?」
何を今さら。
どうせ、ザルみたいに飲むんだろ?
酔っぱらったお前をもう一度車に乗せて、夜中に家まで送り届けるなんて、面倒で嫌だよ。
だったらそのまま、ソファに転がって寝てもらう方がいい。
なんなら床でも構わないだろう。
俺が答えると、穂積が、なぜか、身を乗り出してきた。
穂積
「それなら、お前の家に行く前に、1軒、寄らないか?」
小野瀬
「はあ?もうすぐ着くのに、今からどこへ?」
穂積
「上大崎に、ピアノバー、というか、ダイニングバーというか…あるだろ?何度か、お前に連れてってもらったじゃないか」
小野瀬
「目黒駅の近くの?」
穂積
「そう。いつもオープンマイクで、オーナーやお客が自由にピアノや楽器を演奏してて、雰囲気が明るくて」
家族経営の小さい店だけど、音楽や歌声が絶えない。
店を思い出したところで、穂積が、そうそう、と頷いた。
穂積
「料理も美味かったし」
小野瀬
「ああ……」
意外と場所に好き嫌いのある穂積が、あの店は気に入ってくれたっけ。
周りにせがまれて弾いた俺のピアノに合わせて、見ず知らずの常連さんがギターでセッションしてくれたり、穂積のリクエストでオーナーが演歌を弾いてくれたり、お客みんなで合唱したり……
確かに、楽しかったな……
ところが、そんな思い出を脳裏に蘇らせていると、俺の反応が薄いと思ったのか、穂積が、少しだけ表情を翳らせた。
穂積
「久しぶりに、あの店で、お前が弾くピアノを聴きたいと思ったんだが……だめか?」
何て顔するんだよ。
今、お前がもし捨て犬だったら、譲渡抽選会に行列が出来るぞ。
元ヤンだった頃の俺が雨の日に見かけたら、拾って帰らなきゃならなくなるやつだ。
小野瀬
「別に、だめじゃないよ。ここからの道順を考えてたんだ」
穂積
「そうか!」
ぱあっ、と、穂積の顔が輝いた。
その顔を見たら、思いがけず、俺も嬉しくなってくる。
小野瀬
「誕生日だからね。もしかして、リクエストとかある?」
聞きながら、交差点に差し掛かって、俺は、帰宅とは違う方向にウィンカーを出した。
穂積
「あれがいい。前に一度弾いてくれた、お前が好きな、サティの」
その時。
穂積のケータイが鳴った。
RIRIRIRIRIRI……
さっきとは音が違う。
その着信が誰からなのか、俺は知っている。
すっ、と、胸が冷える気がした。
小野瀬
「……出ていいよ。櫻井さんでしょ?」
本当なら今夜、穂積の一番近くにいるべき相手だ。
けれど、穂積は、ケータイにそっと触れただけで、出ようとはしなかった。
穂積
「翼だから、いいんだよ」
思わず振り向いて顔を確かめたほど、穏やかで、優しい声だった。
穂積が、懐に入れた相手にだけ聞かせる、温もりを込めた声。
着信音も、すぐに鳴り止んだ。
きっと、向こうも同じ事を思い、同じように頬を染めているんだろう。
微笑ましいような、申し訳ないような、ちょっとだけ、妬ましいような。
穂積
「今夜は、お前と飲むんだ」
小野瀬
「……そう?」
車を左折させ、大通りに出る。
そのタイミングで、俺は話を戻した。
小野瀬
「サティなら……『ジュ・トゥ・ヴー』?」
穂積
「それもいいけど、それじゃない」
穂積は言うと、さっきまでハミングしていたメロディーを、タン、タン、タンタラン…と口ずさみ始めた。
音程もテンポも、指を振るリズムも正確だから、すぐに、言い当てられる。
小野瀬
「『金色の粉』だ」
穂積
「それだ」
穂積が指を鳴らした。
そうだね。
少年に空を飛ばせる事が出来る、妖精の粉の方が。
『ジュ・トゥ・ヴー(あなたが欲しい)』より、今夜にふさわしい。
櫻井さんにはごめんねだけど。
穂積は、今夜は一晩中、俺の隣にいるんだから。
小野瀬
「了解」
気分が良くなってハンドルを回すと、穂積が、また、嬉々として俺の方へ身を乗り出して来る。
穂積
「小野瀬、一緒にワルツを踊ろうぜ」
小野瀬
「あはははは!」
今日は、穂積の誕生日なのに。
穂積の部下も、恋人も、ここにはいない。
誰も見ていないなら、ピアノを弾いて、バーで飲んで、穂積がほどよく酔っぱらったら、ふざけて一緒にワルツを踊ってもいいさ。
いつまでも少年のようなこいつと、金色の粉を振り撒きながら。
今日は、穂積の誕生日だから。
俺は、肩を並べた穂積と声を重ねて笑いながら、アクセルを踏む足に力を込めた。
~END~
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